※大学生設定です

昼はそこまで寒くもないのに、太陽が沈めば驚く程寒くなる。隣で手を擦り付けているなまえの左手を黙って握れば、なまえは俺の顔を見上げて嬉しそうに微笑んだ。「ありがとう、一也くん」「そろそろ手袋だした方良いかもな」「うん」その聞きなれた響きにふ、と意識が一瞬過去に飛ぶ。手を握ってもなまえが照れなくなったのは、いつからだった…?ちらり、となまえを盗み見るが、そんな過去なんてなかったかのようになまえは口角を少しあげて歩き続けている。戸惑って足を止めらた日も、手を繋いだまま少し距離をとられた日も、手を繋いでいる間はまったく視線を合わせて会話をしてくれなかったあの日も、本当にあったのに。それが可愛いと思ったあの時の俺の気持ちも本当で、でもどうしてかもうはっきりとは思い出せない。いつだってその瞬間が一番最高に幸せで、もうそれ以上はないと思ってなまえを見ていたのに。「………どうかした?」おずおずと、俺の視線に気付いたらしいなまえがそう告げた。「ああ……いや。俺の彼女はいつでも可愛いなと思って」「………」プイ、とすぐに顔を逸らしたなまえにそこはまだ照れてくれるのかと、嬉しくなって笑った。「なあなあ。俺の事名前で呼ぶようになったのっていつからだったか覚えてるか?」繋いだ手を引いて顔を近づける。それだけで照れていた、制服を着たなまえはもうこの場にはいない。目を丸くして「うーん…」とただ真面目に考えてくれている。「何か…記念日だったような、……一也くんは覚えてる?」黙って首を横に振った。「わたしもちゃんとは覚えていないな………でもすごく一也くんがしつこかったのは覚えてるよ。一也って呼んでって」「しつこいって」「ふふ、」笑ったなまえを見て少し悲しくなった。そうだ、そうだった。あんなにも求めていて、呼ばれた瞬間はあんなにも嬉しかったはずなのに、どうしてかもうその瞬間を俺自身が覚えていない。「俺の名前呼ぶの、あんなに恥ずかしがってたのになあ」と手を繋いだままなまえを肘で突けばなまえは揺れながら「実は今でもちょっと、緊張しています」と前を向いたまま笑った。「は、マジ?」「マジマジ」「お前ホント顔にでねーもんな…」「それをずっと見抜いてきてくれたのが一也くんでしょ」「俺もまだまだ修行が足りねえなあ」「あはは!なんの修行?」「愛の修行」きゃっきゃっと笑うなまえの声は空に広がる星と同じくらい輝いて聞こえる。でもどうしてか、もう前みたいにこの瞬間が最高で一番幸せだ!とまでは思えなくて。だからといって今俺がなまえを思う気持ちが過去より少ないだとか、負けているだとか、そうも思えなくて。そしてそれを愛だとか大人になっただとか、そういう言葉と時間で片付けてしまうのはとてももったいない事だとも思う。愛よりも大きくて深い言葉を、俺はまだ知らないし作り出せない。いくつになっても、なまえには同じような事で悩まされて、喜ばされている気がする。俺はずっと、制服を着た少年の頃のままだ。そしてなまえも、たまに制服を着ていた頃の少女の彼女が顔をだす。その瞬間、俺は泣きそうな程愛しさというものを感じる。

Ash.