「眠れないの」
「待ってな」
絡繰越しに聞いたカカシの声は四文字分。蓄光の壁掛け時計はあれから三十分弱進んでいる。交わした言葉があまりに素っ気なかったから、なまえはあの言葉が現実だったのか幻聴だったのか分からなくなりはじめていた。
手をのばせば届くところに携帯があった(はずだ)けれども、腕はびくとも動こうとしない。ばかだなあ。抱えた膝の上に顎を乗せて、考える。たぶんどちらであってもなまえはこのままじっと朝日を待って、そうしたらまたひとりでにしっかり活動する肺を不思議に思いながらコンクリートの熱も感じずに生きるのだ。つくづく、ばかだ。
「…なんで起きてるのに電気点けてないの」
静かに入室したカカシは呆れたようにそう言った。
「だめ、点けないで」
壁のスイッチへと向いていたカカシの気配が停止する。それからゆっくりとまた気配が動いてぱちりと音が鳴った。チカチカッ。明るくなった室内には、抜け出たままのかたちを保っている毛布、さっき中身を飲み干したペットボトル、そしてなんとも言えない「普通」の表情をしたカカシ。
「ちゃんと生きてるね?」
「生きてる。べつに、元気」
「それじゃあまあ、良いんじゃない」
カカシの言葉は黄沙のようだ。細かく細かい粒がさぁぁと流れていくのをじっと聞いたままでいると、そのうち動けなくなっていることに気づく。動けなくなったのは自業自得。黄沙はただ重力に身を任せ、心まで砕かれぬように在るだけなのだから。
「寝なさいよ。付いててやるから」
追い立てられるように、なまえは毛布にもぐった。カカシは慣れたようにバスタオルを持ってきて、点けたばかりの電気を消した。暗い中でも全部を見通してるみたいにすいすい歩いて、なまえが横たわる寝台を背もたれにして腰を下ろす。
カカシの傍は安心する。たぶん気のせいだ。カカシの銀髪は暗い室内でも細い光を集めるように彼のかたちをかすかに表していた。とても、触れられるものではなかった。寂しがりな両手がどこにもいかないように、なまえは冷たい毛布をしっかりと握りしめた。これがカカシの手であったなら。浮かんだ青い考えは胸の底に沈める。長い時間をかけて明滅するように繰り返しているこれは気の迷いだ。そうでなければあまりにも酷だった。こんな人間に好かれるカカシも、そしてなまえ自身も。
やはり、つくづくばかなのです。また反芻してなまえは目を閉じた。この世はどこまでも地続きで、この部屋の外のどこを探してもふたりの世界などありはしない。だからなまえはただ立ち止まり、夜の黄沙に喉を埋められる日を待っている。
Ash.