ながく染みついていた(前篇)

主人公≠監督生
前篇・後篇の二部構成
なんでも許せる人向け


私には付き合っている人がいる。私は彼が好きだし、きっと彼も私を好きでいてくれている。そう信じて止まなかったが、それは少し違っていたのかもしれない。アズール達がどうしてもと言うので、男子校であるはずの学校に魔力が人よりもある私は男装という形で通う事になるのだが(何をしたのかは知らないが)、全てはミドルスクールから付き合いだしたジェイドと私のことを思っての事だったと私は理解している。しかし、2年生に進級してからと言うものの、異世界から来た監督生さんに何かと肩入れしているうちの寮のトップ3。会って話すと全く変化はないのだが、私を見つけて、此方に来ようとした際にフロイドがオンボロ寮の監督生さんを見つけて、小エビちゃーん!と走っていく度に、ジェイドは私の方ではなく、"小エビちゃん"の元は行ってしまう。それが何度あっただろうか、2-3回くらいは偶々かな、しょうがないなぁと思ったのだが、ここ最近はそればっかりで回数を数えるのも辞めた。バイトの時間が終わると、アズールにVIPルームへと呼ばれた。ずーっとシフト表と睨めっこしている。


「ああなまえ、この週のシフトなのですが、監督生さんが臨時で入ってくれるというので、お休みをしてはいかがでしょうか。最近あなた働き詰めで顔色も良くありませんよ。貢献してくれるのは有り難いのですが、少しは自分の身体のことも考えなさい。」


最近はジェイドと会えて同じ空間で過ごせるのがモストロラウンジだけになっている私にとって、この時間だけが心の安定剤であり、唯一不安を取り除ける場所だったのだ。それを取り上げられてしまうのかと思うと、心にポッカリと穴が空くとと共に、どうでも良いやという気持ちが勝ってしまった。もうジェイドは私のことを、恋愛の意味で好きではないのだ。元々あの双子は面白いこと、珍しいことが大好きなのだ。そりゃあ、見慣れた私よりも、監督生さんの方に行くのも納得できるのだった。この考えが妙にストンっと胸に落ちて、頭が少しスッキリとした。


「アズール、私ずっと考えてたんだけど、体調も悪くなる一方だし、バイト長期でお休みもらいたいのだけど、良い?」

「えっ…そう、ですね…あなたが長期で居なくなるのは少し困るのですが、あなたの体調が一番ですし、承諾するしかありませんね。具体的にどのくらいの期間を目処に…?」

「うーん、一年?」

「一年!?それは流石に困ります!!」

「あはは、じゃあ、半年でいいよ」

「いえ、三ヶ月です。それ以上は許しません、困ります、経営難になります」


ぷんすか怒ってしまったアズールには悪いが、私はそのまま辞めてしまおうと思っている。監督生さんが使えるようになれば、私はお払い箱で、要らなくなるのだ。元々は一ヶ月ほどしか休みはくれないはずだったと思うが、交渉というものは最初に大きく出て、そこからが勝負なのだと知っている。三ヶ月もらう事が出来れば、その間に監督生さんが頑張ってくれて、フライドも真面目にシフトに入るだろうし、モストロラウンジにとっても良い事だらけだろう。結局のところ、代わりはどうにでもなるのだ。もちろん、彼女という立場も。


「じゃあね、アズール」


ソファーから立ち上がって、そう言えば、アズールは難しい顔をしているので、頭の上にハテナを乗せていると、カタンっと椅子が動く音がした。気付けば、ソファーの横に立っていて、ガシッと腕を掴まれた。


「あなた、昔から何かと交渉術に長けていましたよね?それに、他人には騙せても、僕やフロイド、もちろんジェイドは見抜きますよ。あなたのその表情かお…悪巧みをしている顔だ」

「…悪巧み?わたしは悪巧みなんて考えてないよ。」

「いえ、絶対に何か僕らに負になることを考えています。」

「だから違うって言って…」


「何をしているのですか、アズール。離していただかないと、彼女の腕が赤くなってしまいます。」


長い足をせっせと動かして、私の腕からアズールの掌を遠ざけていく。肩を抱きながら大丈夫ですか?と聞いてくれ、少しキュンっと来るかと思ったら来なかったので、わたしも案外、ひどい女だなと思った。あのジェイドがアズールに対して珍しく怒っているにも関わらず、私は何も思わなかったのだ。前なら違う、アズールは悪くないし、喧嘩ではないとすぐに言っていたはずなのに。それもすべて、ここから居なくなるために無意識のうちに行なっている事も理解している。それが私なのだ。


「ジェイド、私ここ最近気分が悪くて…少しアズールにお休みもらったの。」

「最近顔色が悪いようで心配していました。アズール、すみません、少し勘違いをしていたみたいです。」

「いや、いい…僕もレディーの腕を掴むなんて野蛮な事をした。」

「なまえ、部屋に一人で戻れますか?少しアズールと話がしたいので。もちろん、無理でしたら…」

「ううん、大丈夫!一人で帰れるから、またね」


逃げるようにその場を離れてしまったのは心に余裕がなくなってきたからだ。小走りでモストロラウンジを後にしたのだが、ジェイドは何かに気付き始めている、そんな気がしてならない。でも、ジェイドは特に何も思わないのかもしれない。だから、私を送ってからアズールと話すという順番にしなかったかもしれない、昔ならジェイドは絶対に私を…そう思うと足が一気に重くなり、ただただ、校内を歩き回る。部屋に戻る気分にはなれなかったのだ。


「あれ、なまえじゃないッスか」


バイト帰りッスか?と近寄って来たのはラギーだった。ラギーはシフトも被ることが多かった為、それなりに仲良くしてもらっているし、私が女だと言うこと、ジェイドと恋仲であることを知っているのだ。


「最近顔色悪そうだと思ってたんスけど、大丈夫ッスか…?あの人がこの世界に来てから、こう…ねえ?」

「ふふっ、気を遣ってくれてありがとう。嫌な事もあったけど、解決しちゃったかな?」

「え、別れたんスか!?なーんちゃって!あの人が離すわけないッスよね」

「だったら良いんだけどね」


明日も早いからと言う事で軽く手を振って別れ、少し遠回りをしながら、オクタヴィネル寮へと続く道をとぼとぼと歩いた。すると、前方からジェイド!とアズールの声がして、見上げると、ジェイドが監督生さんの肩を抱いて、さっき私にしたみたいに"大丈夫ですか?"と心配そうに尋ねていた。監督生さんが倒れそうになって、ジェイドが助けた、ただそれだけのように見えた。


「寮までお送り致しましょう、さあフロイド!一緒に行きますよ」

「はぁい」


監督生さんは寮まで送るの?彼女の私は1人で帰るように言ったくせに?あれ、なんでだろう、すごく悲しいなあ…頬を伝う涙がキラキラと光り、ぽとんっと地に落ちた。ああ海へ戻りたい、海の中なら涙なんてすぐに消えてしまうのに。床の上で弾かれた水の塊が、まるで私の心をそのまま映しているようで…


私はもう、要らない。




前編 end