———ドンドットットッ——
ドンドットットッ———
——ドンドットットッ——ドン———
脳を揺さぶる鼓動。闇を切る一筋の光。
「この鼓動…しってる…」
なまえは意識の浮上と共に重い瞼を持ち上げた。
月に重なる一つの影。
愉快なリズムで現るその姿——
『…なつかしいのう…"ジョイボーイ"』
なまえの潤んだ瞳に写るルフィは愉快に地を跳ねていた。雲の様に真白く、常時に増して弾力性を帯びた身体がこの地に反した自由を象徴している。
なまえはその姿に自然と涙した。しかし、口は笑っていた。自然と綻んでいた。
あははは、あははは、と笑い声が二重になった。
「…なに?!意識を取り戻したかァ妖狐…‼︎」
カイドウは自身の首元に目配せた。カイドウの体に縄で括られたなまえがそこにいる。
「頑丈すぎて…解けない…!」
身を捩らせようとも縄が緩むことは無かった。
「これじゃぁ、本気で戦えないじゃない…!」
ジョイボーイ‼︎
「お前…!今何と口にした…!」
「!?…何も言ってないわ…!」
空耳かとカイドウは確かに耳にしたその名に心臓がばくばくと震えるのを感じた。まさか目の前のふざけた戦いをする男が自分を撃ち倒す男など信じられない。カイドウは雄叫びを上げた。
「ルフィ…!このままカイドウを倒して!」
ルフィが本気で戦えない理由があるとすれば、自分にある。なまえは叫んだ。
するとルフィは腹を膨らませ、吐き出す様に言った。
「お前の事はモモと助けるって約束したんだァ〜〜〜‼︎‼︎」
ルフィの叫びはカイドウの一撃により空中へと飛んでいく。
「ルフィ‼︎……って戻ってきたァー⁉︎」
散っていくかと思いきや、空を駆けて戻ってくるルフィになまえは仰天した。
「なんて…丈夫なの…」
彼の存在に思わずそんな言葉が溢れる。どんなに打ち付けられようと決して屈しないその姿に妙な胸の高鳴りを感じた。
「何でだろう…あなたを見ていると…負ける気がしない…‼︎」
———ドンドットットッ——
ドンドットットッ———
——ドンドットットッ——ドン———
心臓を突くこのリズムが知っているのだ。
解放の神を。
「ルフィ‼︎わたくしは大丈夫‼︎このまま打ち落としてェ〜〜〜‼︎」
なまえの叫びが空を震わせた。途端にルフィは目を丸くしてなまえを凝視した。
「お前誰だ〜⁉︎」
そう声を上げて両目をごしごしと擦り、もう一度なまえを見る。
「お前一瞬!別のやつになったぞ!」
「何をごちゃごちゃ言っている‼︎」
カイドウの攻撃がルフィに降り掛かる。しかし、ルフィは身体を弾ませて避けた。軽々とした動きに疲労が見えない。彼の限界はすでに突破しているはずなのに———!
「ニシシシシ…けど、なんか信じられるなァお前の言葉‼︎」
ルフィは青龍の鱗を掴んだ。トドメの一撃を食らわせる覚悟が決まったのだ。
「信じるぞ‼︎」
「うん…‼︎」
雲間から現る巨大な拳になまえは息を呑んだ。確かにルフィに打ち落とすよう声を張り上げたのは自分だ。けれど、まるで他の誰かに言わされた様な——否、精神を乗っ取られた様な感覚だった。
ぎゅっと瞳を閉じると一人の女の姿が浮かぶ。
それは自分に微笑みかけた。
「全部終わらせるぞ‼︎鬼ヶ島が邪魔だ‼︎どけろォ‼︎」
「ええ‼︎‼︎」
モモの助の叫びになまえは目を開けた。
「モモの助さま…⁉︎」
声色が違う、まるで成人男性の声だ。しかし、なまえはその声がモモの助、本人であると確信した。
「モモお前を‼︎信じてる‼︎」
「待てルフィ‼︎ムリでござる‼︎」
「ムリで…」
モモの助の脳裏におでん、日和、トキの顔が浮かぶ。自分がやらなければ国は終わる。迷っている暇などなかった———
「モモの助さまですか‼︎」
「なまえか⁉︎」
ふと、耳を震わせるなまえの精一杯声を張り上げた呼びかけにモモの助は泣きそうになるのをグッと堪えた。
「わたくしも信じております‼︎この国の未来を共に…‼︎築きあげましょう‼︎‼︎」
「うおおおお〜〜〜‼︎‼︎」
なまえの叫びはモモの助をたぎらせた。力の限りこの島を動かす———!
「火龍大炬‼︎」
突如、青龍が炎に身を包む。途端になまえを捉えていた縄がじりじりと燃え上がり、解放されたなまえは強大な風となり、モモの助の助けとなるよう反対から風圧を送る。
「猿神銃‼︎‼︎」
「火焔八卦‼︎‼︎」
ルフィとカイドウがぶつかり合う。巨大な轟音を響かせながら戦いの終末を迎えようとする。
「友達が…‼︎腹いっぱい‼︎メシを食える〜〜‼︎」
どこからそんな力が出る。
なぜそこまでして戦う。
何がお前をそんなに強くする。
「世界‼︎‼︎」
ミシミシと全身を砕く鈍音の中、カイドウは考えてしまった。それは自身の敗北を裏付ける尋問だった———。
『終わりじゃ…カイドウ』
地に落ちていく自分に語りかけるこの声をカイドウは知っている。
『なぜ…⁉︎お前がここにいる‼︎』
カイドウの目は確かにあの時代手に入れる事ができなかった妖狐を捉えている。
妖狐は優雅に青龍の腹に寛ぎながら首を傾げた。
『はて幻か。ちとぬしはわっちに煩いすぎておる。まぁそう言うところも可愛いぞ、カイドウ坊』
妖狐は細い肩を震わせた。変わりない彼女の様相にカイドウは心なしか温もりを感じた。
『…うるせェ…ばばぁ』
『口の減らんやつじゃ…まぁよい、このまま共に行くかや』
止まる事なく、ずんずんと地へと肉体は吸い込まれていく。カイドウは少し黙ってから口を開いた。
『…いい。俺には手に負えねェよ。化け狐が』
疲弊した声色と顔つきに妖狐は、残念じゃ、と言葉を洩らす。そして、青龍から身を浮かせた。同時にカイドウの能力が限界を迎えた。
妖狐は敗北した男の目の前で白銀の身体を揺らす。
『そうじゃ。一つ教えてやる。わっちが生きた九百年——惚れた男、二人をな。一人はお前もよく知っておる、白ひげじゃ。そしてもう一人、愉快な男じゃった』
『もう、いい』
カイドウは瞳を閉じた。もう一度開けようとも、もう開ける気力がない。妖狐はひとりでにその名を口にした。
『皮肉じゃなァカイドウ』
すっかり返事をしなくなったカイドウに妖狐は触れた。頬をそっと撫でれば、懐かしいあの時代が脳裏に蘇る。しかし、いつまでも思いを馳せているわけにはいかないのだ——。
過ぎた記憶を消すように手を離す。
『まァよく眠れ。新時代の幕開けじゃ』