ジリジリと照りつける太陽が憎くてたまらない。砂漠がこんなに辛いものだと知っていたら、総長の指示だろうと断固拒否しただろう。ダアトから出られるというのに、シンクがあんな表情をしていた理由も分かった。叶うことならば二度と来たくない。
下船してからまだ一時間も経っていないが、私の頭はケセドニアの気候に対する不満でいっぱいだ。
それに加え、ただでさえ暑くてたまらないのに視界にチラつく黒づくめが苛立ちを助長させる。
なんだあの服は。よくよく考えれば考えるほど意味不明だ。黒すぎる。ありえない。暑い。暑くてたまらない。気が狂いそうだ。あの黒さはありえない。
「アンタにとやかく言われる覚えはないね」
「え?」
「声に出てるよ、ウザい。それに任務なんだからこの服じゃなきゃ駄目なんだ、そんな事も分からないの?」
「…申し訳ございませんでした」
いつにも増して刺々しい言葉がグサグサと容赦なく胸に突き刺さった。正直むかついたがどう考えても原因は私で反論する訳にもいかないので、どこかの誰かのように不満を口にしたりはしないものの、どこか気だるげなシンクの後ろを黙って着いて行く。
私に言われる筋合いは無いらしい、真っ黒な腕から伸びる装飾と地面がユラユラ揺れている。
視界を流れて行くケセドニアは流通を司る街だけあって活気にあふれている。年中張り詰めて薄暗いダアトとは大違いだが、目新しい筈の風景も客引きをしている商人たちの声も今は鬱陶しくて仕方がない。
「アンタはここで待機」
くるり。
先を歩くシンクが振り返ったかと思うと有無を言わさぬ口調でそう言った。
私達の目的は街の中心にある屋敷の主と話をする事、だったはず。先日私のところへ来た他でもない彼自身が確かにそう言っていた。それが何故いきなり待機?
そんな疑問をぶつける事すら許してくれないようで、私がやっと「は?」と口にした時には、シンクは人ごみに紛れてもう見えなくなっていた。
暑いうえに唯一の仲間は横暴。いくら慣れているとはいえ、暴力的な暑さが加わるせいでこれまた暴力的な態度に涙が出そうだ。だいたい、一人で話がつけられるなら、態々私を生きる分には快適なダアトから連れ出さずに一人で来たら良かったじゃないか、あの真っ黒野郎。嫌がらせかよ。
もう一度黒い後ろ姿を探そうと睨みつけていた地面から視線を上げてみても、眩しいひざしに目眩がしただけだった。
知らない街で一人にされてどれ位経っただろう。数分だったようにも思うし、数時間だったようにも思う。兎に角ようやく戻ってきた気配に立ち上がるとまたも目眩がした。私はこの街に目眩を経験しに来たのだろうか。
何とか目をつむり耐えたが、正直このまま倒れて眠ってしまいたくて堪らない。目が覚めたら全部夢でした、なんてつまらないオチで良い。
「何してんの」
「言われた通り待機……え?」
指示通り待機していたにも関わらず何か言いたげな目。たまには反論しようと思ったが、差し出されたものを反射的に受け取ってしまった。記憶違いでなければ……これは、以前アニスと話したあれだ。ケセドニア周辺にしかない、名前は忘れてしまったけど、兎に角茶色い果物にストローを挿しただけの飲み物。ダアトでの生活ではお目にかかる事はない妙な風貌にアニスとキャアキャアはしゃぎ、イオン様に笑われた事はまだ記憶に新しい。新しいのに名前は忘れてしまったが…否、問題はこの果物の名前なんかではない。
「…くれるの?」
「……」
仮面で覆われている為表情から何かを読み取る事は出来ないが流石に分かる。この無言はアレだ、本当の事だから言う事がない時の無言。その証拠に何処を見ているのやら、まったく目が合わない。
それなりの付き合いだけど、シンクから書類以外の何かを渡されたのは初めてだ。
笑ってしまいそうなほど、晴れやかな気分になっている自分に気がつく。今ならディストのつまらない話にも笑顔で相槌が打てそう。
「ありがとう」
「…今日は宿を取ってもう休むから」
「うん」
歩き出したシンクの歩幅、先程よりも少しだけ小さい気がする。地面から視線をずらしても見えるのは全体的に茶色い風景だけだが、右から左へ流れて行く商人たちの声も、あんなに暑苦しく思えたシンクの格好もなんだか楽しいものに思えてきた。
「シンク」
「何さ」
「また何処か連れてってね」
返事は無い。でもそれで、充分だ。
Ash.