ペナントが開幕してからあっという間に1週間。練習場にやって来たテレビの取材も春らしく、新人レポーターが選手たちにインタビューしてまわっているようだった。

「微笑さん見ました?あの子、マジで美人っすよ」
わざわざ練習をほうりだして、駆け寄ってきたのは数年後輩。大概ミーハーな奴だから、「女子アナなんてのはみんな可愛いの」なんて適当にあしらっていたのだ。だけど、その子がこちらにやってきたとき、びっくりして声が出なくなった。
「はっ初めまして、今年からこちらのチームを担当することになりましたみょうじなまえです」
おれのよく知った名前だった。ほんとに。初めましてどころじゃあない、なまえちゃんと初めて会ったのはまだ彼女が高校生の時、もう何年前になるだろう。彼女はうちのチームのコーチの娘で、それで知り合ったんだ。自分だって元プロの娘のくせに、おれを前にしてがちがちに緊張したり、とにかくいろいろな意味で妹みたいに可愛くて、よく一緒に遊んでた。おれとなまえちゃんがっていうより、おれとコーチ一家でって感じだったけど。
とにかくどこまでも健全な話だったわけで、でもこの子大人になったらめちゃくちゃ化けるだろうななんて下心を抱かなかったとは、正直言えない、わけで。

そんなささやかな関係も、コーチの異動とともに自然消滅になっていたから、おれはなまえちゃんのその後も全然知らなくて、でも目の前には、おれの下世話な妄想なんて軽くこえていくようなとびきりの美人が立っていて、とにかく頭がついていかなかった。

「あっおれも新人っす!奇遇だなあお揃いじゃないすか」
「はいはい、おまえそれしかないもんな。去年もやっただろ」
ふざけてはいたけど後輩の方がよっぽどまともに場を和ませて、おれもその流れにのることにする。
「もう。からかわないでくださいね、本当に精いっぱいなんですから。全部本気にしちゃうかも」

そう言っていたずらっぽく笑った彼女には昔の面影はあんまりない。
そうか、おれと話すだけで精いっぱいだった、引っ込み思案の高校生はもう、どこにもいないというわけか。
そう思い知ったら、おれの目の前でにこにこ笑ってる女の子が、どうしようもなく魅力的に見えた。
まあ、うん、そう。乱暴な言い方すれば。おれのものに、したくなったんだ。

インタビューが終わった後、おれも練習が終わってロビーに引き上げる。そうしたらなまえちゃんが1人で座っていた。
「やあ、おつかれ」
「微笑さん!」
なまえちゃんは手帳に何かを書いていて、おれが隣に座るとそれを素早くカバンにしまった。
「何書いてたのさ」
「微笑さんには、内緒」
「あーあ、大人になっちゃって。ほんとびっくりしたよ」
「ふふ、微笑さんびっくりするだろうなって思って。楽しみにしてたたんです」
素敵な笑顔にどきりとしたのもつかの間、なまえちゃんは時計に目を落とす。「もうこんな時間……行かなくちゃ」
「なあー」
「?」
立ち上がって行こうとする背中に向かって声をかける、彼女を迎えに来たらしいスタッフ達はまだ遠い。
他のやつに聞かれる前に、伝えたいんだ。
「おれも、なまえちゃんに会えて超嬉しい。なまえちゃんにまた会いたい」
呆れるぐらい直球の言葉を、でも、振り向いた彼女は柔らかい笑顔で受け止めた、と思う。
そうして首をかしげて、「約束ですか、それ」なんて聞くのだ。
「覚えてますか?微笑さんって、私との約束絶対守ってくれたんですよ」
じっと見つめられて身動きがとれなくなる。分かってやってるな。ちくしょう、効果てきめんだ。「……もちろん、約束さ」それだけ言うのが精いっぱいだったぐらいに。
ああ困ったな、まるで大人みたいにおれを翻弄して、きみ、おれをどうしたいの。

スタッフ達が名前を呼ぶ声で、なまえちゃんはぺこりとおれに頭を下げた。最初から何事もなかったみたいに。
「それじゃあ、微笑さん!またよろしくお願いしまーす!」
スタッフ達を引きつれて去っていく彼女の背中を、強い風がまるで後押しするみたいに吹いていた。
春さえも味方につけて、彼女にどうにかされる前に、どうにかしておれも彼女を手に入れたいんだ。

Ash.