「、あめ」
バレー特集。なんてでかでかと書かれていた薄い雑誌を置いて、慣れ親しんだソファに体を預ける。1人にしちゃ少し広々とした部屋のなかには俺しかいなくただ、淡々と時計の機械音だけが響いていた。
春らしくなってきた気候で雨が降るのは何日かぶりのこと。なまえさんは傘を持っていったのだろうか。ふと、歳上なのにそれを微塵も感じさせないような抜けている彼女の姿がぼんやりと浮かぶ。
それと同時に高い音で家のチャイムが部屋の静けさを吹き飛ばしていった。
「あ、赤葦」
「……」
急いで玄関のドアを開ければ、案の定ずぶ濡れになったなまえさんが立っていた。「いやー、傘も鍵も忘れちゃってさ。」とへらりと笑うこの人にはもうため息すら出ては来なかった。濡れたまま部屋に上がろうとするなまえさんを制して「バスタオル持ってきますから」と呆れたように言えばそれを汲み取ったのかまゆを下げながら「ありがとね」と悲しそうに笑うので結局俺は許してしまうしかないのだ。
▽ ▽ ▽
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「別に今さら構いませんけど」
ぱたぱたとスリッパの音を響かせながらリビングに入ってきたなまえさんは風呂上がり特有の香りをたらしながら謝罪を口にする。それに皮肉めいた言葉で返せば「冷たいなー」なんて思ってもいなそうなことを本気な表現をするものだからたちが悪い。
「…なまえさん」
ここ、とソファに空いた1人分のスペースをぽんぽんと叩けば嬉しそうに隣に腰かけた。ぴっちりとしたスーツから着替えゆったりとした服を身につけた背中にはまだ水が滴り、染みを作っていった。
「ドライヤーくらいやってくださいよ」
「だって、赤葦がやってくれるじゃん」
当然のことのように言い切った彼女に、ああ、こんな人だったと納得してしまう。
俺に背を向けた髪に手で触れるとふわりとシャンプーの香りが鼻を擦る。持ってきたドライヤーで髪を乾かしていけば、なまえさんはうつらうつらと眠そうに頭を揺らしていた。
「ちょっと、寝ないでください」
「んー、でもー」
間延びした口調で目を擦るなまえさんは本当に歳上なのかと疑いたくなるようなほど、子供のような顔をしていた。「もう少しで終わりますから」と言えばうんと、小さく呟きこくりと頷いた。
「…どうぞ」
「んーありがと」
まだ、唸りながらも返事をするなまえさんを後ろから強く引く。「うわっ、」なんて驚いた声を出しながらも急なことで抵抗なんて出来ない歳上の彼女に対する優越感はいつにたっても慣れないものだった。
「…あか、あし」
語尾を上げたことから、なまえさんが少し戸惑っているのが感じられる。どうしたの、と余裕を保つように一息ついて発せられた言葉を無視しながら肩に顔を埋める。ドライヤーの風に当たりながらも、やっぱりシャンプーの香りは抜けていなかった。
「大事な時期なんですから、無茶しないでください。」
簡潔にそう告げればなんのことか察したらしく素直にごめんね、と呟いた。そのまま彼女の首筋を唇で辿っていけばびくっと方を揺らす。そっと目を上へ向ければほんのりと赤い耳が視界にうつる。そのひとつひとつに胸が痛いほど締め付けられる感覚を覚えた。
外からの雨の音はもう聞こえずに、耳に入ってきたのはどくどくと鳴る心臓の音だけ。それを聞きながら顔も耳も赤に染めた彼女が噛んだ唇に指を滑らしていった。
Ash.