享年28歳。冴えない人生だった。

秀でた才能が一つも無くて、学力体力共に平凡。友人からは間違いなくハッフルパフだと笑われた。
これといった夢や目的も無く、両親に甘えて大学まで通わせて貰い、その癖に就職も出来ずに非正規雇用の契約社員としていくつかの仕事を転々としながら続けて。実家を出る事も無く、独身で彼氏がいたことも一度だって無かった。
27歳の時だった。
突然発症した正体不明の病気は、名前がとんでもなく長ったらしくて宝くじの一等が当たるよりも低い確率で発症するという難病だった。
余命は一年。ゆっくりと内側から蝕まれ、最期は一気に進行し命を落とすという。

あと一年、そう思ったら急に目の前が晴れてしまった。
好きな事をしてやろうと仕事も辞めて、週に3、4日だけ数時間のアルバイトをして小銭を作って、後は好きな時に休んで好きな時に行きたい場所に行ってやりたいことをやった。同じ事の繰り返しだった毎日が一変し、実りのある日々だった。
同時に、残りの時間が少ないと知ってから動き始めた自分に、それまでの私は本気で生きていなかったのだと痛感し酷く後悔もした。
その報いなのか、いよいよ余命一ヶ月を切った途端に体は動かなくなり、最期の一週間は只管に苦しくて、いっそ早く楽になりたいと願ってさえいた。涙を流す両親の姿が見えなければ、実際早く死なせてくれと訴えていただろう。

やってきた死の瞬間はあっけないもので、実はよく覚えていない。気がついた時には夢を見ていたからだ。
鮮明で恐ろしい悪夢だった。
いつの間にか現れた見た事もない大きな怪物が、どこまでも追いかけて来るのだ。

死に物狂いで必死に走った。おかしな話だ。死んだというのに。
本当に?本当に私は死んだのだろうか。見慣れた町並みを自分の足で駆け回っているというのに。

「誰かっ、誰か助けて…!」

角を曲がり、目に入ったスーツ姿の男性に駆け寄る。

「お願い!助け」

助けて、と続く言葉が出なかった。肩に触れようとした手が男性の体を通り抜けたからだ。
「うそ」意味も無く慌てて手を引っ込める。

嘘だ。そうか、でも、私は死んだのか。

「みぃつけた」
角から怪物が顔を出す。

冴えない人生だった。
本気で生きようともせず、ただぼんやりと毎日を過ごしてきた。もっと本気で生きれば良かったと後悔の残る人生だった。
罰なのか、最後の最期は苦しくて、死んでもまだ怪物に追われている。
そうだ、これは罰だ。自業自得だ。だけど、

それでもやっぱり、こわい。



「動くなよ、嬢ちゃん」

後ろから、顔の横を何かが通り過ぎていった。
ものすごい速さで通り抜けていったそれは、そのまま怪物の顔面に突き刺さり、形を変えて縦に切り裂いた。

「良く頑張ったな」

誰かの手が頭の上に乗せられて、くしゃりと一撫でし、離れていく。
守るように私の前に現れた、漆黒の袴に身を包んだその人の背中。

スキンヘッドの頭が振り返る。

「魂魄の状態でそこまで走れりゃ上出来だ」

そう言って、赤い化粧の入った目元を好戦的に細めて笑った。
余裕のある笑みに安心感がどっと押し寄せ、涙が込み上げてきた。
泣いてしまいそうだった。

この瞬間から、彼は私のヒーローだった。


 ◇


ドォン、と地に響くような音で目が覚めた。

随分と懐かしい夢を見ていた。
どうやら机に積み上げた書類の山を枕にして、居眠りをしていたらしかった。

「いかん」
いくら修行に明暮れているからとはいえ、今は職務中である。
「みょうじさん!」とタイミング良く駆け込んで来た後輩に、「はい、寝てません!」と反射的に返す。

「第一治療室に涅隊長が…!今、卯ノ花隊長も虎徹勇音副隊長も不在で…どうしたら」
「第一?第一って今、確か、」

今、確か。
そこで療養にあたっている人物を思い出し、なまえは瞬歩で駆け出した。

詰所のほぼ端から端まで駆け抜けて飛び込んだ先に「十二」を背負った白い羽織が見えた。
彼の人が横たわっているであろう寝台に向かって指先が伸ばされ、光る。

私はハッフルパフの女。
正しく忠実で、忍耐強く真実で、苦労を苦労と思わない。
あの時守ってくれた、この世界に送り出してくれた人の背中だけを追ってここまで来た。生前の後悔を覚えているからこそ、がむしゃらに走ってきた。
今が果たされる時だと本能が告げている。

両手をかざす。

「縛道の八十一『断空』」

なまえの作り出した壁が、斑目に向かって放たれた涅の破道を完全に断ち切る。

「八十番台の詠唱破棄…」
涅がゆったりと振り返り、両の目がなまえの姿をひたと捉える。

「…所内での準戦闘行為は禁止です。涅隊長、御退室願います」
「お前、平隊員に許された力じゃあないネ」

二撃目はきっと防げない。
一撃目を防げたのは、あくまで涅が放った破道が一桁程度の下位であったからに過ぎない。

「御退室、願います」
それでも絶対に退けない。

その意思が伝わったのだろう。
「良かろう」
涅の手がゆっくりと上がり、そして、

「驚いたな。てめえはいつの間に他隊の奴を裁けるほど偉くなったんだ?」

「…更木…!」
斑目の隊長、十一番隊隊長、更木剣八の登場に涅の顔が歪む。
忌々しい。そう表情に出たままではあったものの、流石に判断が早い。
「…隊長殿が来たんじゃあ仕方ない…」
私はひとまず退散するとするよ、と涅が退室してゆく。
擦れ違う瞬間に猛烈な霊圧がなまえを襲うが、可能な限り平気なふりをしてやり過ごした。

やがて涅の気配が去ってゆくとなまえはその場にへなへなと座り込んでしまう。

「おい!大丈夫か、嬢ちゃん」
久しぶりに耳にする声は、夢の中で聞いたものとまるで一緒だった。

「腰…抜けちゃった…」

「あれだけ啖呵切っといてなんだそりゃ」
助かった、ありがとな、と斑目が笑うので、なまえはなんだか泣いてしまいそうだった。

この人がなまえのヒーローだった。


Ash.