憧れの先輩

 俺と付き合ってください。

 私の目の前で頭を下げ、しゃんと腕を伸ばす宮城リョータ先輩。私が中学生の時から憧れだった存在だ。
 おいかける様に同じ高校に進学し、私の事なんて忘れているだろうと思ったのに、リョータ先輩はこうして私の事を覚えていた。
 それだけで十分心は満たされるのに、まさか告白までされるなんて…。
 私は一呼吸して、リョータ先輩の手を握った。

「はい…!よろしくお願いします…!」
「え?…え!?まじで!?」

 私の返事に驚いて後ずさりするリョータ先輩。私はリョータ先輩の手が離れない様にギュッと握り絞めた。ようやく届いた想いをしっかりとこの手で繋ぎとめて置きたかったから。

「私、ずっとリョータ先輩が好きだったんですよ。だから、凄く嬉しい」

 喜びが満面の笑みとなって零れる。リョータ先輩は少しだけ赤くなった頬を隠す様にそっぽを向いた。女の子慣れしてそうな雰囲気なのに、初心な反応で何だか可愛い。
 リョータ先輩の新たな一面を目にしたみたいで、嬉しい。

「じゃあ…ユメコちゃん、今日からよろしくね!」
「はい…!よろしくお願いします!」

 高校一年生になって私は憧れだったリョータ先輩と付き合う事になった。





 放課後の体育館。いつもの様に湘北バスケ部はハードな練習を行っていた。しかし、いつもより緩やかな雰囲気である。
 その理由をあげるとすれば、ひとつはキャプテンの赤木が課外教室に出席のため不在であること。そしてもうひとつは…

「なんかリョーちん、今日凄く機嫌が良いような…?」
「ああ、わかる?そうか…そうだよな…わかっちゃうよなあ」

 赤頭の花道がそう首を傾げると、リョータは余裕綽々とした顔で言った。リョータの浮かれた雰囲気がプレイスタイルにも現れている。

「ついに俺にも春が来たってな」
「それってつまり…」
「宮城リョータ、彼女が出来ました」

 キリッと格好つけながら言うリョータ。その言葉に衝撃を受けたのは花道だけでなく、小暮や三井、あの流川までも動きを止め、目を見開くほどであった。

「誰なんすか!リョーちんを好きになる女の子って…!」

 気になってしょうがない花道にリョータは「まあまあ」と得意げな顔で宥める。さらに「ごほんっ」と咳払いなんかして勿体ぶった挙句、

「1年7組のユメコちゃん」とついに口にした。

「なっ!?あ、あの夢有ユメコさん!?学年でもトップクラスに可愛いと言われている…!」

 実のところ過去に桜木が告白をしようと狙っていた女子生徒のひとりである。

「嘘だ!」と花道が苦しまぎれに声を荒げる。どうもリョータに彼女が出来た事、それも学年トップクラスの可愛い子であることに納得がいかない様だ。

「ほんとだ、ばあか」

 リョータは口を尖らせながら言った。余裕ある態度に花道の動揺はさらに高まる。

「あんな可愛い子がリョーちんを好きなるわけない!」
「おうおう勝手に言ってろ、モテない男のひがみは見苦しいなあ」
「リョーちんのくせして…!」
「お?なんだやるか、花道」

「いい加減にしろー!!!」

 火花を散らし始めたふたりの頭にパシッパシッと痛々しい音が響いた。

「あ、あやちゃん…」
「彩子先輩…」

 勢いよくふたりの頭を打ち付けたハリセン。赤木が不在の今、場の空気を整えるのはマネージャーの彩子の役目だった。
 ふたりは彩子のハリセンによって多少冷静さを取り戻したらしく、花道はリョータに彼女が出来た事が信じられないという独り言をぶつぶつと呟きながらその場を離れた。

 彩子と一対一になったリョータは僅かに動揺していた。少し前まで彩子に猛アタックしていた自分に彼女が出来た事。

(あやちゃんはどう思ってるんだろう…)

「リョータ、本当にその子の事、ちゃんと好きなの…?」

 彩子の目は不安げに揺れていた。恐らくこの時、彩子はまだリョータの心が吹っ切れていない事を見抜いていた。
 彩子を忘れるために他の女の子と付き合う。

 リョータは咄嗟に視線を逸らした。そうして視線を逸らした先にはユメコの姿があった。

「あ…ユメコちゃん…」

 視線の先ではユメコが恥ずかし気に小さく手を振っていた。リョータを目にしただけで真っ赤に染まる頬。熱を逃がすために片耳に髪をかける。それでも顔の火照りは解せず、風を送る様にパタパタと手で扇いでいる。
 一つ一つの仕草がリョータの目には眩しく映った。

(俺は、ユメコちゃんが好きだ…好きになる…!)

 リョータはそう心に誓うと、
「わりぃ。たいちょー悪いから早退するわ」
 とケロッとした顔で言った。

「ちょっと!リョータ!」
「わー!!!これからデートに行くんだな!?」

 彩子と花道の言葉を聞き流し、
「ダンナに上手い事言っといてくれ」
 と手を振って去っていくリョータを誰も止められなかった。




 
「練習サボっちゃって大丈夫なんですか…?」

 私は上目遣いに隣を歩くリョータ先輩を見た。
 放課後、バスケ部の練習を覗きに行ったものの、早々にリョータ先輩は「帰ろうぜ」なんて言って、私の肩を抱いて、体育館をあとにした。
 そして今、ふたり肩を並べて帰路についている。

「大丈夫大丈夫、ユメコちゃんが心配することないよ」

 そう言ってリョータ先輩はケロッとはにかんだ。綺麗な白い歯が覗く。少年のような眩しい笑顔だ。そんなリョータ先輩の笑顔を見ていると自然と笑いが込み上げた。こうしてリョータ先輩と恋人関係になれたこと。一緒に帰れること。色々な喜びが重なって、もう無表情に戻れないくらいうれしかった。

「そんなに笑う…?」

 リョータ先輩が困った様に眉を下げる。

「はい。リョータ先輩、昔と全然変わってなくて」

 中学生の時からリョータ先輩は眩しい存在だった。どんなに自分より背の高い相手でも臆することなく、素早い器用なドリブルと的確なパスでチームのみんなを引っ張る存在だった。

「きらきらした性格と…あと身長も…!」
「お?言ったな!」

 リョータ先輩の手が私の頭を荒く撫でる。こうして縮まった距離が嬉しい。

「あはは、やめてくださ〜い」

 本当は止めて欲しくない。こうやって触れ合えるなんて夢みたい。

 次第にリョータ先輩の手がポンポンと優しく私の髪を撫で始めた。

「でも、ユメコちゃんは可愛くなったし、綺麗になった」
「へ…?」

 リョータ先輩の眼差しが優し気に揺らいでいる。

「昔から可愛かったけど、なんていうかもっと…花の似合う女性になったみたいな」

 その言葉に思わずクスッと笑ってしまった。まさか、リョータ先輩の口からそんな愛らしい響きが聴けるなんて思いもしなかった。

「リョータ先輩、面白い」

 なんだよ笑うなよ、と口を尖らせ、照れた顔で言うリョータ先輩。今まで見てきたリョータ先輩とは違う、新たな一面。これからも、もっとたくさんの知らない一面を見つけていきたい。




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