愛ゆえ

 私って色気に欠けるのかしら?

 正直なところ副船長ベンベックマンにとって、一番手っ取り早くて身近な女だと思っていた。
 酒場で吞み明かす時、盛り上がりがピークを越したタイミングで大抵ベンは肩を抱いていた女性を連れて夜の歓楽街に消えていく。誰もが認めるプレイボーイなのだ。早朝、船に戻ってくるベンにとても無邪気な顔で、おかえり、と抱きついていた幼少期が懐かしい。

「ベンは私とエッチするかな?」
「ぶっ!はぁ!?なんだ急に」

 唐突な私の台詞にホンゴウは流し込んだばかりの酒に咳き込んだ。

「まだ一度も抱かれたことがないわ。あんなにプレイボーイさんなのに」

 悩ましげにカウンターに肘をついた。

「ならお前の方からお願いしたらいいんじゃないか」
「それじゃロマンチックじゃないもの。初めてはもっと雰囲気ある感じがいいでしょ?」
「お前、ヤッたことねぇのか」
「そうよ。ずっとこーんなに小さい時から大好きなベンに抱かれるのを待っているの!」

 心底呆れた様に吐息をつくホンゴウを横目に、私は自分に何が足りないのか頭を悩ませる。

「誘ってみたら良いじゃねぇか」
「…エッチしたい、て?」
「ばーか、んな直接的な話じゃねぇ」

 理解が及ばない私に悪態つくホンゴウを細目に見てやった。けれど、何やら策があるみたいで意外にも協力的なホンゴウに「勿体ぶらないで教えて」と縋ってみる。

「チラリズム。男は匂わせられるとそそるんだよ」
「例えば?」

 こいこい、と手招きするホンゴウ。私は彼の口元に耳を寄せた。その間、視線は船員に囲まれながら酒を飲むベンを捉えたままで。ポーカーフェイスの彼でもこういう場では綻ぶ回数が増える。グラスを傾けるその横顔に思わず見惚れた。

「…てお前聞いてるか」
「わっごめん。意識飛んでほぼ聞き流してた」

 おい、と額を小突かれ、ごめんごめん、と両手を合わせた。

「もう一回お願い!教えて?」
「お前ってやつは…目は副船長に向けててもいい。耳はこっちに集中しろ」

 はーい、と酒の回りもあって陽気に手を挙げた。すると、その声がシャンクスの耳に届いたらしく「おうなまえ!随分と呑んでるな!カンパーイ」なんて言われた。今はベンを落とす為の作戦会議中なんだから注目を集めさせないで、と思いつつ、酔いが回った宴の場は空気の流れが早い。あっという間に皆んなの視線は散らばった。

 では改めて、と私はもう一度ホンゴウに身を寄せる。
 うんうんと聞いてる間、相変わらず視線の先にはベンがいた。今日は隣に女性はいない。胸の痛みが和らぐ。けれど、この後ベンは夜の歓楽街に脚を伸ばすのだろう。ふとベンの鋭い眼差しが私の目を射抜く。ハッと息を呑んだと同時に彼はニヒルに笑った。

「よし、分かったか?」
「…あっ!う、うん!」
「お前…その焦りようは聞いてねぇだろ」
「ちゃんと聞いてたわよ!証明に実践するから付き合って!」

 確かに私の脳は目から得たベンの情報で容量満帆になっていたけれど、その隙間にはちゃんとホンゴウが教えてくれた匂わせるワザを聞いていた。

「はぁ…ねぇ、ホンゴウ?」

 私はホンゴウの太ももを指先でそっと撫でる。ツーっとなぞる様に指先を胸元へ、身を寄せた。そして、上目遣いに「酔った」と吐息混じりに言ってみた。慌てた様にホンゴウは目を逸らす。

「これは副船長もやられる」
と見事にお褒めの言葉を貰えた。

 さっそくベンの隣へ、と思った矢先———

「おいお前らイチャつくなら俺らの目につかない所でやれー!」

 シャンクスの声に、そーだそーだ、と皆んなが口を揃えて茶化す。皆んながわらわらと笑い声をあげる中で私は頬を膨らませた。
 シャンクスは私がベンの事を好きなのを知っている。それなのにそんなイジられ方をされたら堪ったもんじゃない。

