ひとり胸のうちに抱える重荷を苦と感じないわけは、このような状況でもそばに寄り添うトキはもちろん、モモの助、日和、そしてなまえ——子供たちの笑顔にあった。
約束の時まで何を言われようと構わない。
うちに帰れば、子供たちが笑顔で出迎えてくれる。その無垢な姿が何とも眩いとおでんの心を照らした。
「おでんさま!わたくし、自在に耳と尾をあやつれるようになりました!」
「おおー‼︎凄いな!なまえ!」
「せ、せっしゃも!稽古にべんがく!はげんでおります!ちちうえ!」
「ちちうえ〜!」
子供たちは、おでんの帰りを楽しみにしていた。子の成長は早く、頭を撫でれば、頭がこの位置にあったか、と手に伝う成長に心が潤んだ。
なまえは、んっ、と踏んばり、頭部に二つの獣耳、背後に四つの尻尾を出してみせた。初めてこの姿をおでんが目にしたのは、ふとした拍子であった。
ひと月前、涼しい風が吹き抜ける座敷で家臣たち含め皆で寛いでいる時だった。急なアシュラ童子の台風のようなくしゃみに驚いた拍子に、ぽんっ、となまえの頭部に獣耳が二つ、背面に尻尾が現れたのだ。
「なまえ!俺たちと同じミンクなのか!」
「違うだろ!どうみても人の子だ!」
「悪魔の実の能力か…?」
皆が、わなわな、となまえを囲む中、おでんだけは冷静だった。まるで何か知っているかのように。
ふと、おでんの耳に自信のない声が届いた。
「なまえは、よいな…せっしゃにはそのようなちからはない…」
弱々しいモモの助の呟きは、皆の目を丸くした。正直なところ、モモの助の成長はなまえと比して遅れていた。しかし、それはなまえの成長速度が異常値なだけであって、決してモモの助が気を病む必要はなかった。近くでなまえの成長を目にすると比較してしまうのも無理はない。それはなまえにも伝わっていた。
なまえはモモの助の頬をふさふさと尻尾で撫でた。するとモモの助がくすぐったそうに笑いながら顔を上げる。
なまえはモモの助の手を握る。
「このチカラはモモの助さまのものです」
モモの助は目を丸くした。なまえはモモの助の手を自分の心臓に当てた。ヒトの脈打つ鼓動に手が触れたのが初めてだったモモの助は頬を赤らめる。そんなモモの助を他所になまえは云う。
「モモの助さまが必要としたときにわたくしはこのチカラを使います!ゆえにこのチカラはモモの助さまのものでもあるのです!」
その立派とも言えるなまえの発言におでんが大きく口を開けて笑った。
「すっかりなまえはモモの助の家臣のようだァ!」
「もんちろんでございます!わたくしがモモの助さまをお守りするのです!」
頼もしいな、とおでんはなまえの頭を撫でた。
皆が寝静まる、静かな夜。日中は活発な子供たちも寝息を立て、小さく丸まっていた。
月夜のもと、トキとおでんは言葉を交わす。二人きりで過ごすことは減ったものの、時にこうして夫婦水入らずの時間を過ごせることをトキは心から幸せだと感じていた。
どんなに周りがおでんを情けない、赤っ恥、と揶揄しようと彼女の心がおでんから離れることはなかった。
今もこうして、月を眺めるおでんの横顔を目にすれば、心はときめいてしまう。
ふと、背後で軽い足音が耳を撫でた。
「…トキさま、おでんさま…」
なまえの小さな声が二人の名を呼ぶ。
「まあ、眠れない?」
なまえはこくりと頷いた。トキは微笑みながら、なまえにこちらへと手招きする。なまえはトキの膝元に身を預けた。次第に小さな寝息が聞こえてくる。
トキは潜めた声で言った。
「おでんさんがこの子を連れてきた時…すぐに彼女の面影を感じたわ」
「ああ、俺もだ。驚いた」
二人のまなこに浮かぶ人物は共通していた。
「おでんさん、彼女はもう——」
「語るな。あいつが望んだ選択を俺たちが悲観するのは違う」
「…ええ、そうよね」
星空を見上げるトキの頬にツーッと涙が伝う。
——のう、トキ。そなたもはるか昔から来たと申したな。わっちも随分と昔からこの世界を見ておる。時に残酷で時に美しいこの世界で何を糧に生きているか、ようやくここに来て答えが見えた気がするのじゃ。
——あなたにとって彼が、その答えなの
——そうかもしれん。わっちはあやつを愛しておる
トキは頬の涙を拭った。そして、笑ってみせた。星空の向こう、心に想う人物に語りかける。
『見ていますか。あなたが残した小さな可愛いたからものを私は命をかけて守ってみせます。どうか、見守っていてください』
「…不思議な巡り合わせね。一度は同じ船に乗っていた子たちがこうしてまた再会出来るなんて…奇跡だわ」
トキはおでんと出会い、船旅をした記憶を辿る。
「俺たちは運命に導かれたのかもしれない。モモの助、日和、なまえ。子供たちは俺たちが絶対守らなきゃならねェ」
「ええ、分かっています。この子達の未来を奪うわけにはいかない」
今はまだそれぞれの国を統べる者たちがオロチの脅威から郷を守っている。しかし、いずれにせよ、その均衡が崩れるのは確かだ。
もしそうなってしまった時、子供たちが生きる未来に絶望をもたらしたくない。
その時が来たら覚悟はできている。おでんは拳を握った。
トキはなまえの髪をそっと撫でた。
「この子には私たちから伝えるべきなのかしら…」
「いいや、いずれ自分の足で辿り着くさ!首にぶら下げた巾着の中にビブルカードが入っていた。それはなまえを白吉っちゃんのもとに導いてくれる」
トキは頷く。そして静かに眠るなまえにとても慈愛に満ちた眼差しを落とした。