※現パロ



辛うじて画面が液晶ではある年季の入ったテレビを、伊作と二人でお行儀良く並んで観ている。可愛らしい幽霊の男の子が出てくるこの映画は、古いけれども誰もが知っている世界的にメジャーなものだ。映画鑑賞の途中だというのに掛けっぱなしになっているのは、幽霊の女の子の切ない片想いをポップに歌ったナンバーで、私も伊作も気に入っている。伊作が中学校の入学祝いに貰ったというミニコンポは、これまた時代を感じさせる代物で、時偶勝手に再生を止めては我々を困惑させた。それこそ幽霊の仕業みたいに。
「あの人がこんな感じになったら面白いだろうね」
無邪気に画面を指差す伊作はアイドル志望だと言っても誰も疑わない程度には整った顔立ちをしているが、甘いマスクに似合わぬ奇妙な嗜好の持ち主で、放っておいたらスプラッター映画の描写を検分していたり、医学書を引っ張り出してきて効果的な拷問を考えていたりする。私が押しかけてくるまで、彼はこのごく一般的な住宅に一人で(厳密には時折訪ねてくる家主と)平和に暮らしていた訳だが、各部屋に一体ずつ骨格標本を置いて、それぞれに名前を付けるという徹底した変わり者っぷりだった。現在私が使っている部屋にあるのはこーちゃんという名前らしい。「本物だよ」と、いつかの伊作はニヤリと嗤って言った。
「一つ目お化け…」
私が呟いたら、想像したらしい伊作が吹き出した。暢気な昼下り。労働に従事することのない私たちに曜日の感覚はない。カレンダーを見ることもなく、こんな風に時間を摩耗してばかりいる。近頃の関心は専らホラー映画。出来れば誰かが死後もこの世に留まっていて、その法則や条件が明確なものが望ましい。

火傷で盛り上がった皮膚に唇を押し付けるのが好きだった。比類なき凹凸。妙に繊細な舌触り。裸体を見たがり、やたらと服を剥ごうとする私に雑渡さんはあきれていた。
「物好きだねぇ…。普通はこういうの、気味悪がるもんじゃない?」
全身がケロイドに覆われた、隻眼の大男。どう足掻いてもカタギには見えない雑渡さんと知り合ったのは、私が学校を辞めてしまうよりも前のことだから、もう随分と古い話だ。その頃の私は家にも教室にも居場所がない憐れなティーンエイジャーで、自意識ばかりが一人前だった。
「雑渡さんのことが好きだから、この傷痕も好きなの」
「そいつはどうも」
浮かれたことを言っているようだが私は本気だった。子供の言う「居場所がないの」を真に受けて(あるいは巫山戯て)マンションを用意してくれるようなデタラメな大人なんて、雑渡さん以外にそう多くはいないだろうから。
「そういえばもう一人知ってるよ、君みたいな悪趣味なコ」
雑渡さんがそんなことを口走った時、他の女の子の話だと勘違いした私は不機嫌になったけど、今にして思えばもう少し突っ込んで話を聴いておくべきだった。そうすれば雑渡さんだって、私をあの変態みたいだなんて言わなかっただろう。

デフォルメされた妖怪のシールがおまけとして同梱されているウエハースをコンビニで買ったら、伊作の分だけシールが入っていなかった。こういうことは珍しくない。伊作は生まれ持って他の人より運が悪いのだ。最初は自らを不運大魔王と称する伊作の話を、少し大袈裟なんじゃないかと胡乱げにしていた私も、今となっては伊作を疫病神と呼んでいる。
「もう一つ買ってこようかな…」
「やめなよ、ダブるよ」
子泣き爺のシールは二つもいらないので、私は伊作に釘をさしておいた。

雑渡さんに拾われた私の自堕落な暮らしは、数ヶ月前に唐突に終わりを告げた。
「組頭が亡くなった」
何の前触れもなく訪ねてきた目付きの悪い痩身の男は開口一番そう言った。雑渡さんの部下だという。
「は?」
確かにここ数週間姿を見せなかったけれど、そんなことは珍しくないので気にもとめていなかった。亡命くらいなら有り得るかと思ってはいたが、まさかこの世にいないとは。地獄の似合う人だったけど、一体どんな死に方をしたのやら。部外者の私が教えて貰える筈もなく、あれよあれよと言う間に身一つで追い出されてしまった。ここも危険だという。本当かどうかは知らない。

