風船が二つ。
はちきれんばかりの空気をため込み、これでもかというほど怒りを訴えている。
ご機嫌に笑っていたと思えば、瞬く間にご機嫌が急降下する。
子どもというのはどうしてこうも扱いが難しいのか。
……いや、実際には一つしか変わらないけど、桃李君は高校一年生にしてはずいぶん可愛らしい部類に入ると思う。
「……桃李君?」
作業の手を止めて、どうしたのと首を傾げてみるもぷううっと頬が膨らむだけ。
……まだ膨らむのか。
いっそどこまで膨らむのか見て見たいとも思ったけど、これ以上こじらすと後が怖い。
桃李君へと向き直って笑いかければ、瞬く間に頬から空気が抜けて行った。
……唇は相変わらず尖っていたけど、それはそれ。
一応話してくれる気になったのだろうと首をかしげて見せると、恨めしげな視線を向けられてしまう。
本当に、何したんだわたし。
「えーっと?」
「……おまえはボクの奴隷なんだぞ!」
ああ、うん。よく言われる奴ですね。けどそれと今のふくれっ面なんの関係が……
「だから、いっつもボクを優先してくれなきゃ駄目なんだから!」
続けられた言葉に思わず頭を撫でてしまったのは、ほら、うん。しょうがないと思います。
「ごめんね。寂しかったの?」
「今更ご機嫌取りしたって遅いんだから……ううう撫でるなぁー!」
ぽふぽふと頭に触れていた手を取られ、ぎゅっと睨みつけられる。
ええー。何時もは喜んで撫でられてくれるんだけどなぁ。
どういう心境の変化だろう、なんて困惑を浮かべるわたしから目を逸らしながら、独り言のように小さな声で桃李君が呟く。
「ボクだって……」
「え?」
「ボクだってちゃんと男なんだから!」
ああうん。知ってる、よ?
お姫様だけど坊ちゃまだし、可愛い顔してるけどちゃんと男子の制服着てるもんね。
え、ちがう?
何を当たり前のことを、と首をかしげるわたしに、桃李君は分かってないとまた頬を膨らませた。
「なまえはもうちょっとボクの事男扱いしてくれなきゃ駄目なの!」
「えー……充分してると思うけどなぁ」
少なくとも、女の子扱いはしてないつもりだけど。
眉を顰めれば恨めしげな視線を向けられた。う。納得の言ってない顔。
「じゃあなまえは弓弦の頭、撫でる?」
……あ、いや撫でませんね。
口ごもるわたしに、ほら見ろと唇を尖らせた桃李君は……その瞬間、何か思いついたみたいにくるりと表情を変えた。
何処までも可愛い笑顔と、上目使い。
う。嫌な予感がする。
「ねえ、なまえ」
「う、うん?」
「やっぱりいいや。ボクの事、うーんと子ども扱いして?」
……うん?
さっきと言ってる事180度変わったよ?え、なにこの一瞬で何が起きたの?
ハテナマークを飛ばす事しか出来ないわたしに、桃李君はなおも続ける。
「ねえなまえ?ボクをご機嫌斜めにした事、悪いと思ってる?」
「え、あ、うん。それはまあ……」
なんだろう。
聞いちゃいけない気がする。でも、聞かないなんて選択肢は与えられてない気もする。
何この八方塞がり。
逃げ腰なわたしの心情を察したのか、きゅっと制服の裾を握りしめながら桃李君は首をかしげて見せた。
「じゃあ、お詫びにちゅってして?」
ご丁寧に自分の唇を指さしながら浮かべられる、花が咲いたような微笑み。
……さすが、自分の魅せ方をわかっていらっしゃる。
でもいまそれどころじゃないね。何で急にそうなったの……!?
「いや、あの……桃李君それは」
「どうして?だってなまえ、ボクのこと子供だと思ってるんでしょ?」
ならば恥ずかしがる必要はないだろうと、桃李君は言うのだ。
いや、それなんか違う……!わたし日本人だからキスは挨拶に含まれません。
わたわたするわたしに桃李君は満足げな顔をみせ、そして――
「しょーがないなぁ。じゃあ、ボクがお手本みせてあげるね」
嫌に大人ぶった顔が目前に迫る。
思わず目を瞑った直後、唇に触れた熱にくらくらした。
さようなら無実のわたし
ああ。子ども扱いは罪ですか。
できれば先に教えてほしかったです……。
Ash.