九里、網笠村にて麦わら海賊団一味および光月家の家臣、夜明けを信じるものたちが密かに集っていた。
廉イエの命をかけた計らいにより、討ち入りの希望は絶えることなく、兵士、武器、船が望みの数へと近づいている。
「現状極めて理想的に兵力は増えている。未だ傳ジローの情報はないが光月の家臣も七人集えておる‼︎」
錦えもんの言葉に皆が頷く。そんな中、モモの助は拳を握り、声上げた。
「拙者、なまえを助けたい‼︎」
「モモの助様‼︎その名は…‼︎」
こんにちまで誰一人口にしなかったその名は皆がモモの助の心を慮ってのことであった。家臣たちの顔が曇る。
「なまえは生きてる‼︎あの島にいる‼︎」
「モモの助様…」
涙を堪えながら信じる心を折らないモモの助の姿に家臣たちはつられるように目を潤ませる。
「モモちゃんのいうその子に何があったの?」
事を理解ようと問いかけたのはロビンだった。ゾロやサンジ、ブルックも余程の事なのだろう、と黙って耳を傾ける。
モモの助は二十年前、燃え上がる光月城で起きた出来事を語った。己の弱さゆえに名を名乗れず、そんな自分に代わってカイドウに立ち向かった勇猛果敢な少女の話に皆が目に涙を浮かべた。
「あの日、なまえが拙者を庇って、カイドウに連れて行かれたんだ…!だから次は拙者がなまえを助けるんだ!」
モモの助の熱意に感化され、事情を知ったロビン達もなまえの生存を信じようと心に誓った。
「モモ、惚れてるんだな」
サンジの言葉にモモの助は慌てた素ぶりを見せる。
「べ、別に好いてるわけではない‼︎あやつはせっしゃに対する忠誠心が強いのでござる‼︎無論、戦力も強い‼︎」
和やかな空気になりつつところ「おい、モモ」と声を上げたのはゾロだった。腕を組み、黙って話を聞いていたゾロが言葉を発すとなると一瞬緊張が走る。
「もしそいつがあちら側についていたとしたらどうする?おまえはそいつを切れるか?」
「てめェクソマリモ‼︎つくづく空気の読めねェ男だな‼︎」
サンジはゾロに噛みつくように悪態ついた。最悪の事態は想像したくない、と思いつつ二十年の歳月を敵陣に身を置くということがどれほど精神に負担をかけるか。想像するとあまりにも酷だ。仲間が助けに来ることもなく、募るその孤独と絶望がモモの助に牙を向く結果となれば———
モモの助は左右に大きく首を振った。
「拙者…なまえのことは切れぬ‼︎…なまえがせっしゃを裏切るわけがない!いつも助けてくれた。あの時もせっしゃを安心させるために笑ってたんだ…」
光月家の家臣たちもモモの助と同じく、なまえを信じた。モモの助となまえ、ともに育った二人の仲がどれほど固い絆で結ばれているか、よく知っている。侍の人情にゾロは好ましく笑った。
「まぁ安心しろ、もしもの時は俺が切る」
「「ひでぇ‼︎」」
家臣たちが口を揃えてツッコむと場が和んだ——かと思えば「だ、だめだ‼︎」と慌てたようにモモの助は言う。
モモの助が動揺するわけは過去になまえに言われた言葉が頭によぎったからだ。
『おでんさまのように刀を振う男は格好良く、惚れ惚れしますゆえ、旦那さまにするならその様なお方が良いのです‼︎』
その時、頬を赤く染めたなまえの顔をモモの助は心の宝箱に大事にしまっていた。
「ゾロ十郎はなまえへの接近を禁ずる‼︎」
慌てたように言うモモの助にゾロは「なんでだよ‼︎」と声を上げた。悟られないよう、そっぽを向くモモの助であったが、察しの良いアシュラ童子が顎に手を添え「たしか…」とにやにやしながら口にする。
「なまえは刀の腕が良い男を好い———「わぁあ!言うな‼︎」
モモの助の慌て具合に胸中を察したものは微笑ましく笑った。どうかモモの助がなまえと再開できることを皆が心に願った。
「なまえの生存とこちらへの加勢を信じよう!…では始めよう!作戦会議!」
錦えもんの言葉に皆の顔が引き締まる。
