歪を泳ぐ心を君に

「なまえクン、今日は図書館で勉強する?」

「うん、そうしようかな」


同寮であるエペルと一緒に行動するのはいつもの事で、常にと言って良いほど一緒に居る。入学当初は、女である私と、綺麗で女の子のように可愛い顔をしているエペルと、こんな風に2人で歩いていると、二度見され、女の子なんじゃないかと真剣に疑われ、訳ありの私はドキドキしながら過ごしていた。訳ありというのは、女である私が男子校に通っており、この学校に通うために、学園長から出された、女性である事を知られてはいけないという条件を受け入れた私が作り出した状況なのだが。今は、女の身体を隠すために身体は魔法薬によって男性の身体を手に入れているので、バレることは、きっとないだろう。もちろん、エペルも私が女だということは知らない。私がなぜ、このナイトレイバンカレッジに通いたいかと言う話はまた次の機会に話そうと思う。


「エペル、薬学レポートに必要な本を探してくるね」

「うん、行ってらっしゃい」


軽くエペルに挨拶をして、席から離れる。今回必要な薬学の本は確かこっちだったはず…と少し奥側に移動する。図書館にはあまり人がいないのに、奥側に行くとさらに人が少なくなる。順番にタイトルを見ていくと、上から二段目の高さに探していた本を見つけた。これは手を伸ばしても届かないな…周りを見渡すと足踏み台が少し離れた場所にあった。取りに行こうと一歩踏み出すと、目の前に何かがさっと現れ、反応出来なかった私は思いっきり"それ"にぶつかった。


「ぶっ…あはははは!思いっきりぶつかっちゃったねぇ〜」

「っ、フロイド先輩…こんにちは」


やばい、非常にやばい。とても厄介な人物の一人が目の前にいる。関わった事は正直あまりない、なぜなら見つけたらすぐにエペルを引っ張って逃げるか、ヴィル先輩の後ろに隠れるかどちらかの行動をしているからである。同じ珊瑚の海出身であるので、ウツボ兄弟の噂は、よーく知っているので今まで避けていたのだ。彼らの視界に私が映ってはいけないのだ。私のことは学年も下だし、魔法薬のおかげで骨格や声も変わってるはずなのでバレる心配はないだろうが、オクタヴィネルの三人、特にこの人には気を付けなければならなかったのだ。


「ねえ、これ欲しかったんでしょー?」


"いる〜?"と目の前でブラブラとさせているものは、私が欲しかった薬学の本だ。ああ、私はこれにぶつかったのか。それにしても、どうして知ってるんだろう、ほら、怖いじゃん、言ってないのに恐怖だよ。タイトル長くて口にすら出してないのに知ってるんだもの。出来るだけ表情を変えずに、欲しいですと答えると、オッドアイの垂れ目がちな目が輪を描いた。


「ホントはあげようと思ったんだけどぉ、ちょーっと気分変わっちゃったのね?」

「なっ!…なにか私にご用件でも?」


やばいやばい、思わず手が出るところだった。人が必要としてるものを気分次第で決めるとかほんと何なんだこの人は…などと考えているうちに、ただでさえ近い距離だった彼は、長い足を一歩、また一歩と進めてきて、思わず後退りしたが、彼は、あははっ!なあに?鬼ごっこ?と笑いながら進めて来た。ホラーすぎる。もう無理だ、後ろ壁だ、捕まったらやばい気がする。本は後でエペルに頼むとして、横に走って逃げようと決めた時には、彼の長い足がドンっと壁を破壊するんじゃないかという勢いで伸びて来た。


「ねえ、俺さあ、ずーっと気になってた事があんだよね」

「お前さ、俺のこと、避けてんじゃん?なんで?」

「それに、ジェイド、アズールの事まで避けてるし…最初は別に気にしてなかったんだけど、いい加減ウザくなってきたんだよねぇ」


長い足がずりずりと床へ着くのを、私は俯いきながら冷や汗を流して見ていた。前が見れない、身体が動かないのだ。海の世界は、陸と一緒で、弱肉強食の世界なのだ、弱者は、強いものに食べられる。私は今、弱者なのだ。


「でも〜オレ、なんでか知ってっかも」


勢いよく顔を上げると、ニヤリと笑うオッドアイの瞳と目が合った。


「俺たち同郷だよね、なまえ"チャン"」


彼はいつものように、あはははは!と図書館だと言うのに大きな声で笑った。まるで欲しかった玩具を手に入れた子どものように。


「やっぱり!アズール達も別に詳しく調べずに言ってよかったじゃん!」


アズール達…?もしかして、あの二人も知ってると言うことなのだろうか…詳しく調べられてたのか私は。でもあの2人なら、私の情報など真剣にすればすぐに情報を得られそうなのに、だから視界に入らないように気を付けていたのに…あれ、でも知っていたらすぐにでも契約をとか言ってきそうな…いや、待てよ、私は今までこの人達に泳がされてた?ある程度馴染ませて、学校を辞めるという選択肢を無くすために?まさか、いや、まさか…


「フロイド、もう伝えてしまったのですか?まだ先の予定だったはずですが。」

「ええ〜だってぇ、そういう気分だったからしょうがないじゃーん」

「やれやれ、アズールにドヤされても知りませんよ」


スッとどこから現れたのか分からない同じ顔がもう一つ現れた。やっぱり、最初からバレていたのだ、彼ら三人には。


「では、なまえさん。契約のお話は今夜でも大丈夫ですよ。あぁ、安心してください、同郷ですし、アズールも無理難題は出しませんよ。彼はあの海の魔女のように慈悲深い方ですので。ふふふっ、ではまた今夜…フロイド、行きますよ。アズールに伝えなければなりません。」

「はぁい」


長い足が4本、離れていく。ズルズルと身体が地面に落ちた時にやっと息がちゃんと出来た。ハァハァと息を整えようとするが、うまく出来ない。私のこの楽しい生活が変わってしまう、変わってしまうんだ、彼ら三人のしもべにならねば、ならないのだろうか。グルグルと頭の中で最悪のことを考えていると、耳元で声がした。


「やーっと捕まえた、仲良くしようね、なまえチャン」


チュッと耳元で音がした。パッと顔を上げると、ジェイド先輩とこの場を離れたはずのフロイド先輩の顔がドアップでそこにあった。ニコニコと笑うその顔は、恐怖しか生み出さなかった。


「ヨロシクネ」


私は捕食者に捕まってしまったのだ。









「フロイド、あんな風に近寄っては逃げられますよ」

「べっつに…逃げられても関係ねーし…」

「ふふふっ、そうですか」


(フロイドと初恋相手の主人公をどうにか近付かせたいジェイドとアズール)