
なまえがエルフになった!
もういつだったか思い出せないほど遠い昔。まだ俺が小さかった頃、遊んでくれない兄さんたちとは正反対に、常にそばにいたのがなまえだった。一緒に野原を駆け回ったり、食事をしたり、イタズラなんかもしたが、他国と喧嘩や戦争をし始めた辺りから、なまえは姿を見せなくなった。戦争のせいで姿を隠したのか、兄さんたちに聞いても誰も所在はわからず、別れもないままいなくなった。…そんな彼女が姿を現したのは戦争も終盤を迎え、兵士たちが帰還し始めた頃だった。街に人が戻り、物資も安定を取り戻し、国中が平和と賑わいを取り戻した頃。人込みに紛れて彼女はやってきた。
「アーサー」
最後に会った時と変わらぬ服装は時代が変わった中では少し浮いている。表情も心なしか疲れており、今にも消えてしまいそうだ。
「なまえ」
「アーサー、私次の列車に乗るの。あまり時間がないんだけど、会えてよかった」
「今までどこに…」
「またね」
俺の言葉を遮るように、頬にキスを落としてひらりと軽い足取りで行ってしまう。すぐにでも追いかけて、いろいろ聞きたいことがあるのに、鉛のように重たい足は一歩踏み出して動かなくなった。そうしてる内になまえは雑踏に紛れて見えなくなってしまった。違和感だけが残って、不意に消失してしまったのだと悟った。一方的な別れ方だった。寂しさを覚えたのは今も記憶に新しい。
しかし奇跡が起きた。それから何百年か過ぎ、ふと庭に猫が現れた。直感でなまえだとわかった。根拠はもちろん無かったが、野良のくせに妙に人懐っこく、昔のように一緒に遊んだり、食事をしたり、時にはイタズラをして俺を困らせた。「なまえ」と呼べば「にゃあ」と返事をして足にすり寄ってくる。姿は違えど、また一緒に暮らせる事がとても嬉しかった。…そんな日々も数年が過ぎ、またなまえは姿を消した。恐らく死んだのだろう。猫の寿命を考えると合点が行く。遺体は探し出せなかった。また、別れを言えなかった。三度目の別れに寂しさは大きかったが、自然の摂理には逆らえない。
そんな彼女がエルフになった!庭で育てていた薔薇から、一際大きな蕾を鉢に移して部屋に飾っていた。そろそろ立派な花が咲くだろうと期待しながら、今朝も水やりのためにジョウロを持って書斎へ向かう。部屋の奥の机に飾った鉢に真っ赤な薔薇が咲いていた。遠目からでもわかる立派で美しいそれに感嘆の溜息を零していると、一緒にいたユニコーンやドワーフ、他のエルフたちが何やら騒いでいる。何かと近づけば、大きく開いた花弁の中にちょこんと座るエルフが。パチリと目が合うと反射的に声が出た。
「なまえ!」
呼べば、きょとんとした顔が徐々に和らぎ、ついで笑顔が咲く。
「私、なまえっていうのね!はじめまして、祖国様」
ふわりと飛んで、頬にキスを落とした。薄緑の透明な羽と、赤みがかった茶色の髪以外は生前と変わらぬ姿だ。懐かしさにうっかり涙がこぼれてしまった。
「祖国様?」
「…アーサーと呼んでくれ」
「アーサー、悲しいことがあったの?」
「なまえに会えて嬉しいんだ」
「ふふ、同じね。私も嬉しいわ!」
くるくると飛び回って無邪気に笑うなまえ。また一緒に暮らせるのかと、そう思うだけで嬉しかった。前の記憶はどうやら無いようだが、それでも構わない。彼女だとわかるのが俺だけでもいい。また一緒に思い出を作ろう。時間はたくさんある。猫よりも長く、いや、ずっと一緒にいられるはずだ。なまえはエルフになったのだから!
*
季節は夏から秋になり、冬が来た。なまえは風が冷たくなるにつれて眠る時間が長くなった。薔薇から生まれたからだろうか、寒さには弱いらしい。冬が過ぎ、そして春も終わる頃、書斎の窓からなまえが顔を出す。
「アーサー!庭へ出て、薔薇が咲いたわ!」
初夏の日差しと共にまた元気に飛び回るなまえ。来年も…この先もずっと、またこうやって薔薇が咲く頃に知らせてくれるのだろう。
ラグナロクと添い遂げる
Ash.