「なまえ〜!どこにおる!」
モモの助は風の方角へ進んだ。なまえの姿が見えなくとも風の道がモモの助を彼女のもとへ導く。
「あにうえまって〜!」
日和はおぼつなかない足取りでモモの助のあとを追う。その声に振り返りながらも、モモの助は風の行方を辿ることに心がとらわれていた。突如、ふわりと風がモモの助の頬を撫でた。それは、モモの助の体を吹き抜けていく。
「わぁなまえ!見つけた〜」
「日和さま」
モモの助が振り返ると日和が人懐こい笑みを浮かべ、なまえに抱きついていた。それをなまえは目を細め、受け止める。仲むずましい光景はまるで姉妹の様だった。
「大豊作!さすが土が生きる九里の地だ!」
わはは、と笑うおでんの傍でトキは口に手を当て微笑む。後方ではさぞ喜ばしげにそろばんを弾く傳ジローが控え、その隣の錦えもんは、せっしゃにはわからん、と肩を窄めた。
「狐は豊作の神じゃ」
「まるでなまえが運んできた様なものだな」
「豊作の神にお手合わせ!」
ネコマムシはなまえに向かって肉球を合わせた。同じく、イヌアラシもむにゅ、と肉球を合わせる。それを見た河松も、カッパッパッと笑いながら手のひらを合わせた。
「ワノ国の古い話では女の狐は男を化かす…精気を吸い取る、という言い伝えがあるのでござる」
「神秘的な美貌だとか、一度お目見えしてみたいものだァ」
「化かされてもせっしゃは構わんなァ」
女狐の噂を語らっていると、その話を耳にしたトキが振り返る。
「本当の狐はとても愛情深くて、一途なのよ」
「トキ様は女狐に会ったことがあるのですか」
菊が不思議そうに聴くと、トキは唇に人差し指を添えた。
「ふふ、内緒よ。でもね、愛のために何百年も生きるの。そして真実の愛を見つけた時、次の世代にその身を捧げる」
トキの語り口調は記憶した古い物語をただ口にするような容易いものには感じなかった。まるで、その目で女狐の生涯を見てきた様な——それほどの現実みを帯びさせる語り口だった。
「少しばかり哀しいお話ですけれど素敵です…真実の愛…!」
頬を赤らめる菊にトキは微笑んだ。
季節は巡り、モモの助八つ、なまえが七つになる頃。なまえはすっかり、モモの助をお守りする立場としてモモの助に一歩引いた、君主を敬う接し方をしていた。
それをモモの助はぎこちなく感じていた。昔のように接してくれ、と頼むがなまえは、いけません、と頑なに首を横に振る。
「なぜでござるか…!せっしゃ、おぬしとは友のように…接したいのでごさる!」
「なりません!モモの助さま!わたくしはモモの助さまをお守りする立場ゆえ、その様な無礼はもう致しません」
小さな二人のやりとりを家臣たちは微笑ましく見守っていた。
「すっかりなまえも立派な家臣のようだなァ」
「うむ!確かになまえは己の力を認知し、ちゃくちゃくと技を磨いておる!」
「ふふ、まだまだせっしゃ達がお守りしますけれどねっ」
子供たちの成長は家臣たちにとっても喜ばしいことであった。おでんのことを慕っているのはもちろんのこと、この成長を見守るためにも誰一人、この光月城から出て行こうとしないのだ。
「なまえはどのような男を好くのだ…!」
唐突なモモの助の声に皆が目を丸くする。モモの助がなまえを好いていることなど、見え見えなため、家臣たちはその状況をそっと見守っている。
「とつぜん、なんですか…!」
「せっしゃに仕えるのなら隠しごとはなしでござる!」
確かに、となまえは妙に納得してしまった。そして少し恥ずかしそうに口を結んだ。ひとつ小さな息を吐くと意を決した様に口を開いた。
「おでんさまのように刀を振う男子は格好良く、惚れ惚れしますゆえ、旦那さまにするならその様なお方が良いのです‼︎」
勇気を振り絞って口にした、という様に顔を赤くするなまえをモモの助はしばらくの間、惚れ惚れと見つめ、顔をふいっとなまえに背中を向けた。
「そうか…よい、こたえだ!」
翌日からモモの助の素振りは何かが宿ったように様変わりしたのを事情を察したアシュラ童子はニヤニヤとその光景を楽しみ、菊は手を頬に当て瞳をきらきら輝かせた。