立派な大理石の柱はその家主の財力を誇示するかの様に荘厳さを孕む。しかし会場にいる誰よりも美麗な容姿を持ったその女は気後れする事もなく堂々とそれに寄りかかっていた。
大御所俳優や受賞作家に政治家の息子、様々な男が彼女に話しかけ気を持たそうと試みたものの悉く玉砕していた。
「おやおやなまえくん」
「…ああ、ガードナーさん」
主賓である小ぶとりした男に声を掛けられなまえは笑顔で背筋を正し、この度はおめでとうございますと告げる。
「君まで来てくれてどうもありがとうね」
「とんでもないです、お嬢様のお誕生会ですから…参加できて光栄です」
マニュアル通りの文句を口にすれば目の前の男は満足気に笑った。
ライブラに巨額の投資をしているこの男は美しいものが好きらしく、ライブラのリーダーであるクラウス以外にも容姿が抜きん出ている二人も招待されていた。
「それにしても君は本当に美しい女性だね」
上品でつい見とれてしまうよとなまえを爪先から頭の天辺まで見上げた男になまえはなお、微笑みを返す。
「そのドレスも良く似合ってる」
「ありがとうございます」
「私の娘にも見習ってほしいものだね…少し話してやってくれないか?さっきから男に話しかけらればかりで」
「勿論です」
なまえに振られた男は皆本日の主役であるガードナー嬢に話しかけに行っているのを彼女は知っていた。
「エミリア、ちょっと来なさい」
「はいお父さま」
「こちらはライブラの幹部のなまえさんだ」
「幹部だなんてそんなじゃありませんわ」
エミリアはなまえの想像よりずっと幼気で少女臭さの抜けない印象だった。じゃあよろしくと二人で残されなまえはエミリアに微笑みかける。
「お誕生日おめでとうございます」
「あ…ありがとうございます…」
こんな初心な女の子と話していられるほど自分は器用じゃないのだが。どうせなら私なんかじゃなく、さっきから女性を侍らせている美しい男に任せればいいものを…こういう類は彼の専売特許だ。
「あの、なまえ…さん?」
「同い年ですから呼び捨てで結構ですよ」
「あ…私もそれでお願いします」
「本当?ありがとう」
「お父さまが言ってたの…今日のパーティーにはライブラっていう世界を守ってる秘密結社の強くて綺麗な人達が来るって…」
「あー…」
あのおっさんは秘密結社の意味を理解出来ているのかと気付かれない程度のため息をついてなまえは笑う。
「そんな大したものじゃないよ」
「その、実は私一度なまえに命を救われた事があって…」
「…ん?」
「一年くらい前なんだけど…異界人が暴れてる時に飛んできた車を貴女が一瞬で炭にしてくれたの…どんな魔法かと思ったわ!」
目をキラキラさせて私を見上げる彼女に苦笑いしか出来ない。なまえはライブラの戦闘員であり、異界人の暴走だなんて日常茶飯事だ。エミリアにとって特別な思い出出会ったとしてもなまえはすっかり忘れているわけで。
「助けられて良かったです」
「それ以来、お父さまはなまえさんの容姿と強さを気に入って投資してるらしくて…」
「ほぉ」
つい気の抜けた声が出てしまってことを咳払いで誤魔化す。あの男はなまえの顔だけで数億の投資をしているとギルベルトさんが言っていたのはあながち嘘じゃないらしい。
「私達もお父様には大いに助けられてるよ」
「…お父さまはお金しかないから」
「そんなこと言ったらダメだよー」
まあこんなに豪華な式と豪華なドレスを毎年与えられてるんじゃそうなっても可笑しくないかとなまえは思う。正直彼女が着ているドレスはあまりに大人びていて彼女がドレスに着られている様に写ってしまう。
「それで、話をしてって言われたんだけど…どうかしたの?」
「うん…私早く結婚しなさいって言われてて…」
