こんな夢を見た。
とても見覚えのある着物を纏った、知らない女性に見つめられている。いや、知らないわけではない。私はこの人をよく知っている、気がする。あの男を彷彿させる銀色の髪の毛は、本人のものよりは癖が弱い。いつも無駄にさらけ出してはこちらをヒヤヒヤさせていた胸筋を女性の姿になっても惜しみ無く露出し、同じ女である私に劣等感を抱かせた。甘いものも好きらしい。生クリームたっぷりのパフェを美味しそうに頬張った後の表情は、私が知るなかで最も甘党の男と重なった。しかし、あの男が黙っていれば良い男であったように、自分を「銀子は〜」と呼ぶこの女性も黙っていれば可愛らしいのに、と残念に思った。口から出される言葉はやはり下劣なものばかりだった。黙ってれば可愛いのに、黙っていれば。夢なので、まぁ仕方がないことだけど。
そして、今日見た夢はこんなものだった。
桜色の、女物の着物に身を包んではいるけれど、体つきは正に男のものである。ピンクのアイシャドウで彩られた目は気だるげで、覇気は全く見受けられない。癖の強い銀色の髪の毛はツインテールにしている。こちらは「パー子」さんというらしい。「天パだから、パー子なんですか」と恐る恐る尋ねたら、不機嫌そうに、だけど女性らしくいつもより高い声で「そうよ」と答えた。パー子さんはかまっ娘倶楽部で臨時のヘルプとして働いているらしい。昨日の銀子さんは可愛らしい女の子だったけれど、パー子さんに見詰められるとちょっとぞっとしてしまう、そんな可愛さ(?)がある。だけどまあ、好きな人は、好きなのかもしれない。私はこれからも頑張って下さいとだけ言って、逃げるようにパー子さんのもとから離れた。
2日続けて、目が覚めると大量の汗をかいていた。あれは夢だ。昨日のも夢。あの男に姉妹が居るなんて聞いたことないし、女装の趣味があるなんてことも聞いたことはない。夢だ。夢であってほしい。銀子さんもパー子さんも、いやにシンクロ率が高かったけれど、あれは夢だから。夢だからと何度も自分に言い聞かせるけど、不安というか何というか、よく分からない感情がぐるぐる渦巻いていた。
*
その日の晩。私はかまっ娘倶楽部に出向いた。女は私ただ一人。お客から店員まで、もれなく全員男性で冗談にも居心地が良いとは言えなかった。…全員男性、だと思う。ステージ上で長い黒髪を振り回している踊り子に見覚えがあったけれど知らないふりをした。まさか、知り合いが二人も女装の趣味があってこんなお店で働いているとは夢にも思いたくない。パー子さんだけじゃなく、きっとあの踊り子さんも違う人だと信じてもう一度見てみれば、やはり別人ではない気がする。
案内された席に座り店内をきょろきょろと見渡したけれど、パー子さんらしき姿は見当たらない。やはりあれは私の悪い夢の産物で、あの男には女装の趣味なんてなかったのだ。私は安心して帰ろうと席を立つと、奥から誰かが出てきた。その人に、私は目を疑った。
居たのだ。確かにそこに。ピンクの着物を着て、ピンクのアイシャドウをひいて、ふわふわの髪をツインテールにした、今日見た夢と全く同じ格好をしたパー子さん、ではなく銀時が。銀時は隣を歩く他の店員に文句を言いながら私のテーブルの近くまでやってきた。
「ぱ、ぱ、パー子、さん………!」
「あー?…………なまえ?えっ、なまえっ!?なんでなまえ!?オイコラアゴ美!これどーいうことだ!!なんでなまえがここにいんの!?なんで!?」
*
「…つまり?てめえの夢に俺…っつーか、パー子が出て来て?この俺に?女装趣味があんじゃねェかと疑って?こんなところに来たっての?アホ?お前アホなの!アホだろ!このアホタレが!」
返す言葉もないとはこのことで、私は腕を組んで説教を垂れるパー子さん、もとい銀時の前に正座していた。完全に男の、銀時の声で叱られている。来たきっかけを話したら笑われるとは思っていたけれど、怒られるとは想定外だ。ちくしょう。
