夜明けを信じて

 未来を与えてくれた方が死んだ。
 なまえは疾風の如く、炎で包まれた城へと空を駆けていた。
 約束を果たしたにも関わらず、その命を閉ざされた主を想うと込み上げる怒りと悲しみは涙となって流れていく。

「トキさま!!!」
「なまえ!」

 ヒトのカタチに戻ったなまえは炎が回っていない上階にてモモの助と日和を胸に抱くトキに駆け寄った。
 
「おでんさまが…!」

 自身が目にしたおでんの最期を伝えようとするも唇は震えるばかり。トキは言葉に詰まるなまえに全てを察した様子で頷いた。そして慈愛に満ちた瞳でモモの助や日和と等しく、我が子同然に想うなまえを包み込む。

「よく無事に戻ってきましたね。大丈夫。あなた達は必ず私が逃すわ」
「トキさま…」

 齢七年、彼女の目に映ったおでんの最期は誇らしくも絶望を突きつけられる光景であった。

 途端に城内が震えた。トキは一層子供達を抱きしめる。天守閣より突如としてカイドウが現れたのだ。衝撃から子供達を庇ったトキは意識を飛ばし仰向けに倒れた。そんな母を案じて揺する日和。

「モモの助さま…!」

 離れゆくモモの助に伸ばす手は虚しく宙を掴んだ。カイドウはモモの助を鷲掴み瓦屋根へと、その命この手にある事を見せつける様に空へと秤にかけた。
 名は、と問うカイドウにモモの助は嘆いた。なまえは震える身体を起こそうとするもカイドウの威圧に硬直し、どうすることもできない。

「光月家はお前が死んで終わりだな」

 カイドウの発した言葉はなまえの脳裏におでんの言葉を思い起こさせる。

『なまえ、お前は強くなる!ワノ国の未来をモモの助と共に築き上げてくれよォ!』

  なまえは己の気を奮い立たせた。憧憬する者への侮辱。亡き父の名を叫ぶモモの助の声になまえは発奮した。

「モモの助さまを離せ!」

 カイドウの動きがぴたりと止まる。背に感じた微かな覇気は今し方、喚き叫ぶおでんの子息に対する失望を払拭するほどの衝撃だった。カイドウの鋭い眼光がなまえに向けられる。カイドウは奇妙な光景に僅かに眉が動いた。
 少女の頭部に生えた二つの獣耳。背後で揺らぐ四つの大きな尻尾。神々しくも恐れを抱かせるその姿にカイドウは試す様に己の覇気を向ける。しかし、なまえは恐れなかった。

「その方をどなたと存じてその様な無礼を致す!」

 モモの助の涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔がなまえの声を一層張り上げる。

「この方こそおでんさま亡き今、ワノ国の未来を担う将軍!光月モモの助さまだ!!!」

 怒りと共に放たれた轟は一瞬にしてその場の空気を強張らせた。カイドウは目の前の小童が放つ覇気に青筋を立てた。
 ——覇王色の覇気を持つ小童
 目の前の敵の強さなど秤もせず己を奮い立たせるその姿にカイドウは笑う。ウォロロ、と蠢く笑いになまえは歯を食いしばる。
 カイドウは手に握るモモの助を投げ飛ばした。

「城と共に燃えて死ね……」

 モモの助を庇う様に駆け寄るなまえ。その身体は宙に浮いた。

「お前はいただく。根性は良い。その忠誠心も。あとは心をへし折るだけだ」

 目の前の鬼の形相になまえの体が僅かに震えた。

「なまえ…!」

 トキが名を叫ぶ。我が子を危機に晒された母が見せる恐怖の顔になまえは声を張り上げた。

「トキさま!わたくしの君主はモモの助さまのみ!決して屈しません!」
「なまえ…!はたとせ…二十歳の辛抱を…!」

 なまえはその言葉の意を信じ頷いた。薄れゆく意識の中、モモの助に目を向ける。涙と鼻水でぐしゃぐしゃな若将軍に、なまえは白い歯をのぞかせ、笑ってみせた。夜明けを信じて———。


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「なんですか…!これは…」

 キングは足元に投げ捨てられた、傷だらけの小童をまるで死にかけの虫を見る様に睨んだ。帰還したかと思えば、この始末。

「こいつぁ使い方次第で強い戦力になる」

 何を以てそう断言するか、キングは小童を足先で小突き、顔を上に向けた。まだあどけなさの残る少女にカイドウの言葉の意図が読み取れない。

「キング、侮るんじゃねぇぞ…俺はこの餓鬼の力をよく知っている。場合によってはお前の立場も脅かす存在だ」

 世話をしろ、とカイドウはキングの呼び止める声を無視し、その場を立ち去った。

「なぜ、俺の立場を危うくする存在を俺が面倒を見なければならない…?!」

 あの人の考えることは想像に及ばない、とキングは吐息を溢した。カイドウとは長い付き合いになるものの互いの過去に干渉はない。しかし、これまで目にした事のない出来事に、カイドウの過去に深くこの小童が関係しているとキングは仮定した。

「ぅぅ…」

 キングは小童を持ち上げた。力加減が分からず、苦しげな表情をする小童に問いかける。

「名は」
「……なまえ」

 素直に答えるものの眼差しは鋭く、反抗的な瞳をしていた。キングはなまえにとって初めて目にするであろう己の姿に恐れを抱かないその心は賞賛した。だが、カイドウのいう世話をしろ——それが意味する、戦闘において使えるものにしろということを理解しているキングはなまえを絶望へと誘った。

「…お前はこれから身が悲鳴を上げる程の痛みを受けることになるだろう。耐えるか、死ぬかだ」

 なまえは決して目を逸らさなかった。彼女の闘争心はたぎっている。キングは暇つぶしになるだろう、とマスク越しの口元を緩ませた。
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