迅は、わたしのことをこどもだと言う。たった2、3年早く生まれただけじゃん。そう言い返したら、そういうところが子どもなんだよとまた笑われた。
赤いのれんを潜るとすぐに、威勢のいい「いらっしゃい」と、むわっとした熱気に包まれた。週末のお昼、迅とここを訪れるのはすっかり定番になった。店内をぐるりと見渡してみる。客は数人いるが、ほかの店より賑わっているわけでもない。
空気中にとけた油が肌に触れる、ここに来ると、皮膚が少しだけ重くなる気がする。しかしわたしはこの、脂っこい匂いで体中が満たされる瞬間には、いつも落ち着くのだった。それはたぶん、迅がよくここに連れてきてくれるからで。たまにはお洒落なフレンチでも食べに行きたいとも思うけれど、聞かれると迷わずラーメン屋に行きたいと言ってしまう。そもそも、よく考えたら迅とフレンチなんて笑える話だ。それは今日も今日とて変わりはなく、目の前には湯気をたてるラーメン、醤油味が置かれていた。食欲をそそる匂いが、食べられるのを今かいまかと待っている。お望み通り、美味しく頂いてあげよう。親指と人指し指の間に箸を挟んで、迅とふたり、向き合って手を合わせる。
「「いただきます」」
ずるずるずる。音を立ててゆっくりと麺を咀嚼していく。なんとなく迅を盗み見ると、ちょうど流れるように迅の口の中にラーメンが消えていった。食事中の迅との会話はないに等しい。けれど、その緊張感のなさがいい。
不意に顔を上げた迅と目が合う。しまったと思ったときにはすでに遅く、逸らすのにも不自然だった。しばらく間を開けたあとに迅はびしりとわたしの頬のあたりを指さす。
「ネギついてるぞ」
「えっ、どこに」
慌てて自分の口の周りに触れてみるが、それらしいものはない。
違う、もっと右。いきすぎ、もうちょい下。…とれた?仕方ないなあ、じっとしてろよ。
不毛なやり取りに痺れを切らしたのか、迅の大きな手が伸びてきて、指で軽くわたしの頬を弾いた。
「ん、とれた」
迅は満足そうに笑って、再び目の前の誘惑に浸るために箸を持った。お決まりのように零れ出そうになった、「またこどもって思ったでしょ」。しかし、尖らせた唇は香ってくる醤油の香りに宥められる。早く食べないとラーメンが冷める。いまはこっちが最優先だ。
黙々と麺を啜り続けて数十分、丼ぶりいっぱいにあった麺はなくなりつつあった。これをお腹に入れて基地に帰ったら、防衛任務が待っている。少しだけ任務を億劫に思いながら顔を上げると、目の前の迅はすでに箸を置いてこちらをじっと見つめていた。
「…お前が大人びてると余裕なくなるんだよ」
「……ん?いま何て言った?」
「なまえちゃんはほんとーにこどもだなって言ったの」
「なっ!こどもって言うな!」
「はいはい。ごちそうさまは?」
「…ごちそうさまでした」
「よくできましたー」
軽く身を乗り出した迅は犬を撫でるみたいにわたしを撫でる。大人しく撫でられるわたしもわたしだ。こうされると抵抗する気がいっきに萎えてしまう。「帰るぞ」と迅が笑った。この時だけは、少しだけ、ほんの少しだけ、こどもでもいいやと思ってしまうのだ。だからつまり、何が言いたいかっていうと。わたしのことを、こどもだとからかう迅がたまらなくいとおしいのだ。
Ash.