「そんなじゃない!バカンクス!気分悪くなった。先に船に帰る!」

 ヒールをカツカツと怒りをあらわにする様に出入り口へと向かう私に「悪かったってなまえ」と謝罪の声が聞こえるけれど、そんなのはお構いなし。

「おーい誰かなまえを船に送ってやれ」と声をあげるシャンクスに「ひとりで戻れます!」ときっぱり断りを入れた。いつまで子供扱いするのか、羞恥に駆られる。


:



 店を出ると夜風の心地良さに腹正しかった感情も流れていく様な気がした。日付が変わる時間にも関わらず軒並み連なる店は賑わっている。遠くの方に目をやると赤髪海賊団の旗が揺れていた。安全が保障された港町は活気で溢れている。
 
「ねぇお姉さんひとり?」
「遊ぼうよ」

 心地良い夜風に気分が良くなったのも束の間。酒の匂いを漂わせた男が二人。私は鋭く彼らを睨んだ。 

「そんな顔しないでよ」
「いいことしてあげるからさ」

 あまりにしつこく、挙げ句の果てには腕を掴まれた。赤髪海賊団の女を舐めるなよ、と腕を一捻りしてあげようとした時だった。二人の男はあらぬ方向へ投げ飛ばされていく。

 「え」と突然の出来事に驚いて、振り返ると——

「ベン…!」

 ベンは煙草を加えたまま、何食わぬ顔で私の肩を抱く。

「どうして…?」
「ちょうど酒場を抜け出すタイミングだったんだ。そしたら絡まれてるお前さんを見つけた」
「そう…」

——なんだ、私の為に来てくれたわけじゃないんだ。

 この後ベンはこの腕の中に別の女性を抱く。それなのに容易く肩を抱かれるのが嫌だった。
 私は振り払う様にベンの目の前に立った。

「ひとりで撃退できたんだよ!」
「ほう…?あんな小さかった子がそんな立派になったのか」
「そうよ…!昔とは違うんだから」
「ふっ、まァせいぜい俺がいる時は甘えとくんだな」

 そう言って頭を撫でてくるベンの手は大きかった。昔と変わらない、その優しさに胸が痛い。

 船に着くとベンは私を部屋まで送ってくれた。ふとベンの温もりが遠く感じる。

「じゃぁひとりで寝れるな?」

———ほらまた。

「…うん。もう子供じゃない…」

 おやすみ、とベンは私の頭を撫でる。

「待って」

 私はベンの大きな手を両手で掴んだ。そしてそれを自分の胸に引き寄せる。心臓の鼓動がベンに届く様に。恥ずかしくて顔は上げられない。

「さっきの酒場でシャンクスが茶化したあれ…見てたでしょう?」
「ああ、随分と色気の帯びた女に見えた」
「ホンゴウは違うの…」

 私は首を振った。そして、顔を上げる。ベンの目を見て言った。

「私が本当に誘いたいのはベンだよ」

 手が震える。素直な気持ちを言葉にするのはこんなにも勇気がいるんだ。

「だから行かないで。他の女の子のところに行かない…んっ!」

 唐突だった。ほのかな煙草の香りが口内に広がる。そんな大人な香りとは似つかないくらい触れる唇は柔らかい。緩んだ唇の間から舌が絡んでくる。柔らかくて包み込む様なキスに腰が抜けた。それを支えるようにベンの手が腰を支える。

「なにへばってんだ」
「だって…気持ち良くてびっくり…」
「相当感度がいいみたいだな」

 くくく、と喉で笑う声に胸がきゅーっと締め付けられた。ベンの指先が濡れた唇をそっと撫でる。切ない眼差しは何を思っているのだろう。

「手を出すつもりはなかったんだ、だがお前さんから誘われたら断る道理がねェ」

 理性的な男が感情に流される瞬間を目にしてしまった。

「覚悟しろよ?」

 ベンはもう一度、私にキスをした。


 


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