「カイドウとビッグマムが同盟…!」
なまえは耳を疑った。
城内を騒がしく揺るがす原因がカイドウとビッグマムの一騎打ちであると話に聞いていたものの、騒動が収まったかと思えば、一時的な停戦という運びになったことに驚きを隠せなかった。
麦わら海賊団の侵入、ビッグマムとの同盟——様々な問題が発生する中、なまえは近々訪れるであろう戦に固唾を飲んだ。
いよいよこの城を抜け出す時が来たか、と窓から外を見る。ふと一隻の船が港に着いていることを確認した。
「あれは…」
狂という文字を掲げた旗が揺らめく。狂死郎一家親分、居眠り狂死郎の訪問であった。飛び六胞のひとりであるササキと懇意であるがゆえに彼の訪問は珍しいことではない。しかし、なまえは考える様にじっとその船を見る。
狂死郎とは宴にて幾度か顔を合わせた事がある。特に言葉を交わすこともなく、潜在的に互いの存在を認めようとしなかった。
「わたくしの嗅覚が正しければ…」
なまえは一か八かの賭けに出ることにした。
「残念だが当日は守り番の為に来れないんでな。詫びに良い酒を持ってきた」
「狂死郎ー‼︎気が効くな」
ササキは友の訪問を大いに歓迎した。座敷へ通すと豪勢な料理、美しい女人をきまえ良く振る舞う。言葉を交わせば花が咲く。馬が合うと認めるほどにササキは狂死郎を好ましく思っていた。しかし、こんにちの狂死郎の訪問の目的は他にあった。
頃合いを見て狂死郎は「手洗い場へ」と席を外す。特に監視の者も連れそう事なく、狂死郎はひとり長廊下を歩く。
こうまで信頼されると少しばかりササキには情けを感じる。しかし、それ以上に情を貫いているものが狂死郎にはあった。
ふと狂死郎は向かいから現れた、着物姿の女子——なまえに目配せる。狂死郎は、たまに宴の場で目にする美しい女子という認識であった。大抵、カイドウかキングが彼女の傍らにいる為、相当の寵愛を受けているのだろうと察する。
狂死郎となまえは対峙した。すれ違い間際、僅かに空気が変わった。なまえは狂四郎の背に目配せる。
———間違いなく、あの方だ…!
その時、なまえの目は振り返った狂死郎の微かに笑った顔を捉えた。
全てが確信に変わった時、目に映らぬ早さで四つの尻尾をドームを描くように狂死郎へと伸ばす。途端になまえと狂四郎の姿は消えた。
なまえは狂死郎の胸に抱きついた。涙が止めどなく流れる。狂死郎は震えるなまえの背中を懐かしい日々を思い返す様に撫でた。
「なまえ、よく俺だと気づいたものだ」
二十年の時を経て、久しく名を呼ばれ、なまえは堪らなくなった。
「姿が変わろうと匂いまで変わりません…傳ジロー!わたくし…この日を待ち侘びておりました」
二人は初めてこの城で顔を合わせた時から互いの存在を認識していた。しかし、決して他の者に怪しまれぬ様、この十数年、心を隠していたのだ。
「夜明けの時がきた。火祭りの夜に攻め入る予定でござる」
「とても絶好のタイミング…!わたくしも内側から援護いたします」
「…あまり無茶はするな。あくまでカイドウ側に身を置いてるゆえ敵陣にひとり。狙われるとなれば命が危うい」
「傳ジローさま、ご安心を。幸運なことに内側からもこの戦において大きな戦力となるお方が加勢してくださいます」
「誠でござるか…!」
無論、なまえの脳裏にはヤマトが浮かんだ。早く彼に知らせたい、と気持ちが逸る。
討ち入り当日の作戦を大まかに伝達し終え、惜しみながらも一旦の別れの時、狂死郎は顎に手を添え、微笑した。不思議そうになまえは首を傾げる。
「それにしても美しい女子になった。籠に入れておくには勿体無いほどだ。モモの助様も惚れ惚れするであろう」
「さ、さようでございますか?」
「ああ」
なまえは赤らめた頬を隠す様に頬に手を添えた。狂死郎はモモの助が今のなまえを目にした際、隠しきれない動揺を見せるであろうと想像するに笑った。