雑渡さんがうちのような拠点をいくつも持っていたことは本人に聞いて知っていたので、驚きはなかった。それどころかあの男、「ここに居なかったらこっちかあっちにいるから…」くらいの気軽さでいくつか住所を添付してメールをしてきたこともある。まさかそれが役に立つ日が来ようとは。私がその内の一つである伊作の家…つまり「君みたいな悪趣味なコ」のところに辿り着いたのは親近感からではなく、住所を見て、唯一そこだけが戸建のようだったからだ。実家なのかなって、足りない頭でつまらないことを考えた。

てっきり私のような頭の軽い女が出てくるかと思いきや、キャラメルブラウンのふんわりとした髪をした少女漫画の王子様みたいなのが現れて私を困惑させた。
「いらっしゃい」
伊作は私のことをまるで旧知のように招き入れたけれども(だから私は伊作が雑渡さんから私のことを託されていたのだろうと、都合の良い勘違いをした訳だけれども)、実際にはまったくそんなことはなく、伊作の危機感が仕事をしていないだけだった。他に行く宛も無かったので、私は例の勘違いを根拠にこの大きな家に住み着いた。この働き盛りの夫婦と子供が居そうな一軒家に、この得体の知れない青年しか居ないというのは収まりの悪いことのように感じたのだ。

私にも伊作にも時間はたっぷりあったので、我々はポツリポツリと雑渡さんの話をした。他に共通の話題はなかったのである。この家は倉庫のようなものだ。雑渡さんに省みられなくなったガラクタの山。元々物に執着するようなタイプじゃなかったから、仕舞うだけ仕舞って、きっとそれっきり。今となっては、遺品と呼ぶべきだろうか。伊作もその一部だ。雑渡さんの所有物。私もそのつもりだったけど、伊作ほどじゃない。何故だかそう感じて、勝手に羨ましくなる。
「幽霊でもいいから、逢いたい」
そんなことを言い出したのは、どちらが先だっただろうか。

東洋系の魔術は、早々に省いた。反魂術にしろ送屍術にしろ、本人の死体がなければ手の施しようがなさそうだったので。雑渡さんの死体を入手する方法が思いつかない以上、蘇らせるというのは些か現実的ではない。私たちは西洋魔術の、それも黒魔術と呼ばれるようなものに傾倒していった。手始めにテーブル・ターニングも試してみたが、質問に律儀に答えてくれるというのがあまりにも雑渡さんっぽくないので早々に切り上げた。逢いたい、という欲求は満たされない訳だし。同じ理由で降霊術も外すと、なんだか悪魔でも召喚しようとしているような大仰な方法しか残らなかったことが口惜しい。伊作が趣味で蒐集していたオカルト本は、いつの間にか付箋だらけになっていた。見本を参考に、繰り返し魔法陣を描く練習をする。繰り返すようだが、私も伊作も暇なのだ。少なくとも今のところは。
「伊作はここを追い出されたらどうするの?」
一方で矛盾するようだが、時間的な余裕はあまりないかもしれなかった。雑渡さんがいない以上、この家の所有権は我々の知らない誰かしらの手に渡るだろう。私が追い出されたように、伊作もまたいつ立ち退きを要求されても可笑しくない立場だった。
「その時はその時だよ」
伊作は飄々と笑うけれど、今更真っ当に生きるつもりがないのは明白だった。就職して、働いて、税金を納めて、悩んで、歳老いていく。平凡な人生。冗談じゃない。そんなことになるくらいなら死んだほうがマシだと思う程度には、私は堕落しきっていた。多分伊作もそうなのだろう。雑渡さんの幽霊を喚び出す為の道具は、粗方オンラインショッピングで用意できた。伊作が一緒に購入したリシンは、その為に使うのではない。

