その男について話をしよう。
言わば容姿端麗、文武両道という言葉が当てはまる男だった。
見るからに整った容姿は年齢問わず女性の目を惹き、彼の話によると彼は過去に何十と告白されているらしい。
その上、頭が良く発言が多いため教師の目にも止まる存在だ。信頼も厚く、頼りにされているらしい。次期生徒会長だと騒がれているが彼がやりたがらなくても教師が彼を推薦しそうだ。
そんな男、名前はシャルナーク。そいつは私の幼馴染みのような存在だ。というか、同じ孤児院で育ったのがここの学園には多いので実を言うと幼馴染みだらけなのだ。この学園は。
その中でも一際仲が良くて、一番付き合いが長いのがシャルナークなだけだ。
毎日のように女子に囲まれて苦笑いを浮かべてはいるが恐らく気付いているのは私とか同じ孤児院の子達だけなのだろう。なんだかんだで優しいから突き放したり出来ないのだろう。
彼と一緒に登校すれば女子の反感を買いそうなので基本的には関わろうとはしない。彼の方から関わってきたら別だが。
「んー、モテ男は辛いねえ」
「それってオレのこと? あ、ちょーだい」
「げっ!
それ期間限定なんだけど!」
先程まで女子に囲まれていたシャルだが、気付けば私の前に座って、昨日買った期間限定の極うまレモンジュースを奪って喉に流し込んだ。半分以上なくなった。何気に高かったが飲みたかったので自分で払ったのだ。後で買わせてやる。
楽しそうに笑いながら私にレモンジュースを返してくる。半分以上無くなって、残りは三分の一程度。すごく勿体ないが仕方が無いと私もそれを喉に流し込み、ペットボトルのゴミ箱に入れた。
「次、体育じゃん?
オレのこと応援しといてね」
「女子も競技あるから無理じゃない?」
「先生の話聞いとけよ、今日は試合だってば」
「私、あの先生嫌いだから仕方ない」
言い訳をすれば横に置いてあった六時限目の数学の教科書を丸めて、ぽこんと私の頭を叩く。手加減してくれているのかそこまで痛くはないが腹が立ったので仕返しに筆箱で叩いた。ぽこん、という可愛らしい音ではなく、筆箱の中でペン同士がぶつかりあってがしゃん、という汚い音が出た。シャルは頭を抱えていた。悪気はないから、発端はシャルだから、と弁解しようとしたが申し訳なかったので軽く頭を摩っておいた。たんこぶは出来ていないようだから良かった。
下らない争いをしていると予鈴が鳴る。各自が体育館シューズを持って体育館に向けて駆け出した。親友のマチが私に声を掛けてきたのでシャルに呼び掛けて私とマチは先に体育館に向かった。
バスケ部に所属しているシャルはバスケの試合で負けたことがほとんどない。百八十ある長身に、筋肉があるので力も強い。応援しなくても勝てる癖に、と内心思っていても「応援しといて」と言われたら応援しないわけがないのだ。私は結局、彼のことが大事であり、彼が求める事は大抵やってしまう。甘いのか、過保護なのか自分でも理解出来ないが理由はどうあれ、彼を大事にしている気持ちから来ていることに変わりはない。
体育教師のホイッスルの音とブザーの音が重なって試合が始まる。一部の男子と女生徒はステージに上がって試合の様子を眺めていた。男子はローテーションで試合を行い、女子は明日の体育で試合を行うので着替える必要が無いのだ。多少動きにくいが目を瞑るとしよう。
ボールを抱えて、パスしたりシュートしたりする姿はやはりかっこいい。後ろにいる女子が一々五月蝿いがそれもまあわからなくもないので目を瞑ろう。
「なに、やっぱりガン見じゃん」
「別にガン見じゃない」
「嘘だね。
孤児院にいた時からずっと追いかけてるもんね」
「マチってば!」
私がムキになればムキになるほどマチは楽しそうに笑う。そしてコートの中にいるシャルを指差して煽ってくる。声は小さくても私とマチが言い合っているのが視界の端に止まったのか、シャルが一瞬こっちを向いた。そこで、私もシャルが見ていると直感的に感じてコートに視線を移すと見事に目が合った。
シャルは可愛らしい顔で笑い、ピースをした。どうしていいかわからなくて、でも何かアクションを起こさねばと私もピースしておいた。果たして対応は合っていたのだろうか。
猛攻の末、結局勝ったのはシャルの率いるチームだった。汗をかいて反省会(?)をしているのだろうか、チームで固まって何かを話していた。ステージの後ろに構えていた男子がどたどたとステージを降りていく。ステージから降りたならば各自がストレッチをし始めていた。それと入れ替るようにシャルたちが戻ってくる。
