※原作にない設定を含みます




何やかんやあったけど、私達は晴れて両想いの恋人同士という関係になった。

今まで二十数年、長くも短くもない歳を生きてきたけど、自分に恋人なんて呼べる相手が出来るなんて思ってもみなかった。

だって、あんなにも頑なに独り身で居る事を謳っていたし、恋愛沙汰にも疎かったし。

そんな自分が、人生にして初めて恋をし、その人と想いを遂げる事が叶うだなんて夢にも思わなかった。

だからなのだろうか…。

未だに、恋人らしく振る舞ったり触れ合ったりするという事に、非道く慣れないままだった。

其れは、何時までも初々しく反応する私のあまりの慣れなさ加減に、遂には呆れて溜め息を零した彼が苦笑気味に指摘してきてしまう程だった。


「…アンタさぁ、何時になったらこういう事するのに慣れてくれるんだ?」
『う…っ、ご、ごめん…!だ、だけど…いざってなると何だか無性に恥ずかしくなってきちゃって、其れで変に照れちゃって……っ!あ、別に、此れはたぬさんの事を全力で拒んでるって訳じゃないんだよ!?たぬさんに触れられるのが嫌って訳でもないの…っ!!寧ろ、嬉しいっていうか、もっと触れても良いんだよって思うんだけど…っ、どうしてかな……!恥ずかしさの余りに逆方向に振り切れちゃって………ッ!!』
「嗚呼、うん、まぁ…そうやって恥ずかしがるアンタも堪らなく愛しいし、めちゃくちゃ煽られるから嫌いじゃねぇんだけどさ。そろそろ、ちっとくらい慣れてくれても良いんじゃねーかなァ…?じゃねぇと、こうして睦事やる度に煽られるもんだからさ…あんまりにも煽るようなら、歯止めきかなくなっちまうって話なんだよなァ…。そうなると、後々辛いのアンタだろ?」
『ひぇ…ッッッ!?そ、そそそそんな事申されましても…っ、わ、私は私で手一杯なんだが…ッッッ!!?』
「あ゙ー…うん、だからそういうところなんだって…。つって、解る訳ねぇか…アンタ疎いしな。鈍過ぎるくらい疎いから、変に俺を煽ってたとして、其れで抱き潰されて次の日足腰立たなくなっちまっても…文句言いっこ無しな?」


其れでも、そんな私の事を愛しく思ってくれる彼はそう言って、毎度の如く蛸みたいに顔を真っ赤に染める私を嬉しそうに組み敷くのだった。


最初は恐れていた事だったけれども、想いを告げた後も告げられた後も、本丸の主である審神者とその家臣である刀の刀剣男士、という二人の主従関係は変わらなかった。

その部分は、きっと、真面目な彼の事だから、公私混同はしないように努めてくれているのだと思う。

だけども、たぶん、私はきっと、彼に愛されているのだと思う。

私は自分に自信が持てないから、そういう観点でも自信を持てずにそう思ってしまうのだけれど。

たぶんは抜きに、きっと、彼は私の事を愛しく想ってくれているのだろう。

だから、こんなにも逞しく太い腕の中に私を閉じ込め、分厚く硬い胸板に押し付けるように抱き締めてくれるのだ。

彼が私を愛しく想ってくれるのなら、私は其れをお返しするように包み込んで言葉にして伝えよう。

“愛してる”なんて言葉は、まだ恥ずかしくて言えないけれども、其れに近い言葉でそんな意味を込めて、彼へと想いを口にしよう。

彼が優しく、時に激しく噛み付くようにして口付けてくれる、この唇で。


想いを添い遂げる事と交わした日から暫くして、人が愛し合うのと同じように恋人が互いに愛を伝え合うのと同じように、私達はお互いを確かめ合うように躰を重ねるようになった。

