油蝉の合唱が頭のなかで暴れまわる。襖は全開なのに風はなく、部屋の景色が歪んで見えるほど暑かった。
湿気った畳が自分の汗で余計に濡れ、扇子であおぐと熱風が起こった。動けば動くだけじりじり汗がふきでるので、私はなるべく動かずに寝転がったまま蝉の声に耳を傾ける。

「バレーボールしないか?」
襖の向こう、白く光る外の世界から突然汗だくの小平太が現れた。私は目だけ動かし、ぼうっとした頭のなかで彼の言葉を繰り返す。この人はいつも頭がおかしいけれど、さすがは小平太、いかれた脳みそは暑さにも負けないらしい。
「他の人とやってよ」
「だってみんな断ってくるから」
「…委員会の後輩なら」
「あいつらは熱中症で保健室だ」
可哀想に、と体育委員会の後輩へ憐れみの情を抱きつつ、小平太を見る。彼は私が動かないのを見て諦めたようだった。
「仕方ないな。そんなにだらけていては体力が落ちるぞ」
「うるさい。小平太は蝉よりうるさい」
「そうか」
そうして小平太はまた新しくバレーボールの相手を探しにいくと思いきや、ずかずかと私の部屋に入ってきて腰を下ろした。
ただでもむんむんとした空気が余計にむさ苦しくなる。
「…他の人のところに行かないの?」
「もうバレーは諦めた」
「…でもここにいる意味はなくない?」
「私がお前といたいから」
「あっはい、そうですか…」
私は相変わらず指一本動かさずに寝転がっていた。少ししてから、なんとなく気配で小平太も寝転がったことがわかった。部屋は依然として蒸し暑かった。しばらく二人で蝉の声を聞いた。

この無言の雰囲気が、私は何よりも好きだ。小平太はところ構わず騒ぐ人だけど、たまにこうやって世界に浸る面がある。空間を切り取って時間が止まったその場所は、私と小平太にしかつくれない。
もう六年間、たくさんの時を積み上げてきたけれど、この学園で一番好きな時間は授業でもご飯でもなく、二人だけでいる時だ。

「知ってるか」
小平太が急にしゃべった。私は短く返した。
「なにを?」
「夏、今年で最後だってこと」
ふっと突然、ひぐらしが鳴いた。
少しびっくりして薄目で外を見ると、いつの間にか、空は橙に染まっている。さっきまであんなに青かったのに…。
心なしか心臓が痛くなって、夏特有の感覚が私を襲った。
「…知ってるよ」
またも短い言葉で返した。けれどあんまりひぐらしの鳴き声が胸を刺すので、私は無理やり喋り続けた。
「だから、なんか…夏…終わってほしくないなぁ…」
無言の世界で時は止まる。でも本当はわかっていた。世界は刻一刻と明日に向かって進んでいるんだ。
だからもっと一分一秒を噛み締めなければならない。でもそれはそれで受け入れ難い。
「暑いのいやだけど、だからって、冬も来てほしくないし…それに、春なんて、もっと、ずっと…」
二人が二人でなくなる日はもうすぐそこまで迫っていた。それを認めたくなくて、言葉がのどを通らない。声を出したら、がらにもない無様な醜態を晒してしまう気がする。
「…そうだな」
小平太が呟くように言葉をこぼした。また二人は無言になった。蝉はずっと鳴き続けた。
ひぐらしなんて嫌いだ。沈む夕日も嫌いだ。どうして蝉は十日で死ぬんだろう。どうして太陽は眠るんだろう。
どうして、明日は来るんだろう。

あっという間に闇が落ちた。
食堂に二人並んで腰かけ、死ぬほど美味しい焼き魚を頬張る。
苦手な野菜を小平太の皿に移しながら私は呟いた。
「ねえ小平太」
「なんだ?」
小平太は野菜も魚も白米も際限なく口に頬張ってもごもごしながら返事をした。
「好きだよ」
「知ってる」
もうひぐらしも寝静まり、ひたすら湿った夜の風だけが鳴いている。
「私も好きだからな」
「うん。知ってた」
満点の星はざくろみたいに鮮やかだった。
こんな底抜けに尊い夜も、あっという間に明けてしまうのだ。
だからせめて、この気持ちをいつまでも忘れないでいられますように。
私は汗をぬぐいながら、ひとり静かに星に願った。

Ash.