なまえはサングラス越しの傳ジローの瞳へ訴えかける様に言った。その声はこの後の討ち入りに精神を研ぎ澄ます家臣たちの耳を揺さぶった。
五年の月日が流れ、おでんは敬愛するものたちを侮辱され、失い、ついにカイドウへ討ち入りを決めた。決行準備の最中、なまえはこれまで目にしたことがないただならぬ空気に、全てを察した。そして、己もカイドウ打倒に着いていく、と声上げる。
「だめだ。これは遊びじゃねぇんだ」
傳ジローの腰ほどもない背丈のまだ幼いなまえを連れていくわけにはいかない。いくら戦う術があろうとも、それは決して出来ないことであった。
「おでんさま!わたくしも行きます‼︎」
おでんはなまえの頭を撫でた。そのおでんの大きな手が触れるたびになまえは、おでんと出会ったあの雪の日を思い出し、この温かな手に触れられて良かったと心から思うのであった。
「なまえ、モモの助を守ってくれるか」
なまえはおでんの真っ直ぐ、真剣な眼差しに心が揺さぶられた。その覚悟はある。
「…はい‼︎」
とお腹から声を上げる。するとおでんはニカッと笑ってみせた。
「なまえ、お前は強くなる!ワノ国の未来をモモの助と共に築き上げてくれ!」
この日がなまえとおでんが言葉を交わした最後の日だった———。
おでん及び家臣九名の公開処刑が決まった。その知らせが子供たちの耳に届いたのは、公開処刑当日のことだった。
とても静かな日だった。空はよく澄み渡り、とても十人の男が処刑を下されるなど信じられないような空模様だった。
なまえはそんな空を眺めていた。その小さな背中をトキは不安げに見つめる。刹那、なまえが振り返った。
「トキさま、わたくし行って参ります」
その言葉にトキは血相を変え、なまえに近づく。そして、小さな体を包み込んだ。
「だめよ…!あなたを行かせるわけにはいかない‼︎」
トキのなまえを抱く腕に力がこもる。決して行かせない、と言わんばかりの抱擁になまえは戸惑った。
「トキさま…苦しいです…お顔を見せてください」
なまえの絞るような声にトキは、はっ、と我を取り戻すかのようになまえに目配せた。
「トキさま、わたくしは本来、ここにいるべき人間ではないのです。あの雪の日、おでんさまの温かな手に救われたおかげでこうして生きることができたのです。おでんさまは、わたくしに未来を与えてくれました。このお命、おでんさまあってのものなのです」
トキはなまえの口から出る言葉に涙を堪えるように首を振った。途端に突風が舞う。
「いってはだめ…!なまえ…!お願い!もどって…!」
トキの手が空虚を掴んだ。風を掴むことはなかった。震える拳を落とすと、涙が頬を伝う。
「ははうえ〜!」
「どうしたの?ははうえ!」
母の顔を不安げに覗くモモの助と日和をトキは、腕に抱きしめた。
「モモの助さまを離せ!」
轟く咆哮とも言える声にカイドウは体が止まった。その咆哮はカイドウの記憶を揺さぶる声に似通っていたのだ。
背に感じる微かな覇気。なんと懐かしい。
カイドウはゆっくりと振り返る。そして、目に留まった神々しい妖狐の姿に目を見開く。途端に、己の覇気を向けた。しかし、目の前の幼き妖狐は持ち堪えた。否——その背後に、この手に掴み取ることができなかった妖狐を見た。幻か、と瞳をカッと見開くと、その妖狐は笑った。
「その方をどなたと存じてその様な無礼を致す!」
幼き妖狐の叫びにカイドウの幻は消えた。
「この方こそおでんさま亡き今、ワノ国の未来を担う将軍!光月モモの助さまだ!!!」
放たれた覇気は、まだ痒い程度のもの。カイドウは笑った。自分に牙を向ける幼き妖狐をこの手に収めたいと思ったのだ。あの時代、この手をすり抜けた妖狐を今、この拳に——
「城と共に燃えて死ね……」
なまえは放られたモモの助に駆け寄る。しかし、その体は宙に浮いた。目の前に現れた鬼の顔、カイドウになまえは、ひぃ、と息を呑んだ。しかし、怯えてはならない、と犬歯を覗かせる。
「お前はいただく。根性は良い。その忠誠心も。あとは心をへし折るだけだ」
カイドウの威圧に体は震える。死など怖くない、と心で幾度も唱えた。
「なまえ…!」
トキの名を呼ぶ声に首を捻る。美しく優しいトキの顔を歪ませたくない。なまえは震える口を開いた。
「トキさま!わたくしの君主はモモの助さまのみ!決して屈しません!」
「なまえ…!はたとせ…二十歳の辛抱を…!」
なまえは首を縦に振る。遠のいていく意識の中、モモの助を見つめた。泣きじゃくるその顔に、力一杯歯を覗かせた。