「大学は、海外の大学に進もうと思うの」
「……は?」

 多分、県外に進むつもりだろうとは思っていたけれど、まさか国外だとは思っていなかったので間の抜けた一音が口から漏れ出す。
 お互いに追いかけているものの為、それほど一緒にいる時間も長くなかったが、彼女は「だから、徹と付き合ってるんでしょ」なんてあっけらかんと答えるので、こちらが拍子抜けしてしまうくらいだ。

「聞いてないんだけど」
「だって、今はじめて言ったもの」

 が、今はその飄々とした態度が気に障る。
 そういう話は普通、前もって報告があるものじゃないか。生活圏内で何不自由なく会えていたのがそうはいかなくなるのだ。いや、大学進学したら今まで通りにはいかないと何となく覚悟していたけれど。
 国外。その言葉がやけに重たく感じる。

「でも、きっと大丈夫でしょ」
「何でさ」

 そんな俺の動揺を無視して、けろりと根拠のない自信を吐き出す彼女は本当に肝が据わっていると言うか何と言うか。今だけは少し恨めしいくらいだ。

「だって、徹は私が大好きじゃない」

 思ってもいなかった言葉に、反応が咄嗟に出なかった。多分、間抜け面をしているだろう俺を見て、小さく笑ったなまえは「まぁ、それはお互い様なんだけどね」と少し恥ずかしそうに呟く。

 根拠のない自信。そう思ったものの根底に俺への信頼があるのだ、と分かったら何だかたまらない気持ちになった。
 だって、そんなの、本当にお前、俺のこと好き過ぎだろ。それを否定できない俺も大概だけど。

「……徹?」

 なまえが不思議そうに俺の名前を呼ぶ。けど、それに答える余裕は残念ながら今の俺にはなくて、思いきり抱き締めた。

 覚悟って何だっけ。
 こんな当たり前みたいに抱き締められる感触が、感じるにおいが、存在が傍にいないなんて眩暈がする。考えたくない。

「……大丈夫だよ。長期休暇には帰ってくるし、音楽以外には浮気しないから」
「……俺がするかもよ」
「そんなに器用じゃない癖に」

 確かにその通りだ。ちょっとは不安になってくれるかもしれないなんて俺の思惑はあっさりと失敗して、腕の中のなまえは俺の背に手を回して、息を吸い込む。

「信じてるから」

 試合の度、まじないのように、呪いのように口にしていた台詞が時としてこんなに影響力を持つなんて。目の前に突き付けられると何だか意味もなくそわそわとしてしまう。
 けど、そこに策略などない。ただの純粋な気持ちだ。だからこそ、その言葉は特別な意味をもって響くんだろう。分かっている。分かっているから、息を吸い込んだ。

 言い慣れた一言を、普段とはまた違う意味を含んで、ただ一人に伝えるために。


Ash.