触れたものを凍らせてしまう病に罹患している。
我が家の系譜には時折、そういう異端者が出るらしい。何代かに一人、不思議な星の元に生まれる子どもが。時期も条件も分からない。冬から這い出てきたように冷たい赤子は、出産後即座に家族から隔離され、孤独で閉じた生活を強いられる。一族は頑なにこれを病気だ病だと言って憚らなかったが、それは差し詰め呪いと表しても差し支えない程度には、周囲の恐れを買っていた。
半ば軟禁状態の生活を送っていた私は、義務教育が終わるや否や、審神者になることを勧められた。異論はなかった。私自身、この先普通の生き方は出来ないと思っていたし、人間相手の商売はとうの昔に諦めていた。資格を得るとすぐに実家を離れ、就任先の本丸に居を移した。
本丸での暮らしは快適だった。忌子だ化け物だと噂され指を指されることも、いないもののように存在を無視されることもない。
ここでは私が主で、私ありきで刀が集う。怖がられずに呼び請い慕われることがこんなに心満たされるものだったということを、私は十数年の歳月を経て初めて知った。

「あるじさん、ひんやりして気持ちいい」

両腕に縋る短刀たちの頭を撫でてやりながら、考える。触れたものすべてを氷漬けにしてしまう私であるが、その対象に刀剣男士が含まれていないことに、私は心の底から安堵していた。末端といえど神の位置付けであるからだろうか。人に限りなく近い見た目をしている彼らであるが、そういう意味でも人間とは全く異なる生き物であることを察して、妙なところで畏敬の念を感じてしまう。大切な仲間である彼らにさえこの力が影響してしまうなら、私にはもう成す術がないし、生きていく場所も失う。
この本丸には、常に雪が降っている。雪の景趣の設定にしていなくても、常にそういう空模様だった。仮に手続きを経て季節を変えても、舞うのは桜や蛍火ではなく白い結晶。これもおそらく、私のせいなのだろう。一見異様な光景に、優しい刀たちは何も言わない。しかし、他の本丸のように桜の下で花見をしたいと、夏夜の蛍を追いかけたいと、実りの秋を味わいたいと胸の内では夢見ていることを、主人の私は知っている。



演練で鶯丸を見た、と平野藤四郎が話していたのを聞いたのは、間も無く卯月を迎えようと暦が進んでいるにも関わらず、底冷えのするある日のことだった。

「お変わりなく、凛とした佇まいでした」

紅潮した赤い頬を晒して、その日の演練部隊を務めた彼は私に向かってそう笑う。
平野と件の鶯丸とやらは、本霊を同じ宮内庁に置いている二振だ。所在が近しいもの同士、親しみと憧憬も一入なのだろう。
少し話せたりしたの? と尋ねると、平野は黙って首を横に振った。

「お声かけするには少々距離があって……、でも大丈夫です、今日お話しできなかった話題は、この本丸に顕現した鶯丸さまのためにとっておきます」

溌剌と揺れる彼の髪をそっと耳にかけてやって、静かに口元を結んだ。
私の本丸に顕現する刀は、少々偏りがある。鋼は炎を帯びるので、相対的に火の力に優れない私が、鍛刀が苦手なせいもあったのだろう。鶴丸はいて一期一振はいない。江雪はいて宗三はいない。気のせいかもしれないが、春めく色味の刀剣男士が、私の本丸にはいなかった。これもまた私の気質が由来するとすれば、鶯丸がこの先顕現する可能性は、かなり乏しいと言えるだろう。なんせ鶯という鳥は、誰もが皆知る春の象徴だ。凍雪の雪解けは、私にとってとても遠い。

忌まわしいこの呪いを解く方法は、実は一つだけあるという。渋る実家に無理を言って本丸へ送ってもらった資料を必死で調べて、そして見つけた。見つけてそれから、落胆した。
病を治すために必要なのは、恋をすることだというのだ。運命の人と出会い、愛を育むこと。そうすれば自ずと、氷の病は消えて無くなると。
読み終えてすぐ、私はその本を投げ捨てた。厚手の手袋越しに霜のついた本を放って、強く唇を噛んだのを覚えている。馬鹿にするのもいい加減にしろと喚き散らしたい気分だった。お伽話も良いところ。こんな不確定で白々しい、子供騙しのような解決策を、いとも深刻そうな面構えで書面に記しているなどと。
希望は潰えたのだと確信した。もうこの呪いを、解消する手段はない。こんな体質の私に、この先恋人が出来る確率など、零に等しい。
幼子のような癇癪に気付き、別室に居た近侍が部屋を覗いた。投げ出した本の霜を払って拾い上げ、この世のすべてを恨まんばかりの形相をしていたであろう私の隣に、彼は並んで腰を下ろす。
どうかしたかい、と優しく問う鶴丸の、袖から覗く雪白の腕を眺めながら、私は自問する。
たとえ恋人が出来たところで、その病が治らなかったら。この人しかいないと思って触れた相手の、命を止めてしまったら。書物のやり方に頼って夢見ることは即ち、私の生を投げ出すリスクを、大いに高めるだけだった。



「きみ、ちょっといいかい?」

自室で仕事をしているさなか、そう声をかけてきたのはその日非番の鶴丸だった。

「なに?」
「いいから来てみろ」

面白いものが見られるぞ。
不敵に笑って、彼は私の腕を引く。中庭に向かっていくのを彼の足取りから察しながら、そういえば京都に出陣させていた第一部隊がそろそろ帰還する頃合いであることを、ふと思い出した。
中庭に到着すると、転送装置の前に部隊の面々が顔を揃えていた。私に気付いて目を上げる短刀たちにお帰り、と返しながらぐるりと辺りを見回して、とある一点で目が留まった。

「主!ただいま戻りました!」

部隊長の平野が声を上げる。彼の隣には、見慣れない美しい緑の青年が控えていた。誰だろう、と一瞬訝しんで、はっとする。
ああまさか、彼が、もしかして。

「鶯丸さまをお連れしました!」

はち切れんばかりの声音に引き寄せられるように、緑の彼がこちらを振り向く。凪いだ穏やかな顔つきが私を捉え、綻ぶように微笑んだ。
その瞬間、辺りの空気の温度が変わる。涼やかな微笑に導かれるように、重く湿った冷たい風が一掃されていく。

「ほう……、こいつは驚いた……」

私を呼び寄せた鶴丸が、逆にそう声を漏らす。
それに釣られるように、外に集まる刀たちから次々に感嘆の息が上がった。

「古備前の鶯丸。名前については自分でもよくわからんが、まあよろしく頼む」

さらりと流れる彼の声が、耳朶を滑る。身体の底から芽が出るような、胸の中から温かい水でも湧き出しているような、そんな生命の気配がする。この気持ちはなんだろう。不思議な心持ち。初めての気分だ。なんだかとても清々しくて、心地いい。

「ああ……、雪解けの雨だな」

鶯丸の指が、宙に舞う溶けた雫に触れた。しんしんと絶えず降り続けていた結晶が融解する。雪に雨が混じる。その光景を眺め見て、不意に納得した。
ああ、そうだ。きっと、このひとを待っていたのだ。風に揺られる彼の姿を仰ぎながら、確信めいた閃きを得る。鶯は春にやってくる鳥ではない。春を告げにくる鳥だった。


Ash.