「け〜い〜!」と。遠くから両手をぶんぶんと振り上げながらぴょんぴょんと小さくその場で跳ね、自身の名を呼ぶなまえの姿に太刀川はすぐに気付くと薄く笑みをつくりながら駆け足で彼女の元へと向かった。「悪い、待たせたな」「平気!今日のわたしは無敵だから!」赤くなったなまえの鼻に目を細めながら、太刀川は「ホントかよ〜」と彼女の横腹をグーで軽くつついた。きゃー!と、なまえが擽ったそうに身を捩り笑い声をあげる。「ホントホント!だって今日お給料日だもん!」はじめての!となまえが強調するように言葉に間をあけ告げた。そうだったなあ、と太刀川は今思い出したかのように自身の顎髭を撫でながら返す。「だからね!なんでも食べたいもの云って良いよ!ケーキでもピザでもお寿司でもハンバーグでも!」彼女の中ではきっとご馳走なのであろうそれが、まるで小さな子供のような響きで太刀川は可笑しくなる。「なんでもって、いってもなあ〜」「うどんは駄目だようどんは!コロッケも駄目!お餅も駄目!もっともっと高いの!」太刀川の好物であるそれを、なまえは先手必勝とばかりに両手で大きくバツを作りながら告げた。「う〜〜〜ん」と。太刀川は漠然とした『高いもの』を考える。「とりあえずケーキでも買いに行くか」パーティーだったり、お祝い事だったり、それがあるとパッとその場が華やぐ気がする。なまえもそうなのか、太刀川の言葉に「良いねえ!」と嬉しそうに白い息を吐き出しながら大きく笑うと「こっちこっち!」と彼の手を引き子供のようにケーキ屋までの道を急いだ。
「どれにしよう〜」夕方も過ぎ夜に近づいているせいか、ショーケースに並ぶケーキの種類は半分もなかった。久しぶりに来た、というなまえは全てが美味しそうに見えるようでショーケースの前にしゃがみ込むとうんうんと悩む。隣でなまえと同じようにしゃがみ込んでいる太刀川が「なあ」といつまでたってもうんうんと唸っている彼女に声をかけた。「全部買っちゃえば?」目から鱗、という言葉はこのような時に使うのか…と太刀川が思うほどになまえは目をぱちくりとさせた。「……全部?」「全部」「え〜?でも6個もあるよ?」「え〜?でも今日のなまえは無敵なんだろ?」にやり、と笑ってみせた太刀川になまえは思い出したように笑う。「そうだ、そうだった!」すぐに立ち上がったなまえは、ショーケースの後ろに居る店員に「此処にあるのひとつずつ全部ください!」と目をキラキラと光らせ告げた。そして続いて立ち上がった太刀川に続ける。「それに半分こすれば、ケーキ6個全部食べても1人3個だし、3個で全部の味がわかるなんてお得だよね!」先ほどのなまえのように、今度は太刀川が目をぱちくりとさせる。「……ホントだ。お前ってアッタマ良いよなあ〜」感心したような太刀川の声に、なまえが照れたようにへらへらと笑う。そんなのどかな2人の会話に、店員がショーケースからケーキを取り出しながらこっそりと口角を上げた。
ケーキだけじゃ嫌だもっと何か買いたいと云うなまえに太刀川は帰り道の途中にあるピザ屋のピザを所望した。任せて!と胸を叩くなまえの隣を歩きながら、太刀川は自身がはじめて給料をもらった時はどう使ったかを思い出そうとしていた。彼はなまえと違ってまだ学生だが、A級なのでボーダーから毎月給料をもらっている。「ねえねえピザ何枚買う!?3枚!?4枚!?」「2枚で良いだろ、ケーキもあるんだから」「え〜〜〜じゃあサイドでポテトとサラダとアイス頼む…」あきらかに食べきれない量を、なまえは渋々といったように告げた。太刀川は苦笑しながらも、はじめて給料をもらった時、自身もこうやって浮かれてパ〜ッと使ってしまったことを思い出した。でも、誰とだったか。それが太刀川は思い出せない。でも今日のことは絶対に忘れないと、忘れられないと太刀川は思った。「なまえさあ、その後にケーキ3個も食べれんのか?」「明日…!ピザは残っても明日食べられるから…!」何がなんでもその量を買いたいというような、なまえの必死さに太刀川は笑いながら彼女の右手を握った。正直ピザだってケーキだって太刀川からするとわざわざ給料日に買う程高いものでもないし、どうせ食べるなら別々の日に食べたいと彼は思う。でも今日はいっとう特別な日だ。特別で、幸せな日だ。たとえ明日胃もたれしそうになっても、目の前にこれから広がるであろう安いご馳走を全て綺麗に平らげたいと太刀川は思う。彼女のたくさんのはじめてに付き合える自身がとても誇らしく、幸せだ。こんな幸福、綺麗に平らげないでどうする。
Ash.