特別な種族

 翌日、なまえは狂死郎から聞いた討ち入り作戦をヤマトに共有するため長廊下を足早に歩いていた。ビブルカードが示す方向をひたすらに歩いていると突如として大きい影が目の前にさす。顔を上げると——

「ビッグマム…!」
「ああ?なんだおめェ見ねェ顔だな」

 カイドウと同盟を組んでからというものビッグマムは連日城に留まり飲み明かしていた。なまえとの遭遇は廁へ向かう途中のことである。
 なまえは自身の不注意だ、と謝罪を述べようと口を開いた時だった。

「だけどよォ昔同じ船に乗ってたやつにそっくりなんだよ……妖狐」
「なぜその名を!」

 ビッグマムは、マママ、と高らかに笑った。なまえは一度たりとも化けた姿をビッグマムに見せた事がない。にも関わらず、その素性を知っていることに驚愕した。

「どうやらおめェ自分の価値を分かってねェようだな。まぁカイドウの事だ。ようやく手に入れたもんだからなァ‼︎」

 なまえはビッグマムが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。ビッグマムは面白そうに人差し指を立てた。

「仕方ねェ一つ教えてやる。お前ら妖狐は種族として特別すぎる。この世にひとりしか存在できねェんだ。勝手にお前らの意志は次に繋がってるんだよォ‼︎マママママ」

 未だになまえは理解が追いつかなかった。これまで自身の持つ力が何なのか、さして気にもしていなかった。それを唐突に、特別、と突きつけられた所で理解が及ばない。しかし、ビッグマムはなまえの事など気にもせず揚々と声を上げる。

「随分苦労したんだぜ、お前らの情報を掴むのは…‼︎この国が鎖国してるのも運の尽きだァ…今は同盟を組んじまったからなァ手出しはしねェがおれもお前ェを狙ってる‼︎」

 マママ、と快笑し去っていくビッグマムの背に、どういうことか、と問いかける。するとビッグマムはもう一度人差し指を立てた。

「もう一つ教えてやるよォ‼︎お前の家族はもう誰一人としてこの世にいねェ‼︎マママ」

 うちはいつでも歓迎だぜ、と言い残しビッグマムは去っていった。
 騒がしさから一変、静けさの中でなまえは力が抜ける様にその場に腰を落とした。震える手で着物の合わせに手を添える。

「なまえ…!どうしたんだ!」

 偶然通りかかったヤマトはなまえに駆け寄った。ヤマトは、これまで目にした事がないなまえの姿に血の気が引いた。


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「煩わせちゃってごめんなさい、ヤマト」
「謝らないで!僕たちの仲じゃないか。どうてことないよ!」
「…ありがとう」

 なまえはヤマトに支えられ、私室へと戻っていた。討ち入りの件に加え自身の持つ力、等々情報過多だとなまえの頭は未だ混乱している。しかし、今考えるべきことは二十年の月日を待ち侘びていた討ち入りただ一つ。
 なまえは一旦気持ちを切り替えた。そして、その想いはヤマトも同じだった。なまえはヤマトに作戦の概要を伝えた。

「そうか…僕はきっとオヤジに宴に参加する様に言われる。オヤジの側にいると厄介だ。だから姿を眩まそうと思うよ。様子を見て助太刀する!」
「わたくしもおそらくキングさまに連れ添う事になると思うから、彼らの動きから目を離さない様にするわ。いざという時はカイドウの相手をする…!」
「なまえ…」

 ヤマトは不安げに眉根を寄せた。そんなヤマトになまえは優しく笑いかける。

「大丈夫。あの人はこれまで一度もわたくしに手を出した事がない」
 
 二十年前、炎に包まれた城で、拉致されたあの一瞬だけだった。以降、カイドウはなまえに触れていない。

「オヤジがなまえに手を出さない理由が、ビッグマムの言う"ようやく手に入れた"と関係してるんだろうね」

 ヤマトは不思議そうに顎に手を添える。なまえは頷いた。

「過去にビッグマムが船を共にしていた方の中に、わたくしと似ている方がいたと。カイドウが、その方に好意を抱いていたと考えるのが一番筋が通っているのかな、て」

 なまえの仮説にヤマトは信じ難いという様に苦笑した。

「僕のオヤジに限ってそんな情深い姿、想像もつかない…」
「わたくしもそう思います…あまりにも無慈悲な方だと…」

 脳裏によぎるこれまで目にしたカイドウの残虐な行いを払う様になまえは首を振った。

「もしかしてなまえのおふくろだったりするんじゃないか」

 その可能性はなまえも考えた。しかし、おでんに出会う前の記憶を思い出そうにも「母の記憶は一切…」と腕に抱かれた記憶はない。

「おでん様に出会う前、わたくしは狐さん達に育てられていた…そのくらいしか記憶にない。けれどこのお守りだけはとても大切なものだと分かるわ」

 着物の衿元に納めている御守りに触れた。片時も離れたことがない。二年前、中にはビブルカードが入っていた。何も前触れもなく、消えてしまったそれは誰かの死を知らせるものであった。

『お前の家族はもう誰一人としてこの世にいねェ‼︎』

 ビッグマムの言葉が脳裏によぎる。
 なまえの瞳から涙が溢れた。途端にヤマトはなまえを抱きしめた。

「なまえ、どうか自分の過去を恐れないで。僕はオヤジがカイドウである事に何度も己の人生を憎んだよ。生まれてこなければ良かった、て。だけど、その度に君は僕を優しく包み込んでくれた」
「うん…ヤマトはヤマトだもの」

 ヤマトのなまえを包み込む力が強くなる。

「一緒に未来のために必ずカイドウを落とそう‼︎」

 志は揺るがない。なまえは大きく頷いた。

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