※学パロ



女の子は共感の生き物だという。先程から、わかるわかると適当な相槌を打ちながら、果たして私は本当に理解しているのか、そもそも私と感覚を共有することを相手が望んでいるのか等、詮無いことばかりが頭の中を巡っている。学校帰りに私の家に遊びに寄りたいと数日前から言い始め、本日見事有言実行した鶴姫のお家は、登下校に同じ路線を使っているものの、私の家よりも幾駅分か学校から遠い。海のほうの子なのだ。誰にでも礼儀正しく、見るからに育ちがいい。それは超庶民なこちらとしては彼女を部屋に招きたくない十分な理由だったのだが、恋する乙女の持つエネルギーには凄まじいものがあり、私はすっかり屈したかたちである。つまり、彼女は未だ半年にも満たぬ高校生活で新しく出来た私という友人と親睦を深める為に遊びに来てるんじゃないってこと。その証拠に、鶴姫は私の中学の卒業アルバムを広げて、パシャパシャとスマートフォンで写真を撮っている。このままでは紙に変な癖がついて、何もしなくても二組のページが開くようになりそうだ。私は一組だったのに。
「なんて素敵なの…宵闇の羽の方…」
うっとりと呟く鶴姫に、ソーダネワカルワカルとこれまた適当に相槌を打つ。校庭でボールがぶつかりそうになったところを、宵闇の羽の方なる男に助けられ、それを切っ掛けに惚れてしまったと鶴姫から聞かされた時は、まさかそんな厨二臭い渾名が幼馴染みを指すとは夢にも思わなかった。宵闇の羽の方こと、風魔小太郎と私は小中高と同じ学校に通っており、家が近所だったことで六年間一緒に集団登校したり、時折同じクラスに なったりしながら、それなりの距離感で上手くやってきた。風魔は寡黙が過ぎるほど無口な男で、長い前髪で顔を隠しているのでその表情を読むことさえ叶わないという、変わり者というならこれ以上ないくらいの変わり者であるが、地元ではそれなりに温かく受け入れられていた。よく生き物係や飼育委員なんかをやりたがっていたから、多分動物好きなのだろう。あれでスポーツ万能で、足なんかすこぶる速かったから、子供時代はよくモテていた。鶴姫にそれを教えてやったら、その頃の風魔が見たいというので、家に招待した次第である。
「鶴ちゃん、そろそろ…」
「あ、ごめんなさい!遅くまで失礼しました!」
慌てた様子で立ち上がってペコペコと頭を下げる鶴姫は、アイドルだと言っても通用しそうなほど可愛らしい顔立ちをしている。こんな愛らしい女の子に告白されたら、大抵の男は問答無用でOKしてしまうのではなかろうか。宵闇の羽の方だって、きっと例外ではないに違いない。

翌日、登校するべく駅に向かう途中で、噂の風魔に出くわした。駅に向かうためには彼の家の前を通過する必要があるので、こういうことは珍しくない。風魔はイヤホンを耳にさしながら、立派な門をくぐるところだった。彼は、このあたりで一番立派な古めかしい屋敷に、遠縁だというお爺さんと二人で暮らしている。昨日も通りがかったが、「北条」という表札の掛かったこの厳めしい館が宵闇の羽の方の棲家であることを、私は敢えて鶴姫には教えなかった。説明が面倒だったのである。
「おはよう」
私の挨拶に、風魔は頷くことで応じた。イヤホンを外して、無造作に丸めて鞄に入れる。一緒に登校しようという意思表示であろう。ほんの少し鶴姫に悪い気がしたが、すぐにそんな筋合いはないと思い直す。学科が異なるため学舎は別だが、目的地そのものは同じであり、関係も良好である以上、別々に向かうほうが不自然ではないか。

「聞いたよ、宵闇の羽の方の件…」
休み時間に一人で廊下を歩いていた私を目敏く見付けて、見知った男が教室の窓から顔を出してきた。ニヤニヤと、あまり気分のよくない笑みを浮かべている。猿飛もまた、幼馴染みの一人だ。元々北条邸…つまり風魔の家の近くのマンションに住んでいたのだが、一昨年くらいに引っ越したので、今となってはご近所さんという訳ではないのだが。
「誰から?」
鶴姫と猿飛の間に親交は無かった筈だ。隣のクラスだから、いつ縁が結ばれても可笑しくはないけれど。
「かすが」
これまた馴染みの名前が出てきた。かすがは猿飛が以前住んでいたマンションに、多分今でも住んでいる。仲が悪い訳ではないが、私より猿飛とのほうが親しいので、綺麗なあの娘は友達の友達の域を出ない。
「嫌でも耳に入ってきて、うるさいってさ」
猿飛が笑いながら言うのに釣られて私も笑う。鶴姫の声はよく通るし、ここ最近は話題の大半が宵闇の羽の方についてだから、この珍妙な渾名を耳にする機会はいくらでもあっただろう。かすがも私と同じように、風魔のことだと気付いて驚いたに違いない。
「でも相談する相手がアンタってのは失敗だよね」
猿飛は存外爽やかな笑顔になったが、そうすることでより底意地が悪そうに見えた。

風魔は寡黙で実在感に乏しく、でも思わず息をのむほど格好良い…そんな存在だった。彼がその背に非常に質の良い翼があるとしか思えない動きをすることくらい、鶴姫に教えてもらうまでも無く知っている。小学生の頃、私もいつも生き物係だったし、中学生になったら飼育委員に立候補するようになった。私の思惑に気付いているのかいないのか、風魔は何も言わなかった。私以外のその他大勢にするのと同じように沈黙を貫いた。私にはそれが堪らなく淋しかった。その声を聞いてみたいという、ささやかな願望は恋だろうか。或いは、特別な存在になりたいという欲望は。
「一緒に帰らない?」
学校だとあまり望ましくない誰かに見咎められそうだったので、待ち伏せには駅のホームを選んだ。見掛けよりずっと聡い性質だから、私の意図など、風魔にはお見通しかもしれない。それでも彼は頷いて、イヤホンを外して鞄に突っ込んだ。今朝の再現みたいに。
「………」
そして小首を傾げて見せる。どうしたの、とでも言いたげに。
「さっき、古典の先生がね…」
私は他愛の無い話を始める。そして当たり前のように彼を伴って歩き出す。もうすぐ電車が来るだろう。道中さりげなく誘えば、近所のファミレスで少しお茶するくらいは付き合ってくれるかもしれない。貪欲な私は、それをデートとは呼ばないだろう。こうやって、たまに風魔と一緒に下校することを、鶴姫には告げないのと同じ、酷く保守的な理由で。
「明日も一緒に学校に行こうね」
そして願わくば、遠くにいかないで欲しい。鶴姫だけの宵闇の羽の方になんて、ならないで。いつまでも気のおけない、不思議な幼馴染みでいて。私の声に出さない我儘はさておき、風魔は頷いた。了承。私は満足して口をつぐむ。電車は勿体振るように、ゆっくりと動き始めた。


Ash.