「え?まだ24でしょ?」
自分の知る24歳は、と考えて浮かんだのが同期の褐色でなまえは頭を振る。あの男はあまりにモラルが無さすぎる。
「そうなの…それに私なまえみたいに大人びてないでしょう?たまに10代に思われる事もあるし…」
「ふふ、それいいね」
「良くないのよ!」
口調が砕けてきているがエミリアは何を言う様子もない。気を抜いていいだろうと思ったなまえはそのまま会話を繋げた。
「無理して大人びる必要もないんじゃない?」
「でも…なまえはどうしてそんなに素敵なの?」
「えー?素敵かな…大人びてるとも思わないけど…」
「素敵よ!容姿が整ってるのもあると思うけど、色気があるっていうか…クールっていうか…そういうオーラがあるの」
「…オーラ」
なまえはふぅんと鼻を鳴らし、そうだろうかと首を傾げる。自分は別に胸があるわけでも口元にホクロがあるわけでもなければ化粧を濃くしているわけでもないのだが。
「…多分」
「たぶん?」
「あ、えーっと…」
毎日死と隣り合わせだから、と言おうとして口をつぐむ。箱入り娘に聞かせる話ではなかっただろう。どう取り繕おうかと目を右へ左へ動かしていると視界の端で捉えたものを見て口角を上げる。
「多分、年上のボーイフレンドがいるからかな」
「え?そうなの?」
「うん。結構年上の彼だし、女性経験も豊富だから影響受けてるのかも」
「影響…」
ぱちぱちと瞬きをしたエミリアは少し頬を赤らめる。
「ふふ、ちょっと年上な男性とアバンチュールなんていいんじゃない?」
「そうね…素敵だわ…!」
お父さまの言いなりは懲り懲りだったの、と呟いたエミリアに少しまずいことをしたかもしれないとなまえは爪先を見た。
「ねぇなまえ、貴女の彼はどんな人なの?」
「え…うーん…」
どんな人か、と聞かれたら表すのが難しい。
「同じライブラなの?」
「あー…えーっと…」
「年上ってどれくらい上なの?」
「え、エミリア…落ち着いて」
「あらごめんなさい」
さっきからソワソワとこっちを見る男が増えてきたのを不愉快に思いながらなまえはひとつひとつ丁寧に答えていく。
「年はもう30代で、ライブラだけどこれは秘密ね?どんな人って聞かれると…」
なまえは人ごみの中で背が高く見栄えする男を一瞬見て目を細めた。
「そうだなぁ…強くて弱い人かな」
「…強くて弱い?」
「うん。普段は強くてカッコいいんだけど、二人になると弱みも見せてくれる人。直ぐにストレスを溜め込んだりするから実は弱い人なの」
「へぇ…そんな人が弱みを見せてくれるなんて、なまえは愛されてるのね…」
「ふふ、どうかな?」
彼は女を惹きつける魅力をこれでもかというくらい持った男だ。自分が愛されているのかが分からなくなるときも多々あるが、もしかしたらその不安や寂しさが自分を大人びて見せているのかもしれない。
「このドレスも彼が?」
「…よく分かったね」
「だってそのシックブルー、すごく貴女に似合ってる」
もっと彼のこと聞かせて、とせがまれて私は仕方なく何が聞きたいのと返す。自分と同い年の少女達はこんなにも可愛らしく初心なものなのかと思うとなまえはどこかに劣等感を感じた。
「ファーストキスはいつ?」
「彼との?」
「ええ!」
「うーん…忘れちゃったなぁ」
「そんなに良くするの?」
「どうだろうね?」
「やだ、はぐらかさないでよ!」
クスクス笑いながら話すのが妙に楽しくて夢中になっていると視界に仕立てのいいブラックスーツが映った。
「随分盛り上がってるね」
ビュッフェの食べ物を綺麗に盛ったお皿とカクテルグラスを器用に片手に持った彼はエミリアにおめでとうございますと微笑みかける。
