正義とは、なんであったのだろうか。
あるものは其れを力と謳い
あるものは其れを知と謳い
あるものは其れを勇と謳った
やがて、そのもの達はその正義という御旗のもとに、互いに武器を取り争うことになる。
戦いは数々の栄光と英雄を生み出した。
英雄に付き従ったものたちは、輝ける栄光の一部として名を刻み、英雄が手にした武器は、神から賜りしものとして血と共に受け継がれていった。
勝者には、敗者が在った
生者には、死者が在った
勝利を巡る戦が綴られる度にそれらは逆転を繰り返し、糸を紡ぐように、欲が憎しみが今という世界をつくりあげている。そう、人間はこれを歴史と呼んだ。
「だから、言ったじゃない。
貴方がいくら正義の味方になろうとも、
正義は貴方の味方になってはくれない」
「…わかっているさ。
天秤はいつも力ある方へと傾く」
「それが、自然の理ってやつよ。
それを無理に捻じ曲げる方がどうかしてる」
「………泣いて、いたんだ」
枯れ果てた剥き出しの大地、砂漠と呼ぶこの場所で、男は1人背中を地につけて空を仰ぐ。
男を象徴するような赤色の布が、乾いた風を受けて揺らめき、寄り添うように腰を下ろす1人の女の膝を撫でた。
灰色の瞳が虚ろに、赤銅に染まり広がる空を映す。揺れることを知らないその瞳に、女の唇からはため息が漏れた。
かつてとある少年は、正義の味方になると誓った。
そして少年は、その誓いを貫くように力を手にした。
だが女は思う。
正義の味方とは、時に悪の味方とならねばならない。
故に青年となったこの男には、荷が重すぎるのではないか、と。
延ばされたたった1つの手すら弾くことのできない、男は、あまりにも繊細で、あまりにも優しすぎたのだ。
「親を亡くし、兄弟を奪われた哀れな子供を救いたくなる気持ちはわかるけどね」
「弱き者を助けるのは、当たり前だろう」
「…とはいえ、貴方が倒れたら元も子もないのよ?
まだまだ貴方を必要とするものは多くいるの」
零れ落ちる全てを救うことなど、一体誰ができようか。
その加減をいまいち理解せずに、ぼろぼろになったその腕を広げ続ける男を女は放っておけない。
このままではこの男は正義という名に殺されてしまうのではないか、そんな気がするから。
吹きすさぶ砂に埋もれるその体に手を伸ばす。
屈強に鍛え上げられたそれは、悲しいくらいに強い。
1つ、あった1つ救いを求める声が聞こえれば、この男はどこにでも行くのだろう。
その肩に全てを背負い、全ての温度を振り払いながら。
「心配しているのかね…?」
「此処まで暴れておいて、私が心配しないと思う?」
鋭い刃で切られた服と肌に滲む赤は既に酸化して黒となっていた。
哀れな子供のために、国をも敵とした男は、
誰にも称えられず、誰にも存在を知られず、静かに地に伏せる。
いくつもの戦場を駆け、一度も敗走を許さず、一度も賛美はなかった。
故にただ一度の勝利もなく、その背負うものに意味などない。
そんな何も持たない無銘の男には、たった1つ、
その正義と同じぐらいに大事なものがある。
「ほんと、馬鹿ね」
舞い上がる髪は、柔らかく男の頬を撫で、
呆れたように細められた瞳は、それでも尚慈愛が宿り、
剣を握り固くなったその小さな手は、変わらず男に触れるのだ。
いくつもの戦場を共に駆け抜けたその細い脚が動き、
砂に埋もれる男の頭がその上に乗せられた。所謂膝枕である。
「な…っ、ま、まて…、いきなり何を…っ」
「しょーがないから、そんなお馬鹿さんの味方になってあげてるでしょ?良いから大人しくしてなさいな」
弓と剣を己が宿命として生きてきた男は、女性に対しての免疫をあまり持たない。
いくつかの運命の中で、いくつかの女性を主としていたことはあるが、それはあくまでも戦友であった。だが、男にとってこの女は…また違った存在である。
柔らかな肌を感じて動揺など隠せる筈もなく、いつもは皮肉を吐き出すために良く動く口も縺れる始末であった。
「為すが儘になさいな。間違えたら、私が止めてあげる。
貴方がおもむく儘に生きれば、きっとそれが正義になる、
そしてそれを見てあげれるのは私だけだものね」
「…ああ…、そう…だな」
ふと軽くなった背中を感じて男はその瞳を閉じる。
その柔らかなその熱は、例え世界の全てを敵に回しても、
ずっと己の傍に在り続ける。それで…それだけで良かった。
「さて、そろそろ行こうか」
「次はもう少し楽しいところが良いわね。
やっぱ食事の美味しい土地が一番よ」
「観光に行くわけではないのだから、何処でも良いだろう」
「ふふ…そうね、どんなものよりも…貴方がつくるものの方が美味しいものね」
「…っ…。全く…キミというヒトは…」
再び大地に足をつけた男は、当然のように肩を並べた女に微笑む。
その背中は誰よりも逞しく、誰よりも優しく、誰よりも強く、弱き者に道を示す導となるのだろう。
男の正義は、生きとし生ける全ての弱きもののために…
女の正義は、茨の道を駆け抜けるたった1人のために…
これからも剣の丘に2人は立つ。
この物語は、無銘である故に、どこにも記されることなく歴史に沈むのだ。
*終わり*
以下軽い補足
今回『彼は春の日溜まりに死んだのよ』というお題で書かせていただきました。
彼は正義の味方を差し、春の日溜まりはヒロインをイメージしました。人を救うことに馴れた彼が、唯一ヒロインにより救われる。ただその救いは彼を苦しめるものでもあります。己の貫きたい正義とヒロインを天秤に掛けるようなことになったとき、果たして彼はどちらを選ぶのでしょうか…。
改めましてこの度は、素敵な企画に参加させていただきましてありがとうございました。機会がありましたら、また是非よろしくお願いします。
2018/09/29 風来月
Ash.