中学を卒業すると急に大人びた気持ちになるのは、ずっと高校生に憧れていたからかもしれない。それは親戚に歳の離れたお姉さんが多かったのが理由だろう。わたしが小学生の頃、彼女たちは可愛い制服を着こなして、バイトに勤しんだりマネージャーに勤めたりとそれぞれ楽しそうに高校生活を送っていた。だからわたしも高校生になったら華やかな高校生活を送ってやるのだと幼心に決めていた。
卒業式を終えると前々から予約していた美容院に行った。何事もまずは形から。今年流行っているアッシュのカラーを雑誌から選んだ。思っていたより明るく染まったけれど、こっちの方が高校生らしいかもしれない。美容師さんが最後にゆるく髪を巻いてくれると、ぐっと大人に近づいた気がする。
それから最後の決め手にと、親戚の家に行って今年成人を迎えたお姉さんにピアスをあけてもらった。怖いと思っていたピアッサーは、終わってみると耳の痛みが妙な快感に変わった。
あとは制服さえ着れば完璧な高校生。そんな自信を抱えながら家路につく。桜の咲く頃が待ち遠しくて、今からそわそわしてしまいそう。
ふと家に帰る前に幼なじみの家へ行こうと思いついた。堅治くんは二つ歳上で今度高校3年になる。わたしが進学予定の高校は堅治くんと同じ伊達工業高校だった。
「堅治くーん!」
「お、え?なまえ?」
忙しく表情を変えながら堅治くんは目を丸くした。きっとわたしの変わり様に驚いているに違いない。いつもわたしをお子様扱いする堅治くんを見返せた気がして、なんだか誇らしい気分だ。
部活の帰りらしい堅治くんに招かれて二口家の門をくぐるとおばさんが熱烈に歓迎してくれた。共働きの両親に代わってご飯を食べさせてくれたり送り迎えしてくれたりと、おばさんはわたしのもう一人のお母さんみたいな存在だ。後で飲み物持ってい行くわねと言ったおばさんは、やはりわたしの変わり様に驚いていた。
「おまえ急すぎるだろ」
堅治くんの部屋は相変わらずバレーの道具だけきっちりしていて勉強道具は散らかったままだ。散乱されたノートや教科書を避けて歩きながら軽口を叩くと、うるさいと返された。
それより急とは何のことだろう。メールもせずに突然訪ねたこと?でもそれは小さい頃からのお決まりだったし、堅治くんはそんなことにいちいちつっこんだりしない。ぽかんと見上げていると堅治くんはため息を吐いた。
「これだよ、コレ」
鍛えられた長い腕が伸びてきて、優しく髪に触れた。不意に跳ねた心臓に焦りを感じる。今にも爆発してしまいそうなくらいに心拍数が上がっていく。堅治くんは弄んでいた髪を離し、耳へと触れた。まだジンとした痛みが残る左耳は、それ以外の理由で熱を帯び始める。
「け、堅治くん…?」
「痛かったろ」
「う、ん。ちょっとだけ」
まともに堅治くんの顔を見られなくて俯く。どうして堅治くんが切なそうな表情になるのか検討もつかなかった。わたしはずっと堅治くんが好きで、もちろん恋愛的な意味で大好きで。二つ開いた歳の差は簡単に埋まってはくれないけど、見た目だけでも大人に近づけば褒めてくれると思っていた。同じ高校に行けば幼なじみも脱出できるかもしれない。そんなことを考えていたわたしは馬鹿だったのだろうか。
「…遠くなっちゃうじゃんか」
「え?」
「お子様は知らなくてよし!」
きれいに整えられた髪をくしゃくしゃに撫で回される。なんだ。結局わたしはお子様のままか。どれだけ頑張ったって、堅治くんにとってわたしは妹の位置付けから変わることはないんだろうな。
急に自分の姿が滑稽に思えてきて、期待していたものがすべて崩れた気がした。待ち遠しかった春が消えたみたいだ。
「そんなに…似合ってない?」
「…馬子にも衣装ってヤツ?」
「もういい」
「…それよりさぁなまえ、」
不自然に間延びした声が部屋に響く。
たった今おばさんが持ってきてくれた緑茶と桜餅をさっそく食べようとしたところで、口元で停止させた。なぁに?と返した声はいじけたみたいに捻くれていて、我ながら子供だなと思う。
「4月から一緒に行く?」
「ん?どこに?」
「ばか!学校だよ!」
急に大きな声を上げた堅治くんはなぜだか赤くなっていた。桜餅の代わりに彼の言葉を呑み込むこと、数秒…
「行く!わたし堅治くんと学校行く!」
思わずテーブルから身を乗り出す。その衝撃でマグカップが倒れた。もう中身は飲み終わっていたから大惨事になることはなかったけれど、堅治くんには盛大に呆れられてしまった。
「…ごめんなさい」
「いいって。やっぱなまえには俺がついてないとなー」
マグカップを元に戻しながらそうやって意地悪く笑う。こんなんじゃお子様呼ばわりされても仕方ない。作戦を変更して高校生になったら本物の大人のオンナになろう。そんな決意をしながら、もう堅治くんの隣にいられるならなんだっていいやと思った。
夜ご飯の時間が近づいてきたのでお暇することにした。「遅いから送ってく」と言った堅治くんの前で大きく喜んで見せると、なぜだか彼も嬉しそうに見えた。それが気のせいじゃないといいな。なんて思いながら、ふたりで星空の下を歩く。
変わっていくもの、変わらないもの。変わってはいけないもの、変わらなくちゃいけないもの。色々なものがひしめくこの世界でわたしたちがどれに当てはまるのかわからないけれど、今は、今だけは、この麗らかな春の中に流されていたい。きっと小さなこの瞬間が未来に繋がっていくことに期待して。
Ash.