端から見ていれば随分と愚かで、狂っているとしか評しようのない精神状態に陥っていながらも、私も伊作も二人揃ってどこか醒めていた。こんな暮らしが長く続く訳がないことくらい子供でもわかる。私たちは目一杯はしゃいではしゃいで、最期の瞬間までそうしてやるつもりだった。地獄で嘲笑う雑渡さんの顔が見えるようだ。大体私が本気で雑渡さんの幽霊を探す気があるなら、伊作には関与させない。奴の不運は筋金入りで、地獄の沙汰すら左右するだろうから。
「晴れて良かったね」
故人の思い入れのある品がどうしても用意できなかった我々は、もう自分自身でいいという暴論で片付けた。深い関係だった訳だし、気に入ってはくれていた筈だ、多分。
「本当に…てゆーか伊作運転出来るんだ」
場所についても、故人の思い入れのあるスポットが望ましいということだったので、実行するにあたり、私と伊作は少しばかり頭を捻って考えた。私は知らなかったが、以前太陽光発電が流行った折に雑渡さんが年寄りから騙し取り、ソーラーパネルを設置して一儲けした山があるという。雑渡さん名義の土地であることと、山奥なら人目につかないという点で其処に魔法陣を敷くことに決まった。伊作がレンタカーを用意していたことには驚いたが、不運大魔王の運転する車に乗っても良いと思うくらいには、私は自暴自棄になっている。
「出来るよ、免許は持ってないけどね」
そんなことだろうと思ったよ。

どうにでもなれ、という心情だがシートベルトは締めた。下手なことをすれば不運効果ですぐにでも警察に止められそうだったので。
「ねぇ、」
「ん?」
エンジンをかけてすぐに伊作が声をかけてきたので、運転席に顔を向けたらキスされた。私たちは今までそんな風に触れ合ったことがなかったので、とても驚いた。伊作が思いの外真面目な顔をしていたことにも。
「もっと雑渡さんみたいにキスしてよ」
伊作は肩を竦めて、車を発信させた。

案の定というべきか、車は山道に入ってすぐにエンストした。乗り捨てて、徒歩で山を登る。伊作は肩を落としていたが、お約束の不運っぷりが面白くて、笑えて仕方が無かった。リシンはポケットに入れてある。どうせ幽霊なんて出る筈がない。そして雑渡さんに逢えない以上、私達に明日は無いのだから、借りた車の修理代なんて、心配する必要もないのだった。
「そういえば、伊作の部屋の骨格標本はなんて名前なの?」 
「留三郎…同室だからね」
思いの外古風な名前である。雑木林の中だけあって、空気は澄んでいて気持ちが良い。ソーラーパネルが並んでいるあたりだけ、伐採されているのがなんともいえず無惨だ。プレハブ小屋があるのは有事の際の点検用だろうか。
「ゆうがた、ガッタンでんしゃがはしるよユウマグレのそらをー」
なんとなく気分が良くなって、口遊んだ歌の続きを伊作が引き継いだ。元々彼のお気に入りの曲である。あんな変なバンド、伊作と知り合うまで聴いたことがなかった。
「僕らは生まれーつき、体のなーい子供たち」
次に生まれてくる時は、それもいいかもしれない。最初から幽霊なら、きっと何も辛くない。どちらともなく手を繋いだけれど、どちらも調べてきた手順を実行に移そうとはしなかった。二番に差し掛かった伊作歌声はどんどん大きくなっていく。
「五月蝿いよ、青姦なら他所でやりな…って、あら?」
プレハブ小屋から人が出てきた。それこそ幽霊かと思って、私は仰天したが、伊作は目を丸くしながらもいくらか冷静だった。
「雑渡さん!無事だったんですね!」
言われて見れば確かに、ハロウィンでもないのにミイラ男のように全身に巻かれた包帯、片方しか無い酷薄そうな目許、鍛えられていることが服の上からでもよくわかるスラリとした長身、どこをとっても私の良く知る雑渡さんだった。土産物屋でしか見ないような、「忍」の一文字がプリントされたTシャツには見覚えがなかったけれど。
「よりによって君たちに見つかるとは…」
バツが悪そうに頭を掻くこの人は生きているという認識で良いのだろうか。信じられない。確かめたくて駆け寄る…つもりだったのだが、手を繋いだままの伊作が躓いたので、私も巻き込まれて盛大に転けた。

Ash.