無礼講に感謝

「キングお前、そのおもちゃに随分と好かれてるじゃねェか」

 座敷で呑み交わす時、クイーンがキングを茶化すのはよくある事だ。その為キングは、ふん、と鼻で笑うだけだった。

「知ったことか」
「満更でもねェ反応だな‼︎」

 キングの余裕ある素ぶりにクイーンは目を吊り上げた。キングは己のあぐらをかいた脚に視線を落とす。腿に身体を預け、何の警戒もなく、なまえが静かに寝息を立てていた。
 小さき者が生存本能ゆえに強き者に依存する、大方その見方が正しいだろうとキングはなまえの行動の意味を悟った。
 
「そいつ見込みはあるのか」

 徳利を傾け、クイーンは問う。急に改まった口調で言うクイーンをキングは面倒くさいやつだと思っている。仕方なく応えてやると言った調子で、
「ああ、持つ能力は上等。育て方次第だが」
「なら俺に寄越せよ、キング」
「…断る。お前のようなバカ変態に任せたらカイドウさんの逆鱗に触れる」
「お前よりはマシだ‼︎サディストめ‼︎」
「ふっ、言ってろ」

 目くじらを立てて迫るクイーンにキングはなんとも素っ気ない態度をする。これもいつものこと。他の者も仲裁に入ろうなどと思わない。

 もとより己がカイドウから頼まれた事だ。カイドウに大恩のあるキングがそう簡単に使命を投げやる事はない。とは言え、それ以外の情が生まれ始めているのをキングは薄らと感じていた。

 カイドウになまえの世話を任されて三年が経とうとしている。はじめそこ牙を向くばかりの小童が今では「キングさまやりました!」と無邪気に笑う姿を目にすると元来人懐こい性格なのだと子供らしい姿にマスク越しにほのかに口元が緩んだ。
 環境で人は変わる。キングは分かっていた。己の少年期を想起し、過去の自分を救うようになまえに接しているのだと——


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 キングはしなやかに伸びた髪にそっと手を伸ばした。
——いつから触れることがなくなったか
——いつから無邪気に笑う姿を見なくなったか
 もとより敵方の人間だ、情を抱く方が可笑しな話だ。キングは己を嘲るように笑った。
 その瞬間、髪の持ち主の瞳が警戒する様に自分を見つめる。

「なに…」

 初めて顔を合わせ、名を聞いた時と同じ眼差しをしていた。キングは「時間だ」と手を引く。

——キングさまの手は大きくて温かい

 いつかの記憶を払う様になまえに背を向けた。


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 大宴会当日、鬼ヶ島は浮かれていた。今まさに正門の鳥居から麦わら海賊団を先頭に総勢五千四百人の兵が島に乗り込んだことも知らずに——

 そんな中、カイドウの元へ飛び六胞が召集された。カイドウの呼びかけに喜んで労力をかける彼らは、これがカイドウの名を借りて招集させたキングの策と知った時、まんまと嵌められたと感心せざるおえなかった。中でも突出してフーズ・フー、ササキはあまのじゃくだ。

 おおよそ、自分たち飛び六胞が呼ばれたわけは予想がつく。
 案の定カイドウは、
「今日失踪したウチのバカ息子ヤマトを連れ戻してくれ‼︎」と大看板への挑戦権を与える契りを交わし、飛び六胞の気を掻き立てた。ただしひとりを除いて———
 
「なら、そこの女の口を割れば話は早ェだろ」

 キングの隣に控えるなまえを顎で指したのはフーズ・フーであった。一瞬場が凍りつく。
 誰しもがカイドウのお気に入りであるなまえに触れるのはタブーだと心得ていた。暗黙の了解といって良いほどの事であるのに、今更それを破る気概は何なのだと冷ややかな視線が向けられる。しかし、フーズ・フーの口はタバコを咥えながら器用に笑っていた。無礼講に大いに賭けたのだ。

 一瞬の間を置いて、カイドウがギロリとなまえをその目に捉える。

「なまえ、ヤマトの居場所を知ってるのか」
「…いいえ、わたくしは何も」

 なまえは微笑混じりに首を振った。事実、なまえはヤマトの居場所を知らない。身を隠すとしか聞いていないのだ。

「こそこそと顔を合わせてんのは知ってんだよ」

 まだ噛み付くかと皆が咎める様な目でフーズ・フーを睨みつける。すると、フーズ・フーの身体を目掛けて四つの鋭い槍が向いた。それはなまえの背後から尻尾が形を変えて伸びたものだった。

「…猫狩りしましょうか」
「やめろ、楽しい宴の日に」

 カイドウの船長としての気迫がこのクルーの仲違いを咎める冷静さに現れていた。なまえは素直に尾を引っ込めた。僅かに緊張していた空気が緩む。
 飛び六胞はヤマト捜索という名目で逃げるように各々散らばっていく。
 
「お前ェ救われたな」
「なまえが手出してなかったらカイドウがお前、殺してたでありんすよ!」

 フーズ・フーは左右から投げかけられる言葉を煩わしそうに聞き流した。ササキに限っては皮肉混じりに笑っている。うるティの噛みつきはいつものこと。
 何はともあれ無礼講に感謝、と吸い込んだ煙草の煙を吐き出した。

 一方その頃、ライブフロアは荒れていた。囚人採掘場に囚われているはずの麦わら海賊団船長ルフィを確認したクイーンは己の失態を拭う術を飛び六胞の座を約束する事で兵を動かした。未だこの騒ぎに宴会場で席を囲むカイドウとオロチは気づかない——
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