やわらかな心臓が恋と呼ぶので

私には、リドル・ローズハートくんという幼なじみの男の子がいる。彼はとても優秀な人で、それはご両親の教育の賜物と周りの人は言うが、実は彼が自分に厳しく、一番の努力家だからだと私は思う。そんな彼はある日突然、性格が変わったかのように、表情が消えた。親同士が友人と言うことで、お互いの家を行き来することがあるのだが、たまに溢していた笑顔すら無くなったのだ。笑いはするが、心が困っていない、言ってしまえば嘘くさい笑顔だった。今日は私の親が仕事で遅くなると言うので、ローズハート家へお邪魔しているのだが、やはり今日も表情がなく、空っぽのようにみえる。

「リドルくん、何かあったの?」

一言、そう聞くと、彼は鋭い目をこちらへ向けてきた。一度もそのような経験がないので、思わずビクリとしてしまう。それに気付いたリドルくんは眉を少しだけ潜めた。

「君には関係ないだろ」

関係ない。そう言われればそうなのだが、小さい頃から何度も会って、同じ時間を過ごしていたのだから、お互いに気を許せる関係である自信があったのだが、どうやら違ったらしい。

「それは、そうなんだろうけど…だって気になるんだもの。…もしかして、ママと喧嘩でもしたの?」

最後の言葉を口にすると、彼は目を見開いて、怯えたような表情でこちらをみたので、軽く口にしてしまった言葉を後悔した。

「ごめん、リドルくん、私無神経だったね。私もママと喧嘩するし…私で良かったら話聞くし、思い詰めないでね!」

少し下を向きながら考えるリドルくんは、美しく、儚く、綺麗に見えた。

「ぼくは、正しいと思う…?」

小さく発せられたその一言は、彼の精一杯だったと思う。何の事かイマイチ理解できないけれど、リドルくんは勉強熱心で、時間もきちんと守るし、色んな人から褒められる人だ。それに、子どもの私でも厳しいと思える親から与えられたルールをきちんと守っている。

「正しいんじゃないかな?」

「どうして、そう思うの?」

そう聞かれたので、私はさっき思ったことを何も考えずリドルくんに伝えた。すると、彼はいきなり癇癪を起こしたように机の上に置いてあった教本を床に落とした。リドルくんのママは買い物に行ってまだ帰ってこないし、どうしようか焦った私は、とりあえずリドルくんを抱きしめた。すると一瞬にして彼は静かになり、私の背中に腕を回してきた。

「友だちが、できたんだ…僕はお母様のルールを破って、自習時間を抜け出して遊んでたのがバレて、それで、」

少しずつ話をしてくれたリドルくんは、未だに背中に回した腕を離してはくれないし、私には正直、彼にかける言葉が思いつかないが、私も彼を抱きしめた手を緩めなかった。

「ねえ…キミは、こんな僕でも、正しいと思える?」

ああ、そう言うことか。リドルくんが言う"正しい"の意味は、ママに従う自分は正しいのかと聞いているのか。自分自身を作り上げるものが正しいのかどうなのかを。そして、これから作り上げていく"自分"というものが正しいのかどうかを私に聞いているんだ。

「リドルくんはね、正しいよ」

リドルくんに笑顔で居てほしくて、間違ってると言いたい自分を騙して、リドルくんが欲しい言葉を吐くと、リドルくんは久しぶりに薄っすらと本当の笑みを零してくれた。でも何故だろう、彼の目が暗く見えるのは。

「ボクは正しく生きていく、だからキミも僕と正しく生きて欲しい。僕の隣で、正しく、ルールに沿って生きて欲しい」

可愛いくて綺麗な男の子に、ちゅっ、と可愛いらしいリップ音とプロポーズとも取れるような台詞を頂いたけれど、ドキリとしたのは、恋に気付いてしまった音なのか、身の危険を察知してなのかは分からない。しかし、この歳にして、私はとんでもない子に捕まってしまった事だけは理解した。

これから、彼が有名な魔法士学校で、性格が少し穏やかになるまで、私は彼自身と、彼の厳しいルールと深いお付き合いをしていかなければならなかった。そして、ただ単に、彼が何でも受け入れてくれる女だから今まで側に居させたのかと思っていたが、魔法士学校でオーバーブロッドして休みの時に帰ってきたと思ったら、少し性格が柔らかくなってた上に、少し赤くなった顔で、好きだと告白してきてくれ、ドキリと胸が温かくなった。