「なまえ、これ君が好きなもの持ってきたんだ」
「へぇ ありがとう」
こんな風にご機嫌取りなんてしなくても私は怒らないのに、と思いながらその二つを受け取る。
「!もしかしてなまえの彼って…」
「っ、ちょっとエミリア」
「何?僕の話?」
止めてよと言おうとしてそれをエミリアに遮られてしまう。
「年上で余裕な彼…やっぱりこの人のことなんでしょう?」
「そんな風に紹介してくれるなんて照れるな」
「違うのスティーブン、私はただ…」
弁解しようと彼を見ると腰を抱き寄せられてしまう。
「どんな話をしたのか、教えて欲しいな」
「…」
「きゃー、なまえってば彼かっこいいじゃない!」
「スティーブンちょっと離れて…」
「どうして?僕らは恋人同士なんだ。いいだろう?」
「そうよ!私はお友達を探してくるから二人でゆっくりしてて?」
また是非お話しましょうねと言い残して小走りで離れていったエミリアを遠い目で見送る。
「それで?どんな話をしてたの」
「特にどんな話もしてないよ。私が大人びてるって言われたから年上の彼がいるって話ただけ」
「そう…まあ彼女は確かに女性というより少女寄りだね」
「あんなにキラキラしてた時代なんて私には無かったよ」
お皿に乗ったマリネを食べてそう呟くとスティーブンが私を見る。
「…なまえ?」
「なに?」
「今の、どういう意味だい?」
「え…特に大きな意味はないけど」
なまえは十分キラキラしてるよと言われて別に気てないからと返せばスティーブンに手を引かれて柱の陰に連れて行かれる。
「どうしたのスティーブン…」
「君が女性として輝いていなければあんなに男は寄ってこないだろう」
「それは別に、っていうか本当にどうしたの?スティーブン」
なんか変だよと言うとスティーブンは苦しそうに顔を歪めて私を抱きしめた。皿とグラスを落としそうになってヒヤッとする。
「やっぱりこういう場に連れてくるべきじゃないな…」
「どうして?」
「…君の側をどうしても離れないといけないだろ?」
別にずっと一緒にいるわけじゃないじゃんという言葉は飲み込んだ。
「せめてもの足掻きでこんなドレスを贈ったけど…君を引き立ててしまって逆効果だし…」
「スティーブン、どうしたの…」
そのドレスの色はスティーブンさんの独占欲ですねとライブラを出る前にツェッドに言われたのを思い出した。
いつもは赤を着ている私にブルーを着せる事がどうして独占に繋がるのか、頭が追いつかない。
「君が他の男に話しかけられているのを見るたびに嫉妬に狂いそうだった」
「…スティーブンそんな、子供じゃないんだから」
「僕は子供さ」
「なに…」
「君を片時も離したくないってずっと思ってる…君が楽しそうに話してるとそれが女の子でも嫉妬するんだ」
馬鹿な男だって呆れるかい?と弱々しい声が耳元で揺れた。
「…私だってスティーブンが女の人と話してると嫌だけど、呆れる?」
「そんなわけないよ…嬉しい」
「私だって嬉しいよ」
そう言って微笑むとスティーブンは私を離してから壁に押し付ける。
「なまえ…このパーティーが終わったらうちに来れるよね?」
「スティーブンがいいなら」
「…今日、しつこいかもしれない」
そう呟いた唇は私のそれを塞ぐ。啄むように可愛らしいキスだと思いきや熱い舌が割って入ってきて口内を掻き回す。
「は…ン、ッ…スティーブン…待って…」
「そんな色っぽい顔…他の男に見せられないな」
「…貴方のその顔だって、他の女に見せられない。」
「っ…全く君は…」
私を見つめる熱い目に、溶かされるようにもう一度唇を重ねる。
「君は美しいよ、なまえ」
キスの合間のその言葉は既に忘れかけていた一瞬の劣等感を全て拭ってくれた気がした。
Ash.