(拍手文/円堂)
部活を終えた私は一人きりで寒空の下歩いていた。
1月ともなれば空気はめっきり冷え込んでしまい、その寒さは白い息となって視覚にまで訴えてくる。
正直家に帰るまで持ちそうになかった。限界だ助けてくれ!と勝手に震える身体はたったひとつのものを、温かさを求めていた。
自販機だ。さらに言えば自販機の中のコーンポタージュ。
この先の道のりを乗り越えるには彼……彼女かもしれない、どちらでもいいがとにかくその力が必要なのだ。
その温かさを想像している内に自販機がある曲がり角に辿り着いた。
この先だ! と笑顔で進もうとしたら出会い頭に誰かとぶつかりそうになってしまった。
「おわっ」
「わあっ! ……え、円堂くん!?」
「奇遇だなー! お前も帰りか!」
そこにいたのは同じクラスの円堂くんだった。
二人そろってのけ反ったが顔見知りだと分かれば円堂くんはすぐに笑顔になった。
私はと言えば、だらしない顔で歩いていたのを思い出して恥ずかしさで死にそうだった。
まさか、よりによって、円堂くんに会うなんて!
うれしくない? いやまさか大変うれしい、大変よろしい。驚いて恥ずかしくなったものの私は有頂天だった。
「円堂くんこっちだっけ?」
「今日すんげー寒いだろ? だからつい寄り道して……はは」
そう言って円堂くんは手に持っていた何かを持ち上げた。
それは缶に入ったコーンポタージュ。開封された口からはほかほかと湯気が立っており、見ているだけで溜息が漏れそうだ。
「分かるー! 私も買おうと思ってたの。しかも同じの!」
「えっ!!?」
お揃いだーと浮かれていたら、どうしてか円堂くんは突然顔を引きつらせた。
うそ、引かれた? 冬にコーンポタージュが被ったことで?
一片も想像していなかったその表情に衝撃を受けていると、絞り出すような声で話し始めた。
「コーンポタージュ……俺が最後で売り切れちゃった……」
「え。まさかそれだけ? な、なんだあ、別に他の買うから気にしないでよ!」
「しかも今、交換作業中……」
「なん……だと……」
円堂くんの横をすり抜けて曲がり角の向こう、自販機がある場所を見てみるとトラックが一台止まっており、作業服を着た男の人が開かれた自販機の前で交換をしていた。
振り返ってみればこちらを向いた円堂くんが気まずそうにしている。
確かに悲しいとは思っている。
待ち望んだ温かい飲み物が目の前に来て売り切れ、他のを買おうにも交換作業となればしばらく待たなくてはいけない。
でも思いがけず円堂くんの顔が見れて私は十分に嬉しい。
その気持ちがあれば作業が終わるまで待つなんてへっちゃらだ。
「ここまで来たら意地でも飲んでやる! 終わるまでここで待つ!」
「……じゃあ俺も待つ!」
「ええ? いいよ、円堂くん、それが温かい内に帰った方が絶対良いって」
「俺が待ちたいからいいんだよ。それに俺の方が寒いの強いし」
「うーーーーん……」
「な?」
「……円堂くんが引くわけないかあ」
きっと俺のせいでって思ってるんだろうな。円堂くんは優しいから、こんなの誰のせいでもないのに一緒にいてくれるんだ。
その誰にでも優しすぎる所が凄いのだけれど。
それから私たちは、かちゃんかちゃんという交換の音を背景に、他愛のない事を話し合った。
円堂くんの大好きなサッカーの話はもちろん、私の部活のこと、勉強のこと、新発売のお菓子や漫画、それから近所の怖いおじさんのこと。
思春期の色気なんて一片も無いような会話だけど、こんな暗いときにじっくり話すことなんて初めてだから、ちゃんと会話できているか不安だった。
けれど円堂くんはクラスにいる時と変わらずの様子で、私もいつもの調子でいられた。
違うのはクラスメイトがいないこと、私と円堂くんの二人だけだ。
調子に乗っていらないことも喋ってしまいそうだ、いや、既に私は調子に乗っているのだろう。
話に花を咲かせていると自販機の扉が閉まってばたんと大きな音がした。
いつの間にか終わったようで二人そろって顔を上げた。
うきうきしていた私だがあることに気が付いて青ざめた。
「交換したばかりってことは、まだぬるいんじゃ……!?」
その可能性に気が付かなかった。
喜び勇んでボタンを押したら出てきたのはぬるい飲み物。それを手にした時の絶望を想像したら、ああ、恐ろしい!
ぶるぶると寒さ意外で震えだした私を見た円堂くんが突然ずいと顔を寄せてきた。
「な、な」
「きゃあああッなになになに!?」
「交換したばかりの自販機で温かいの買ったら、どうなると思う?」
「え……ええ? だから、ぬるいんじゃないの?」
まるで内緒話をするように片手を口元に添えながら円堂くんは変なことを言ってきた。
顔の近さに心臓がうるさくなりながらも努めて平静に答えると、どうしてか笑顔になった。
「やっぱりそう思うよな〜!? 俺もなんだよ! あのな、ちょっと前に目金が言ってたことなんだけど。自販機って売り切れになっても、本当は一本ぐらい残ってるんだよ」
「ええ、うそっ!?」
「だから交換した後でも、ちゃんと温かいのが飲めるから大丈夫だ!」
「目金くんってどこでそんなことを……」
「さあー、パソコンとかじゃないか? あいつなんでも知ってるんだぜ」
納得したような、けれど少しだけ疑いながら自販機の前に立つ。
お金を入れてコーンポタージュのボタンを押せば、がこんと降りてきた。
円堂くんにじっと見つめられる中、おそるおそる手を伸ばしてみると。
「あっ……たか〜〜い……」
両手で包み込めば冷え切った指先に熱が広がる。顔をだらしなく溶かしながら口にすれば、円堂くんは得意げに笑った。
見ているだけで心がぽかぽかする笑顔。確かに待っている間は寒かったけれど、円堂くんがいれば平気だった。
「な、温かいだろ?」
「まあでも…………円堂くんのおかげでずっと温かかったよ」
「ん? んん?? そっか! 良かったな!」
いつかきっと、そのうちに。
ちゃんとした言葉で伝えるから待ってて。
「ところでさ、さっきの俺、頭良さそうじゃなかったか?」
「それまでずっと忘れてたんでしょ? だめだよ」
「ちぇー」
2018.1.8
拍手ありがとうございました。