そしてさっそく女子に囲まれた。かっこよかったよ0 ! だとか、なんだってできるよね! とか、シャルくんさすがだよ0 ! などと似たり寄ったりの言葉を掛けていた。私とマチは目を合わせて呆れた顔をした。
私は本気になって汗かきまくるんだろうな、と容易に予想できたのでタオルと水筒を持ってきた。シャルは面倒臭がりなので自分では持ってこないというのもわかっていた。そして、迷わずに私のところに来るんだろうな、ということも。
「はー! つかれたー!」
「アンタ相変わらず手加減しないのね」
「マチだって手加減とか嫌いじゃん」
「それもそうだけどねえ、相手が可哀想でならないよ」
マチは心底興味無さそうに視線をずらしてコートに向けた。私はシャルにタオルと水筒を投げ、同じように視線をコートに向けようとしたが、シャルが口を挟んできた。
シャルはお弁当も持参しないので私が作るのだ。そして水筒もいつも二本持ってくる。
「いつもありがと」
シャルが私の目を見て真っ向からこんなこと言うのが珍しくて目を見開いた。気持ちを友人や親友に素直に伝えることがないシャルのその言葉が聞けて私は舞い上がってしまいそうだった。関係がなかったりだとか、興味が無い人には本音とかをぶつけてしまうことが多い。私に対しては「ありがとう」だとか「ごめん」とかは言ってはくれない。気恥しいのだろうが最低限のマナーである。まあ、昔から変わらないから慣れてしまっているのも、駄目なんだろうけど。
真っ向から言われた私は急に恥ずかしくなって他所を向いた。その時にマチと目が合ってマチがニヤリと口角を上げた。後でからかわれることが予想できた。他クラスの親友もきっと便乗してくることだろう。追求から逃れるため、私は折角他所を向いたのにシャルの北へ向き直る。
「今日の部活何時まで?」
「は?」
「何時まで、六時?」
「うん、そうだけど。
いきなりどうしたの」
「久しぶりに一緒に帰ろうかなって」
「え、あ、待って、オレ今日部活ないから!
普通に一緒に帰ろう!」
「そうなの?
最近、試合近いんじゃなかったっけ」
「オレはいいの、体調不良ってことにする」
悪戯っぽい笑顔を浮かべるかと思ったが、頬を赤く染めて私のタオルで顔の一部を隠す。いくら久しぶりだとはいえそこまで恥ずかしい事なのだろうか。すると、後ろでマチが吹き出すのが聞こえた。またネタを与えてしまったと後悔したがもう遅い。
「一緒に帰るなんて何ヶ月ぶりだっけ」
「一年とちょっとくらい」
「高校入って、オレと一緒にいること少なくなったよね」
「んー、そんなつもりはなくても、女生徒と男子生徒はいろいろ違うんだよ」
「優等生のオレでもわかんないわ」
「自慢は結構、疲れてんなら寝てなよ」
タオルを奪って顔面に乗せる。私も喉が渇いたので水筒を奪って(用意したのは私だから)スポーツドリンクを飲んだ。ひんやり冷えてて美味しい。体内がゆっくりと冷えていくこの感覚がなんだか素晴らしい。
すっかりシャルは疲れていたようで気付くと寝息を立てていた。コートでは未だにボールの取り合い合戦をしていた。残り二十分でこの試合とその次に構える試合はできるのだろうかと考えたが恐らく無理だろう。時間制限にするべきだったのにポイントマッチにしたのは教師のミスだ。
私もぼけーっとしていたら目がしばしばしてきて、視界がぼやける。マチの袖を掴んでおやすみ、と呟いて、シャルの方に転がるように私も眠りに落ちた。
眠りこけて何分経ったか知らないが私を揺さぶっているので渋々目を覚ます。マチが起こしてくれたのだろうかとぼやけた視界の中、目の前にある顔が誰なのか考える。しかしピンクの髪じゃなく、金色の髪だった。その髪から予想できるのは何人かしかいない。そして同じクラスだということ。直結するのはシャルしかいない。
吃驚して飛び上がると大きな音を立てて私とシャルの頭部がぶつかった。その音に驚いたマチはこっちを振り返って惨状を目の当たりにし、呆れたように溜息を吐いた。
「いってー、折角起こしたのにそれはないよ」
「さすがにシャルの顔が真ん前にあったから吃驚した」
「あたしはあんたたちのぶつかった音にびっくりしたけどね」
「残り五分だから。
あと水筒とタオル」
「使ったものを渡されてもねえ」
