半兵衛の隣だけが私の居場所だった。私には腕っ節の他に誇れるものなど何もない。彼に仕え、彼の神算に従って人を斬り続けてさえいなければ、とてもじゃないがこの乱世を生き抜いてこられなかったという確信がある。だから私は彼に心底感謝しているし、彼のために生きることこそが私の存在意義だった。





「俺、やっぱり播磨に戻るよ」

苦しそうに咳をしながら、半兵衛は弱々しく呟いた。今、播磨では織田信長の天下布武のために戦が行われている。本来ならば半兵衛も秀吉様と共に播磨の三木城を包囲しているはずなのだが、彼はひと月ほど前、病に倒れ、京都で療養の日々を送っていた。私も侍臣として半兵衛と共に京へ上り、看病の日々を過ごしているが、彼は日に日に痩せていく一方である。

「そんなこと、秀吉様が許してくださるの?」

播磨へ戻っても今の彼にできることはほとんどないだろうに。私の問いかけに対し、半兵衛は得意げに笑う。

「それなら大丈夫。もうお許しを得てる」

彼は聡明だし口がうまい。軍略家はみんなそうだけれど、半兵衛は別格だ。おかげで彼の頭脳はあらゆる者から認められており、秀吉様からの信頼も厚い。そもそも半兵衛に療養を勧めたのも秀吉様だった。けれど半兵衛のことだ、うまく秀吉様を説得したに違いない。

「俺も武士ですから、どうせ死ぬなら戦場で死にたいですって言ったら、あっさり許してくれたんだ」

もうとっくに人生を達観している半兵衛は、自身の死について涼しい顔で述べてみせた。私はそんな彼の態度に別段驚きもせず、「ああ、そう」と相槌を打つ。

「なら私も一緒に戻るよ」

私が当たり前のように告げると、半兵衛は顔をしかめた。彼は部下の命を大切にする寛仁大度の軍師だから私が戦に出ることをあまりよく思っていない。おそらく今回も半兵衛一人で播磨に戻ろうと考えていたのだろう。そんな彼に向かって有無を言わさぬ口調で私は語る。

「私の仕事はいついかなる時も半兵衛の傍に侍ることだから」

彼に命令されて刀を振るうだけならその辺の兵士にもできる。けれど彼の一番近くで彼のために生きることができるのは御側付きの私だけだと自負している。
半兵衛が死地を定めたならば私に選択権はない。共に播磨へ戻ることは願望ではなく義務である。

「うん。わかった。じゃあ明日の早朝、一緒に京を発とう」

半兵衛は不承不承私の同行を認め、病に侵された細い腕を伸ばして、まるで飼い犬を誉めそやすかのごとく何度も私の頭を撫でた。





播磨国の本陣へ戻った半兵衛を秀吉様は歓迎した。

「半兵衛、久しぶりじゃな。よう来てくれた」

しかし秀吉様も半兵衛の終わりが近いことをわかっているせいか、うまく再会を喜べないでいる。それとは真逆に、半兵衛はにっこり笑って「俺のこと、どうぞ最後までこき使ってください」なんて述べるものだから、秀吉様はやりきれないといった様子でぐっと押し黙った。

「それじゃ俺、さっそく軍師のお仕事に戻らせていただきますね」

半兵衛はそう言うと、細い体をふらふら動かして、戦の情勢について他の将たちに聞きに行ってしまった。遠くへ離れていく彼の背を見ながら彳立する秀吉様へ向けて私はつと首を垂れる。

「秀吉様。恐れながら、一つお許し頂きたいことが御座います」
「な、なんじゃ、いきなり」

秀吉様は面食らった表情をした。普段は半兵衛の横に黙って侍るだけの私があえて半兵衛について行かず秀吉様と二人きりになったことに驚いたらしい。けれど直後、私の発した言葉に対して、彼はさらに大きく目を見開いた。

「私も半兵衛と同じく、この三木を死地と定める所存です。秀吉様のために戦い続けることはできません。どうかお許しを」
「そんじゃあお前……」
「私も、ゆかねばなりません故」

私の決意を目の当たりにした秀吉様は固まり、何かを言いかけて口を開いたり閉じたりを繰り返した後、深く深く頷いた。

「わかった。これからも半兵衛のこと、よろしく頼むで」

秀吉様は懐が深いお方だから、死に場所を選んだ半兵衛の懇願も聞き入れてくださるし、私のように身勝手な女の願いも聞き届けてくださる。おまけに「お前、この事は半兵衛に言っとらんのじゃろ。そんなら、わしも半兵衛には黙っとくで」と心配りまでしてくださるのだから、感謝の言葉もない。





秀吉様と話し終え、他の将たちと策を講じている半兵衛の傍へ戻った時、彼は「秀吉様と二人で何話してたの?」と尋ねてきた。けれど私は取り澄ました顔で答える。

「別に。ちょっと挨拶しただけ」

すると彼は「そっか」とだけ呟いてから、ふふっと優しく笑った。

「きみは可愛いね。忠犬みたいにずっと俺の横をついてきてさ。……ほんと、馬鹿みたいに可愛いよ。というか、馬鹿だよ、きみは」

半兵衛はまるで花を愛でるかのように目を細め、涙越しの熱い眼差しを向けてくる。その目を見てすぐにわかった。きっとすべて見透かされているのだと。私の身の程知らずな恋慕も、過度な忠誠心も、そして彼が亡骸と化した時、そのすぐ横に自刃した私の屍が転がっているであろうことも、すべて。

Ash.