「女装趣味なんざあるわけねーだろ。やめてくんない?いくら心の広ーーい銀さんでも傷付くわ」
「じゃあ、どうしてこんなところで働いてるの?趣味じゃない女装をしてまで働かなきゃいけないほど貧困極めてるの?」
「貧、困…っ…そうだよ!こうでもしねーと生きていけねーの!うちには食べ盛りの子供が居るんです!お父さんは大変なんです!」
「そっ、そっか、大変だねお父さん…」
本当は、笑いを堪えるのに必死だった。こんな格好の人に怒られて笑うなと言うほうが無茶だ。本物のパー子さんに会えるなんて思ってもいなかった。夢の中のパー子さんは、あれは対お客用だったのかもしれないけれどもっと品が良くて女らしくて可愛かったのに。どうしてこんなに面白いんだろう。それはたぶん、私が男の銀時をよく知ってるからで、そのギャップが大きすぎるからだ。やばい、面白すぎ。とうとう耐えきれず吹き出してしまった。やばい、さらに怒った。でも仕方ないじゃん。
「…なに笑ってやがんだてめえ!お父さんじゃなくてお母さんでしょとでも思ってんじゃねーだろーな!」
「っえ、すっごい言い掛かりってか、うわっ、ぎゃー!!!」
両頬を男の力で挟まれ、ぶっちゅうううと派手な音を立てながら唇をくっつけてきた。ほんの一瞬なにをされているのか分からなかった。アゴ美さんがわざとらしく目を手で覆った。そんなんされると逆に恥ずかしいわ!私は銀時の肩を力一杯押し返し、後ずさった。
「ちょっ…と何すんの馬鹿!女がキスマークつけてるとか変でしょ!」
「うるせえ知るか黙れ」
「ひどい!」
「お前、俺の仕事が終わるまで待ってろよ。続きはその後だ」
「続きって!」
「説教に決まってんだろ馬鹿」
「なっ…」
口紅落ちちまったじゃねーかチクショウ、と親指の腹で唇を拭いながら言った。その動作にも笑ってしまいそうになる。ていうか笑ったら頭を叩かれた。
*
日付が変わる直前にお店は閉まった。私は銀時の仕事が終わるまで他のお客さんと絡んだりして、ここに来る前では考えられないくらいには楽しい時間を過ごすことが出来た。珍しく真面目に働いている銀時の姿も見れたし、サービスしてもらえたし。
重い足取りで店から出てきた銀時はいつもの着物で、化粧も落として、パー子さんの面影はない。覇気もない。いや元々ないけど。店の前で待っていた私の顔を見てぎょっとした。慌てて駆け寄ってきて、私の頬を着物の袖で擦った。
「っ…おま、なんで落としてねーんだよ!」
「んー、これ、初めて銀時から貰ったものだなあって思ったら、なーんか勿体なくなっちゃって?」
「………お前やっぱアホなんだな。こんなんが嬉しいとか、アホなんだな」
「オカマの格好をしてた人にだけは言われたくないですぅ」
「アホっつーか恥ずかしい奴だよ。女ひとりでこんなとこ来ちまうしよ」
「パー子さんに会いたくて。楽しかったよ」
「……なんなのお前…ほんとなんなの…怒る気失せたし……」
人が少ないことを良いことに、銀時はゆたゆたと歩いて私の肩に頭を乗せてきた。お母さん説教はー?、と背中を撫でつつ茶化すと、労いの言葉もないアンタに説く教えなんてないわ、と少し高い声で返ってきた。パー子さんの声だ。思いがけず鳥肌が立ってしまった。たぶん、もしかしたら、銀時は自分であり自分ではないパー子さんに嫉妬をしてるのかもしれない。いつになく弱々しい力で私の手を握ってきた。
「……お前の夢に出てこない俺、には会いたくねーってか」
「夢の中じゃなくてもいつでも会えるじゃん。ね、時々で良いからパー子さんに会わせてね。私がいちばんのお客になってあげる。あ、でも今度は銀子さんにも会いたいなぁ」
「夢ん中で会ってろよ、ばぁか」
夢の中でも現でも銀時に会えるなんて、そんな贅沢なことはないって意味なのに。だけど私は、銀時の拗ねたような声と、私の手を握る力が強まったことに心が満たされた気がした。これから夜はもっともっと深くなる。今日も、大好きな人の夢が見られますように。大好きな人の夢に、いつか私が現れますように。
Ash.