「夏の夕焼けは嫌い」と彼女が言うので、堀川国広は彼女を連れ出した。夕刻、西の空いっぱいの燃えるような夕日が沈まんとしている。本丸からすこし離れた大木の上で、その華奢な体躯を抱くようにして日没を待つ。橙の光に照らされたなまえの頬には数本の線が残っていた。政府からの呼び出しから戻ってきたあと、室で抜け殻のように倒れていたのを助けた堀川国広には、それが畳の跡だということが分かっている。

「...ねえ、これは嫌がらせ?」
「そんなつもりはないんだけれどね」
「...堀川の目って、青い宝石みたい」
「本当?うれしいな」
「...きれい」

 世界の呼吸を無視するように彼女は彼女の時間で話す。いつだってそうだった。こちら側とあちら側ではなにかがきっと、違っている。刀と人間だから、かみさまと人間だから、仕方ない。仕方ない。仕方ないを繰り返すとやるせなさは埋まってゆくのに、泣きたくなるのはどうしてだろう。
 危ないことが起こらないように腕のなかで抱きとめたいのちは小さく小さい。こんな細腕では生きてはいけないのではと心配になってしまう。それでも彼女は今のところ、本丸にいる誰よりも生きていた。蝉がどこかで鳴いている。この大木ではないどこか。

「...堀川は、生きていける?」

 生き死にの話が急に降って湧いたので、ドキリとした。刀のときにはなかった、心の臓がぎゅっと握られたような心地。

 彼女は僕の考えていることが分かるのだろうか? 否、分かるはずがない。僕は彼女の考えていることなどちっとも分からない。こんなにうつくしい夕焼けを嫌いだというのと同じくらい、分からない。

「ねえ、堀川。答えて。あなたのいとおしいひとたちがいなくなっても、生きていける?」

 堀川国広の腕のなかでなまえはその指先を震わせていた。そこからいろんなものがこぼれ落ちていくのが見える。それはなんだろう、なんなのだろう。

「生きていけます」

 彼女を引き留めることができるならと唇が夢中で言葉を発した。瞬間、なまえは安堵の表情を浮かべる。それにほっと胸をなで下ろすのも束の間、堀川国広は自分の心が突然空いた穴から奈落に落ちていくのを感じた。落下。
 実際、人間のかたちをとってからいとおしいものが手の届かないところにいくだなんて経験をしたことがない。刀のときにはあったけれど、刀は刀だった。いとおしいひとたちというのは、いったい誰のことを指す?和泉守兼定に兄弟刀たち、本丸の面々、今世界中の何より一番近いところにいる主?

「生きていけるのね」

 彼女が復唱するので、はっとしてまた答えた。「生きていけます」。ずぐずぐと嫌な音を立てながら、それでも堀川国広の心はまた地上をめざす。「あの人がいなくても、ほんとに?」。可哀想な僕たちの主。あなたのためなら嘘になるかもしれない言葉だって吐いてあげようと思った。「ほんとに」。

「でも、あなた、酷なこと訊くんだね」
「...ごめんなさいね」
「ほら主さん、夕日が沈むよ」

 西に背を向けている彼女を誘っても、嫌々を言うばかりで一向に夕日を見ようとはしなかった。それどころか、彼女いわく「青い宝石のような目」をずっとずっと覗き込んでいた。

「...夏の夕焼けってね、生き急がされるみたいで嫌いなの」

 瞬きをした彼女の瞼から、透明な液体が、ひとすじ。

Ash.