しかし、私と彼とでは普通に繋がる事は出来ないようで…。

彼と幾度と躰を重ねても、私のお腹が彼の子を孕む事は無かった。

所詮、私は人の子で、彼は刀に過ぎない存在だった。

幾ら人の成りをしていようとも、其れはこの世に仮の器として得た身に過ぎず、彼本来の姿は何処までいっても刀であった。

私は、其れを初めから覚悟した上で彼と躰を重ねた。

後から、本当に刀剣男士達との間に子は宿らないのかという事を調べ、予想が確かだったと事実を知ってからも。

私は変わらず、彼が求めれば躰を重ねた。

時には自分からも彼の熱を求め、躰を重ねる事もあった。

だが、一縷の希望として抱いた小さな願いは叶う事は無く、私の腹に彼の子種が留まる事も無く、ただただ紅い経血として虚しく流れ出ていくだけなのであった。

嘗て昔、この日ノ本という國を創りし神の子は、一人の神の男子(オノコ)に見初められ、一夜孕みをしたそうな。

彼も付喪神という、末席の位と言えど神の位に座す者だった。

だから、“もしかしたら、可能なのではないのか…?”と女々しく惨めたらしくも縋り付くように、心の底の内側で思っていた。

だけども、そんな望みは叶う事は無かった。

私は知っていた。

幾ら躰を重ねようと、彼との間の子を孕む事は無いという事実を。

其れでも、私は縋った。

小さな一縷の儚い希望に。

彼が寄り添ってくれる側で、無意識に何も無い腹を撫でていると、彼が優しくそっとその手に硬い掌を添えてきた。

そして、気遣わしげに此方を伺い、口を開くのだ。


「…どうした?腹でも病んで、痛むのか…?其れとも、月のものが来て痛むのか…?」
『……っふふ、ううん。そのどちらでもないし、何でもないから…気にしなくても良いよ。』
「…何でもなくはねぇだろ…。んな辛そうな、今にも泣きそうな面してる癖に…っ。」
『……ふふふっ。ごめんね、其れと有難う…こんな私を心配してくれて。…何でもないって言ったのは、本当は嘘。本当は、ちょっと考え事してただけなの。…何で私は、たぬさんとの子を孕めないのかな、って…。無理な事なのは、知ってるんだけどね。でも、何でか追い縋っちゃうんだよなぁ…昔の言い伝えを思い出して。』


彼の胸を背に凭れた姿勢のまま、縁側の方を見つめてそう言った。

彼が一瞬、寂しそうに、其れでいて悲しそうに顔を歪めるのを気配で感じ取る。

でも、彼は私に無駄に気を遣わせまいとすぐに改めたのか、私の身を隙間無き程にまで抱き締めてくれた。

私が寂しがらないように、私の悲しみをも分かち合おうとしてくれるかのように。

昔から、女は子供を産める事が幸福だと聞いていた。

だが、産める躰ではあるのに、産む事も孕む事も出来ないとなったら…其れは幸福だと言えるのだろうか?

私は、今も十分と言える程に幸せだ。

彼もきっと、今の私と同じくらいか、もしかしたら其れ以上に幸せかもしれない。

だけども、私は欲深い人の子だから…もっともっとと、その先を、更なる幸せを望んでしまう。

深き業は、何時しかその身を滅ぼす事くらい知っている。

だから、きっと、私は職業柄もあって、最期は惨たらしく死を迎えるのではなかろうかと思っている。

そんな思いがあるから、生きていられる有限の時間の間に、出来得る事を成し遂げたいと切に望んでいる。

女として生まれた幸せを知れたなら、その先に在るだろう幸福をも知りたいのだ。

愚かな人の子の欲と嗤ってくれて構わない。

所詮、私は人の子に過ぎないのだから…。

幾ら頑張ったって、私は神のような存在には成り得ない。

ならば、人の子は人の子らしく生きたいのだ。

静かに募る哀しみに傷んで、透明に輝る滴が一滴、私の眼から溢れ落ちた。

其れを彼の手が優しく受け止める。

私は、所詮人の子だ。

だから、愚かな生き方しか知らないのである。

愚かで不器用な様を、世間は嗤うだろうか。

そしたら、彼は私を更にきつく抱き締め、耳障りな憎悪を含んだ雑音を遠ざけるように私の耳を塞ぎ、誰の批難の声も届かぬように己の神域へと連れ出すのだろうか。

分からないけれど、きっとそうなんだろうと勝手に決め付けて思う事にする。

そうして、私は彼の腕の中で眠りに就く。


―或る時だった。

彼が万屋に行った帰りに、そのまま私の元へとやって来て、或る物を差し出してきた。

私は、取り敢えず「おかえり…。」との言葉を返して、其れを受け取った。

中身は何なのだろうか。

受け取った小さな布袋を両手の上に乗せたまま、思いを巡らせる。

菓子類や簪などといった類いの物ではない事は、手の上に乗る重みで分かった。

感じた事のある、持った事のある少しだけのその重みに、私はふと記憶を巡らせて何だったかなと逡巡した。

そうして呆然と立ったままでいると、向かいで同じように黙って立っていたたぬさんが口を開いた。


「…其れを、アンタにやる。」
『はぁ…。中身、何か見ても良い…?』
「構わねぇが…知らねぇで下手に扱っちまったら危ねぇから、俺が開いて見せてやるよ。」
『………。(そんなに危ない物なのかな…?)』


下手に触って危ない物なんかを、どうして私なんかにくれようとするんだ、この人は。

私は何も分からないまま、丁寧な手付きで布が開かれていく様をジ…ッと見つめた。

布袋が開かれた先には、更なる厳重に布に巻かれた小さく細長い筒状のような形の物が姿を表した。

彼は、其れをまた丁寧な手付きで解いてゆく。

厳重な布に包まれていた物は、小さな黒き色をした筒状の物だった。

其れは、何処かで見た事のある姿をした物だった。

彼は、其れを手に取って、私によく見えるように引き抜いた。

すらり、目に映ったのは、よく見た事のある波紋をした小さな刃だった。

どうして此れを…?

