この学校にしよう。数々の高校のパンフレットを見て決めたのは西部高校。大きなゴシック体で「フロンティア精神の宿る校則のない自由なワイルド学園」と書いてある。
どうやら興味のあることを伸ばすというのがその学校が一番大切にしていることらしい。卒業条件は三年間で誇れる何かを見つけること。
すごい学校だな。
教育大国の日本では珍しい学校。校則がないなんて、考えてみれば不良が沢山いそうだけれど西部高校の悪い噂や情報は今まででも聞いたことがなかったから恐らく、平気だろう。
俺はアメリカンフットボールが好きだ。だからそれを延ばせるようにしたい。それに西部ワイルドガンマンズは最近少しずつ力を付けているというのも噂で聞いている。
義務教育じゃなくなるんだ。勉強だけじゃなくて、こうやって自由に何かを伸ばすというのも義務教育じゃない、高校の大事なところなのだろう。だから、西部高校のスタイルは俺にぴったりなんじゃないか、と思っている。
両親に西部高校に行きたいということを話したら、父さんは渋い顔をして唸ってしまった。母さんも『自由』が主体という学校にはあまりいい印象を抱かないようだった。
自分で言うのも何だが、中学ではそれなりの成績を取っていた。勉強もクラスで上位だったし、運動神経だって悪くは無いと思う。一応アメフト部のランニングバックだったのだから。
先生からの信頼も厚かったと思う。俺が第一志望に西部高校と記入したらもっと高みを目指した方がいいのではないかと心配されたくらいだった。
それでも何かに縛られて自分のしたいことを全力で伸ばせないのってすごく辛いことだと思った。だから、俺は西部高校にする。
両親にそう伝えれば二人は顔を合わせてから「仕方ない」と頷いてくれた。頑張りなさいと背中を押してくれた。
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入学式を終えて、各自クラスに分かれていく。なんだかドキドキが止まらなかった。耳の真横に心臓が来ているのではないかと疑いたくなるくらいに音が近くで聞こえた。
初めて一緒になるクラスの人はどんな人だろうか。ちゃんとやっていけるだろうか。
十四番・甲斐谷陸。俺の出席番号は十七番。黒板に貼ってある紙を頼りにして自分の席に着く。俺の隣には本を読んでいる大人しそうな女の人がいた。
中学校の時のような可憐な女の子らしさはなかった。初めて会ったけれど大人っぽくて魅入ってしまうほどだった。中学から高校に上がるに連れて雰囲気はこんなに変わるのか。
「はじめまして、甲斐谷陸です」
「みょうじなまえです。よろしくね、甲斐谷くん」
「はは、くんとか堅苦しいから付けなくていいよ」
「そう? じゃあ、甲斐谷。わたしのこともさんとか付けなくていいよ」
彼女は穏やかに笑ってから本に視線を戻した。凛と澄んだ声だった。すごく透き通っていて、さほど大きな声では無いのにクラスメイトがこちらを振り返るくらい通った声だった。
彼女が読んでいる本は洋書らしかった。ちらりと見えた本の中には英語がずらりと並んでいてとてもじゃないけれど見てられなくなった。
間延びした声が聞こえてきた。どうやら担任の先生らしいけれど、さすが自由な学校。先生まで自由らしい。服装はだぼだぼの私服。通りすがりに見かけた先生はなんだかアメリカンカジュアルに決めていた。
折角だからペア作って部活とか見てこい。先生は生徒達にすべてを一任し、教卓に寝そべってしまった。西部高校はよくこんな感じで持ってきたな、と感心してしまう。
「ねえ甲斐谷。一緒に回らない?」
「俺でいいなら」
「良かった。わたしの中学で西部高校に来た人いなくて」
話しかけてくれて嬉しかった。声を弾ませて笑う。けれどとても綺麗に笑っていた。彼女はいつの間にか教卓の横の机から一枚の紙を持ってきていた。そこには装飾された文字で『部活紹介! 西部高校へようこそ!』と書かれていた。
彼女はどこの部活を見に行きたいのだろうか。俺は「どこに行きたい?」と尋ねる。すると少し悩んでから思い出したように言葉を発した。「幼馴染みの先輩が来て欲しいって言ってたから、アメフト部に行きたいの」と。
運命なんじゃないかって、単純な思考しか持ち合わせていない俺はそう結びつけた。俺がそう感じていると不思議そうに彼女は首を傾げた。
俺も、アメフト部に行きたいんだ。そう言うと目を見開いてからすごい偶然だね、と言った。彼女は運命とは感じてくれないみたいだ。
二人で教室を出てアメフト部のグラウンドへ向かう。そこでは既に練習が始まっていた。俺達二人以外にも結構な人数が集まっていた。
彼女のいう幼馴染みとは一体どの人のことだろうか。俺がぼけっとしながら考えていると彼女は手を挙げた。すると、遠くから彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「折角だから練習に参加させてもらおうよ、甲斐谷」
「え、みょうじは…」
「わたしはマネージャーでいいの」