そう言いつつも私はシャルから水筒とタオルを受け取った。すぐに帰れるから臭くなる心配もない。私はそれらを手に持ってステージから降りた。ブザーの音がしてぞろぞろと入口前にクラスメイトが集まっていく。流れに押されるように私たちは入口前に集まった。男子の人数が多いせいか、臭いがないわけではないがこれもまた目を瞑ろう。
気にしたところで臭いに変化はないのだから。体育館から出て、すぐに教室に戻る。早めに帰りたい。マチはテニス部の練習があるようだ。弓道部は今日はない。鞄を抱えて、シャルを呼ぶと彼を囲む女子達に睨まれた。
嫌われているわけではないがやはり目に付くのだろう。ただ幼馴染みで仲がそこそこいいだけなのになあと内心涙を流すとテニスバッグを持ったマチが声を掛けてきた。
「あんたもそろそろ気持ちに気付きなよ、じゃあね」
「え、うん。 じゃあね」
ピンクのポニーテールを揺らして教室を出ていくマチ。気持ちって一体何だ、と思いながら私はもう一度シャルを見る。彼は女子の間を縫いながらこっちに来たが、運悪いことに誰かの鞄の紐に足を引っ掛けたようでバランスを崩した。
咄嗟の判断でシャルを支えようと手を伸ばしたがそこでハッとする。私が入り込んだって意味無いと。長身に対して、そこまで大きくない身長、しかも女が飛び込んだって被害を大きくするだけじゃないか。しかしもう遅い。私はどうにかしようとそこにあった机に片手を置いて、もう片手でシャルを抱き止めようとした。
シャルもシャルで私をどうにかしようとした。私の腕を掴んで身体を自身の力で止めた。要するに、自分の力で身体を止めたシャルを支える私だ。
「あぶな、なんで飛び出したんだよ」
「あれじゃシャル怪我してた」
「どうにでもなるって」
「どうにでもならなかったらどうすんの」
ぶうと頬を膨らませるシャルに軽いげんこつを落として私も教室を出た。シャルも同じように教室にいる友人に手を振った。
玄関まで来るとシャルは駐輪場へ自分の自転車を取りに行った。生憎の所、私も普段はマチと一緒にチャリで登校しているのだが空気の抜けたタイヤをそのままにしてしまったので徒歩で来たのだ。そこまで遠い距離ではないから。
「後ろ乗って」
「なんか二人乗りなんて久しぶりなんだけど」
「はは、確かに。何年ぶりくらい?」
「二人乗りだったら五、六年ぶりくらい」
「そんなだっけ? 腰に腕回して」
「それは恥ずかしい」
「は、なんで。
恥ずかしがるなよ」
「だって!」
「オレだって恥ずかしいから!
ほら早く!」
私は少し照れながらもシャルの腰に腕を回す。気付けばガタイも良くなっていて背中も大きくて男女の差を感じてしまう。どんどん大きくなるけれど、恐らく私はもう身長も伸びないだろう。置いていかれているようで少しだけ寂しくもある。
くだらない話をしながら私はふと気付く。なんでさっきからこんなに心臓が五月蝿くて、体が熱いんだろうと。
マチの言った言葉が妙に引っかかる。
昔から私はシャルが好きで誰よりも大切な存在だったのだ。その彼に、なんでこんなにドキドキしてるのだろうと不思議でならない。
「ね、シャル」
「ん?」
あれ? なんでシャルの顔そんなに赤いんだろう。耳も赤くて、頬も赤くて。
「顔赤いよ」
「五月蝿い、お前だって赤いから」
「そんなことない!」
「それに、オレだって西陽のせいだから」
「可愛い言い訳」
「もー!
五月蝿いってば!」
シャルはぎゃんぎゃん騒いだ。楽しく話をして、笑って、そんな風に時間は過ぎていった。
どの道、孤児院だから同じところに住んでるしいつでも会えるけど。自転車を降りてもドキドキが止まらなくてなんだろうと不思議に思う。シャルと話してる時もずっと止まらなくて。今日だけじゃない。たまに感じるこのドキドキはなんだか昔にも、シャルに対して感じた気持ちとよく似ているような。
「部屋戻ろ」
「え? あ、うん」
「ねえ、明日も一緒に帰ろうよ」
「へ?」
「登校はマチとかとしていいから、帰りは一緒にいたいなあなんて」
ぼん、と湯気でも出そうな勢いだ。真っ赤な顔して提案してくるシャル。断る理由なんて見つからずに私もうんとだけ小さく言った。
そさくさと行ってしまうシャルを追いかける。マチの言ってたことがよくわかった。やっぱり、私の彼へ向ける好きはきっと恋情なんだろうなって。
さっきの西陽のせいってのも多分嘘。西陽なんて出てないのにあんなにシャルの顔が赤かったんだもの。
Ash.