そう問いたくて、私は彼の事を見遣った。

彼がその視線に答えるべく、ぽつり、言葉を漏らした。


「……アンタが、俺との子を欲しがるから…俺の身を写した小刀でも打てりゃ代わりになるかな、と思ってさ…。」
『ぇ…………。』
「…万屋街に在る通りにさ、小せぇけど刀も扱った金物屋が在ってよ…其処の鍛冶主に頼み込んで、作って貰ったんだ。…アンタが、前に御守りとしてくれた、折れた俺の二振り目の破片を元にしてさ。其処の鍛冶主ってのが、実は元審神者だったらしくて、今は引退してっけど昔は其れなりに力ある審神者さんだったってのを聞いて…無理な話だろうと思ったけど、強く懇願して頼み込みに行ったんだよ。……少しでも、アンタの願いを叶えてやりたくて…土下座までして必死になって頼み込んじまった。今思えば、何であの時馬鹿みてぇな真似してまで必死に頼み込んじまったんだろうなァ?って思うんだけどよ…。アンタの笑った顔が見たかったからさ。だから、此れ…貰ってやってくれねぇか?俺が勝手に頼んで作って貰った物だし、女に贈る物がこんな物で悪ぃけどよ。」


あまりの衝撃に言葉が出てこなかった。

私の知らないところで、彼がそんな風に思って遣ってくれていただなんて…。

私は、気付かぬ間に涙を流していた。

其れも、器用に片目だけで…。

彼はその反応を勘違いして受け取ってしまったらしく、酷く焦った様子で慌てて取り繕ってきた。


「い、いや…っ、やっぱりそうだよな…!女への贈り物がこんなんじゃ、喜ぶ訳ねぇよな!すまねぇ…っ、此れは、俺が雑事に使う用にすっからさ!!アンタには別のもっとマシで良い物を贈り直して……っ、」
『……違うの…っ。』
「え………っ?」
『………泣いちゃったのは、嬉しかったから…つい、緩んじゃって出てきたものなの…っ。たぬさんが此れを贈ってくれた事が、嫌なんじゃないの…。』
「………は、」
『…だから、その逆だってば…っ、この馬鹿…!………っあはは、有難う、たぬさん。私…今、最っ高に嬉しいよ…っ。私の為を思ってくれて、有難う…っ。何時も、何時も私の為に尽くしてくれて、こんな素敵な贈り物までくれて…私、どうしよう…?幸せ過ぎて、ぶっ飛んじゃいそう………!』


そう、泣きながら御礼を口にしたら、彼がいきなり急に抱き締めてくるもんだから、心臓が飛び出る程に驚いた。

次いで、きつくきつく強く抱き締めてくるもんだから、あまりの力強さに胸が苦しくなって、息が出来ないと彼の胸を強めに叩いて訴えた。

すぐに解放してくれた事に安堵し、深く息を吸い込み、鼓動を落ち着かせる。

顔を上げると、泣きそうな顔をして笑う彼が居た。


「……礼を言うのは、俺の方だろ…っ。アンタは何時だって俺の想いを受け止めてくれるんだから…。感謝すんのは、俺の方だ………ッ。」
『えぇ……っ?どうしちゃったのよ、急に…。』
「…ありがとな、主…いや、なまえ…。俺は、アンタの刀で居れて、アンタの番として選ばれて、良かった…。アンタの側に居れる事だけでも俺は幸せだったってのに、アンタは其れ以上の幸福を俺にくれた。だから、俺はそのほんの少しでも良いから、返したいと思う…。此奴を、この小刀を、アンタの子の代わりにしてやってくんねぇか……?俺を写した身だから…きっと見劣りはしねぇ、立派な付喪神になるぜ。俺との間の子が出来ねぇ代わりに、大事に持っててくれ。」