するりと俺の横を抜けて西部ワイルドガンマンズのマネージャー(?)と話を始める。そしてそれに気付いた選手が練習を停止し、みょうじの元へ集まった。そして彼女は俺を指さした。
何を言っているかはわからなかったけれど、俺が練習に参加できるように色々話をしてくれているのかもしれない。
俺は持ち前の脚力とスピードで彼女の元へ行く。そのスピードが目に止まったのか、部員の彼らは次は俺の所に集まった。
「やっぱり甲斐谷すごかった」
こちらを見て小さく手を振るみょうじ。俺もそれに応える様に小さく手を振った。
「防具用意するから参加してみろ」と俺だけ特別に参加させてもらうことになった。なんだか他の人には申し訳ないけれどチャンスは逃したら勿体ない。俺はよろしくお願いします、と頭を下げた。
そこからだ。俺とみょうじがアメフト部に入部して、関わりを持っていくようになるのは。そして俺がみょうじを一人の女の人として意識し始めるのは。
俺とみょうじがアメフト部に入部して、俺は一軍選手としてランニングバック兼セーフティーとして、みょうじはマネージャーとして力を身につけていた時期。
夜遅くまで練習をする。マネージャーも勿論ドリンクを用意したり、みょうじはポジションやいろんなチームのことを調べたりする主務的な活動もしていた。結局帰る時間は九時や十時になることも少なくはなかった。
家が近いみょうじのことは俺がいつも送っていた。登下校をいつも共にしているのでクラス内でも変な噂が立っていることを俺は知っていた。みょうじの耳に入っていてもおかしくないけれど彼女は至っていつもと変わらず努力しているだけだった。
練習を終えて、お腹の虫が鳴いた頃。俺とみょうじは一緒に帰路につく。お互いに反省や意見を交換するのも俺の楽しみだった。
俺は段々とみょうじを意識するようになった。多分初めてあった時から恋愛感情こそ抱かなくても意識はしていた。普通に話せる良き友達としか思っていなかったけれど、一緒に帰る度に、話す度に思いが募っていく気がした。
彼女と目を合わせて話すのさえ恥ずかしくてたまらない時がある。ドリンクを渡される時に、指が触れるのが恥ずかしい。指の先が一気に熱を持つことに彼女は気付いていないといいけれど。
「甲斐谷はすごいね、どんどん力をつけていって」
「え、あ、そんなことねえよ。みょうじだってマネージャーだけじゃなくて主務としてもチームに貢献してんじゃん」
「わたしに出来ることをしているだけだよ」
それがどれだけチームを支えているか。彼女は理解出来ていないらしい。キッドさんだって「感謝してるよ、ホント」と褒めていたし。チームに必要な人材なのだ。
みょうじがチームに貢献しているように、俺もしっかりチームに貢献できるようになりたい。もっともっと上手くなりたい。俺は結構強欲らしい。
「甲斐谷、すごくかっこいいよ」
唐突に彼女はそう言った。目を細めて、笑う。一瞬、街灯で照らされた顔はほんのり赤く染まっていた。俺の顔は見えていないだろうか。とんでもない阿呆面をしているにちがいない。そして今は、体温が急上昇している。
触れられれば俺の体温が高くて、熱くなっていることに気付くだろう。こんなにもドキドキしただろうか。
中学生の時に一人付き合った人のことを思い浮かべても、当時のことを思い出してもここまでドキドキしなかった。それにその子は俺がアメフトに熱心なのが不満だったのだ。そのためか自然消滅。
けれどみょうじなら、俺がどれだけアメフトを好いていても、俺を好いていてくれる気がする。俺の勝手な思い込みだけれど。
「なあ、なまえ」
「ん、え?」
「俺はなまえが好きだよ」
はたと止まった足音。俺は自分が零した言葉がどんな言葉かをあとになって理解した。慌てて弁解しようとしてもどうすればいいかわからなかった。それに好きなのに変わりはないんだから。隠す必要も無いんじゃないか、って開き直っている俺がどこかにいる。
彼女は俯いていた。街灯に照らされている俺もなまえも立ち止まってお互いに俯いた。ごめん、と謝っていいのだろうか。そう言ってしまっていいのだろうか。
「…唐突だね、陸」
「え、あ、いま」
「わたしも好きだって言ったら、可笑しいかな」
顔を上げて朗らかな笑みを浮かべる。顔は真っ赤で少しだけ瞳が潤んでいた。動けないであろうなまえの手を取った。なまえの手はすごく熱かった。
手を繋いで大した会話も出来ないまま彼女の家に着く。また明日ね、と彼女が呟いた。俺は指を絡めて、小さく頷いた。扉の向こうに消えるなまえを見たあとに、俺は自分の家に向かって一目散に走った。
頬がとんでもなく熱くなっていた。自分が何をしたのか、全部理解していた。中学の時は告白されたんだ。けれど、今回は俺が、自分の意志で初めて告白をしたんだ。
そしてそれに彼女は応えてくれた。胸がいっぱいになった。ぐるぐるといろんな感情が渦を巻いていた。それでも、ひとつ言えることがある。
なあ、わかってる? 俺、こんなにドキドキしたの初めてなんだ。
Ash.