海賊団の侵入及び多大なる被害によりカイドウ自らおこぼれ町へ赴いた、と話を聞いたなまえは少しずつ世界が動き出している事を悟った。
カイドウに拉致されて二十年。なまえは彼に対して従順であった。初めこそ反抗的で何度も脱出を試みた。しかし、次第に時が来るまでこの海賊団に身を預けていた方が有利だと幼心に思ったのだ。ちゃくちゃくと功績を残し、こうして私室も与えられ、行動を縛られることがない。ある程度の信頼は得られている、と確信している。
「なまえ様」
襖越しからの呼びかけに、なに、と返事する。
「キング様がお呼びです」
「……すぐ行きます」
あまり良い誘いではない、と悟った。なまえは吐息一つ溢し、襖を開けた。
南東の海側へ呼ばれたなまえは滝登りによる侵入だろうと想像がついた。全身黒の鎧を纏う大きな背中へと声をかける。
「キング様、なんでしょう」
「見ろ」
「あれはビッグマム?」
「落とすぞ」
そう口にするのと同時にキングは空へ飛んだ。続くようになまえも身を疾風へと化かす。キングが船を蹴飛ばすのと同時に強大な風圧を送った。するとビッグマムを乗せた船が重力に従って落ちていく。海に沈んでいくビッグマムを眼に捉え、なまえは地に降り立った。
「ウォロロロ…お前ら二人だったら全壊もできただろう」
「キング様から落とすようにとしか言われなかったので」
キング様の伝達ミスです、とそっぽを向いた。キングはギロりとなまえを睨む。なまえのしらばっくれる様な素ぶりはキングを苛立たせた。
「ウォロロロ…まぁ良い。呑みなおす」
ビッグマムの侵入を一先ず阻止する事ができ、カイドウはなまえとキングを残し、城へと踵を返した。
「おこぼれ町にて麦わら海賊団、船長モンキー・D・ルフィと激戦したと聞いたのですが、その後どうなったのでしょう?」
「…無論、拘束され採掘場行きだ」
ルフィの敗北に少しばかり残念だとなまえは思った。しかし、ふふ、と笑う。
「以前捉えた海賊も確かクイーン様の預かりでしたね」
「何を嬉しそうに笑っている」
「時代のうねりを感じまして…」
呑気に笑うなまえにキングは、ふん、と嘲笑する。
「二十年の時が過ぎた。お前にとって待ち望んでいたものだろう?」
途端になまえの微笑む瞳が鋭く睨みつける様な瞳に変わる。一瞬にして空気が凍りついた。しかし、袖を口元に寄せて、笑って見せる。
「そんなこと誰が信じているのでしょうか。オロチ様だけでしょうに…さて、用も済みました。部屋へ戻ります」
なまえは静かに笑いながら踵を返した。
私室に戻るとなまえは溜まっていたものを吐き出すように大きく息をついた。先ほど自分が発した言葉に後悔している。疑いをかけられない様に発した言葉でさえ胸が痛んだ。
ふと、あるはずの無い人の気配を感じた。なまえはその気配を探る様に意識を集中させた。屋根裏に人がいる。
「ヤマト…!」
なまえは咄嗟に口を押さえた。すると、ひょい、と上からカイドウの息子ヤマトが降り立った。
「なまえ!会いたかったんだよ!」
自分よりはるかに大きいヤマトに飛びつかれ、なまえはそのままよろける様に地べたに腰を落とした。
「安心する…」
ヤマトはなまえの胸に頬ずりした。そんなヤマトをなまえは、やれやれ、と思いつつ愛おしげに髪を撫でる。
二人は互いにこの鬼ヶ島で唯一心を通わせる事ができる親友だと認識している。二十年前、なまえがカイドウに拉致されて以来の仲だ。しかし、あまり接触を許されていない為、時々こうして秘密裏に顔を合わせていた。
「エースさまの弟、ルフィさまが上陸したみたい」
「ルフィが!?このワノ国に!?」
ええ、となまえは喜ばしげに頷く。ヤマトも驚きと喜びに満ちた顔をしている。
四年ほど前、カイドウ率いる百獣海賊団が遠征で留守にしている間、ワノ国に上陸したエースは傍若無人に暴れ回っていた。それをヤマトが止めるも強者との戦いが楽しくなったのか、終わりが見えなくなり、痺れを切らしたなまえが仲裁に入ったことでこの騒動は一件落着。酒を交えて互いの夢を語らう中でエースが何度も口にした弟ルフィの名が二人にとって最も印象的だった。
「早く会いたいな!ルフィ!」
「そうね。エースさまのこともいろいろ聞きたい」
「なまえ…そんな顔しないでくれ。君が泣きそうになると僕も泣きたくなる」
ヤマトはなまえを一層強く抱きしめた。突如、消えてなくなったエースのビブルカード。のちに大きな戦争で亡くなったことを知った。あの日もなまえとヤマトは慰め合うように抱擁を交わし、それぞれの夢を必ず叶える、とエースの想いも胸に誓い合った。
「夜明けがくる。トキさまのお言葉をわたくしは信じてる」
翌日、城内は騒がしかった。キングは目を疑う光景に唖然とした。海の底に沈んでいくのをこの目に見たはずのビッグマムがいる。
どうやら突如として兎丼の採掘場に現れた暴走するビッグマムを手に負えないと判断したクイーンが連れてきたという。
頭の痛くなる話だ、とキングはクイーンの底の浅さに苛立ちをおぼえた。
次々と出てくる食べ物を底なしに飲み込んでいくビッグマムに、とんだババアだと、キング、クイーン、ジャックは呆然と立ち尽くした。
ビッグマムはムシャムシャと食べ物を口に頬張りながら「キング〜…‼︎」と名指した。
「昨日の事は忘れてやるからおめェウチに来いよ‼︎」
ママママ、と笑うビッグマム。種族の話を持ち込まれ、改めてビッグマムの情報網の広さを痛感した。キングは当然のように「断る…」と口にした。
「じゃぁ錠を外してくれ」
「何がじゃぁだ、外すかババー‼︎」
ビッグマムのあっけからんとした態度に痺れを切らしたクイーンが楯突く。
ビッグマムは腹が満たされた頃合いをみて、「それとおれはちとばかりあるウワサを聞いたんだ」と皆の首を傾げさせた。
「外してやれよ」
ビッグマムの言葉が引き金だったかのようにカイドウが金棒を引っ提げて現れた。ビッグマムはまさにそれを狙っていたと言わんばかりにニヤリと笑う。
「おまえがあの時代、手に入れられなかったものを手にしたとな、マママママ」
高らかと笑うビッグマム。カイドウの額に青筋が立つ。「煽るんじゃねぇよ!ババー!!」とクイーンは己の勘で声を荒げた。確かに今カイドウの殺気立つオーラが増幅した、とクイーンは感じ得た。
「その怒りようは確かなようだね!マママ」
ビッグマムの錠が外される。ここから先はもう誰も手出しが出来ない場になる、と皆が悟った。ビッグマムは武器を手に構える。
「白ひげが死んで油断してんじゃねぇぞ、カイドウ。次はァおれが貰うんだ‼︎」
カイドウの金棒とビッグマムの剣が交わると同時に轟音が鳴り響き、海の波と空の雲が、鬼ヶ島を裂け目とし、割れた。