私は、嬉しくて涙した。

あんまりにも号泣しちゃうから、此れ以上泣いたら、何時か涙が枯れちゃうんじゃないかってくらい泣いた。

全部、彼が優しく受け止めてくれた。

拭っても拭っても後から溢れてきてしまう涙を、温かなその掌で拭ってくれたり、また、涙を溢す目元を直接慰めるように口付けて舌で唇で掬い取ってくれた。

其れが擽ったくて、私は笑みを零す。

彼も、幸せそうな笑みを零して、私に微笑んでくれた。

彼の目を細めて笑う顔が、私は一等大好きだ。

彼が緩く私をまた抱き締めながら、耳元で囁くように告げる。


「…実はさ、この小刀…まだ打ち上がる前の途中の段階でよ。完成はしてねぇ状態なんだ。」
『え……っ、何で…?』
「…完全に打ち上がる前に、アンタに此奴の名前を付けて貰おうかと思って、無理言って途中の段階で持ってこさせてもらったんだ…。せっかくなら、アンタに名前を付けて貰った方が、此奴も喜ぶかなァと思ったんだよ。……駄目か?」


そんな嬉しいお願いを、彼は甘えたように擦り寄りながら口にした。

私は其れさえも擽ったくて、堪え切れずまた小さく笑い声を上げて、ポタリ、と涙を溢した。


『…っもう、駄目な訳ないじゃない……!寧ろ、すっごく嬉しくて、昇天しちゃいそう…っ。』
「はは…っ、今死なれんのは困るなァ………。けど…、そうか。なら、良かったよ…。」


此れから私達の子となる、手に在る小刀の存在ごと私を抱き締めたたぬさんが、そう呟いて、深く息を吐いて私の肩にその顔を埋めた。

私も、胸に溢れんばかりに溢れる愛しさを彼に伝えたくて、片手に小刀を握り締めたまま、彼の背中に腕を回した。

小刀はきちんとその身を鞘に納めていたから、大丈夫だ。


「…そんで?其奴の名前、どうするんだ…?」
『んふふ…っ、そうだね…。私とたぬさんとの子だものね。せっかくなら、たぬさんの名前に近い名前を付けてあげたいな…っ。』
「…っふ、別に…わざわざ俺の名前に似せなくても、アンタの好きにしたら良いだろ…?其奴は、もうアンタの刀なんだからさ。」
『えぇ…っ、せっかくなんだもん。たぬさんに似た名前にしたいよ…っ。だって、あの子の折れた欠片を使って打たれた子だし…たぬさんを写して打たれた刀なんでしょ?だったら…私とたぬさんとの子だけど、たぬさんに近い名前にしたいよ。打ったのは、同田貫等を打った人達じゃなくてもさ…。“同田貫藤原正国”の子に相応しい名前にする。』
「…そうか。アンタがそうしたいなら、そう決めたら良い…。其奴の名前が決まって、其れが刀身に刻まれた時が、其奴が其奴として完成する日なんだろうからさ。」


彼が優しげな声でそう紡いだ。

私は、彼から一度身を離して、彼が目の前で見守る中、頭に浮かんだ一つの名前を口にした。


『……“小田貫正国”、“小田貫正国”なんてのはどう…?』
「小田貫って…殆ど俺の名前と変わんねぇし、捻ってもいねぇじゃねーか……。」
『えへへ…っ。でも、この子は小刀なんだし、たぬさんを写して作られたんだから…良いんじゃない?あまり捻ってない名前の方が、元は同田貫その物だったって分かりやすいし、私達の子らしいかなってさ!』


そう、私が喜色満面っていう感じで言えば、満更でもなさげな彼がはにかむように口を引き結ぶ。

私は両の掌の上に在る小刀に向かって語りかけた。


『…今日からお前は私達の子。名前は同田貫正国から取って、“小田貫正国”だよ。私の元へ来てくれて、有難う。愛しき私の子…早くお前が完成する日が楽しみだ…。』


大事に大事に胸に抱いて囁くようにそう告げたら、彼がその手に触れてきて目を潤ませる私の額へと口付けを落とした。


「なら…明日にも、また例の金物屋ん処行って、此奴を渡してこねぇとな…。今度こそ、完全に打ち上げて貰う為に…ちゃんと名前を彫って貰う為にもよ。」


額に次いで、唇にも啄むように優しく触れるように口付けられる。

私は、ぽかぽかと温かい気持ちでいっぱいになりながら、精一杯の笑みを零した。


―後日、その小刀が完成した形で私達の手の元に戻り、大切に大切に懐に持ち歩いていると…。

元審神者が打った刀だったからなのか。

はたまた、折れた同田貫の破片を資材として使ったからなのか。

はたまた、私が大切に肌身離さず持っていたから、そのせいで私の霊力が移ってしまったからなのか。

はたまた、この付喪神達が集まる特殊な神域でその存在を留まらせていたからなのか。

どの理由が原因なのか、もしかしたら、全ての理由が重なった事によるものなのかもしれないと思った。

とある日に、その小刀は小さな魂を宿し、彼にそっくりな…だけども何処か私にも似ているような、そんな小さな付喪神を顕現させるのであった。

二人の子の代わりであった小刀が、本当の意味での二人の愛の結晶となる子と相成った瞬間であったのである。

Ash.