ワノ国の将軍

 見るに耐えないその姿になまえは拳を握った。今すぐにでもこの拳をオロチに振り翳したい。磔台に吊るされたモモの助はどれほど暴行を加えられたのか、腫れ上がった顔を下に向け、弱い息で意識を保っていた。

 敵襲に遭いながらも演目通りに事が進んでいく中、突如ライブフロアにてオロチは捉えたモモの助の公開処刑を行うと声を上げた。二十年の呪縛から解放されたと思い込んでいる男の間抜けな素顔ほど醜いものはない。なまえは犬歯を覗かせた。オロチの首を噛みちぎることなど容易である。
 しかし、今ステージ上にはオロチ意外にカイドウ、そしてキング、クイーン、ジャックが上がっていた。この瞬間、モモの助を逃したとしてもその先に見える未来は今よりも悲惨だった。なまえは怒りを鎮めようとする。侍たちが現れるのを信じて。

——モモの助様、もう少しの辛抱を





 急な状況の一変とは訪れるもので、オロチがカイドウに斬られた。もとよりカイドウを討たなければこの国は変わらない。この言葉の意味がこれほどまでに真実味を増す瞬間が今訪れるとは誰が想像できたか。
 なまえは益々この後の動きが読めなくなった。

「お前の名は?」

 二十年前の時を経て、問いかけるカイドウ。光月おでんの息子でなければ命を救うという。モモの助は腫れ上がった頬で押しつぶされた口をもごもごと動かした。

「モモは天下無敵を表す言葉‼︎拙者の名は‼︎光月モモの助‼︎ワノ国の将軍になる男でござる‼︎」

 二十年の時を経て、モモの助はカイドウの問いに己の名を声高に挙げた。なまえはこの事実だけでも心が救われた。
 しかし、カイドウが口にした次の言葉で一瞬の光は握り潰された。

「そうか…ならば殺せ‼︎なまえ‼︎お前はこの二十年俺の元でよくやってくれた。その忠誠心‼︎今見せてみろ‼︎」

 なまえは怒りとも悲しみとも言える複雑な感情とカイドウに対する憎悪で奥歯を噛み締めた。この事態にキングですら多少動揺を示した。
 なまえは震える身体をモモの助に向ける。

「モモの助様…わたくしはこの二十年、敵陣に身を置いておりました。いずれ来る二十歳の約束を信じて…まさか現れたモモの助様をこんなにも悲惨な姿でお目見えするなんて…」

 なまえは震える手で口を押さえた。涙は止めどなく流れる。モモの助は腫れ上がった瞼を持ち上げ、なまえを見つめた。
——美しゅうなった
 この場に似つかわしくない言葉を心に思った。けれどそれは再会を果たした時、初めに口にしたいと思った言葉であった。

「なまえ…拙者はそなたに謝らなければならない事が沢山ある。そなたが待ち続けた二十年は随分と長く、ひとり光のない道を歩く孤独を感じたであろう…拙者にとっては一瞬の出来事だった…本当に待たせてすまなかった。拙者の命、そなたになら任せられる‼︎」

 拙者を切れ、とモモの助は言った。なまえは横に首を振る。

「これ以上、拙者たちの未来を奪わせはしない‼︎」

 突如、背後の襖が破られた。突然の襲撃に大看板たちは反撃の一歩を出遅れた。赤鞘の侍たちがカイドウを目掛けて刃をたてる。

「「スナッ〜〜〜ッチ‼︎‼︎」」

 ステージ上からカイドウと共に落ちていく侍たち。カイドウの悲鳴が轟く。その場にいた皆がその光景に目を奪われた。その隙になまえは磔台に手を掛けた。

「お前ら全員ぶっ飛ばしに来たんだ‼︎‼︎全面戦争だ‼︎‼︎」

 巨大な爆破音と共にライブフロアに現れたルフィは宣戦布告を響き渡らせた。これまで変装していた侍たちが刀を掲げ、雄叫びを上げる。この場は今、元来交戦的な強者たちで溢れている。

「世界一の戦力を見せてやる‼︎」

 青龍の姿となったカイドウがドーム屋上まで天高く駆けていく。同時にステージ上では風が舞った。

「突風⁉︎」
「まさか…‼︎」

 キングとクイーンが振り向いた時にはもうそこにモモの助となまえの姿はなかった。
 風に攫われたと表現できる情景に皆が息をのんだ。風の渦の中をモモの助が降っていく。その道を閉ざすようにキングが仕掛けた。飛んでくるキングの妨害になまえはモモの助を庇う為に身を露わにする。

「なまえ‼︎」
「モモの助様をお願い‼︎」

 なまえは目の隅に捉えたくノ一、しのぶにモモの助を託した。同時に迫るキングの追撃には間に合わない——

「レディーに手を出すんじゃねぇ‼︎」

 受け身を取るなまえの前に現れたのはサンジだった。間一髪の出来事になまえは、ありがとう、と咄嗟に声を上げる。
 サンジは、お怪我はないですか、となまえに振り向く。途端に瞳がハートに変わった。

「なんて美しい〜んだァ‼︎」

 一瞬の目視でサンジはなまえに心を奪われた。油断した隙にサンジはキングのくちばしに囚われたまま建物に激突した。あまりの破壊音にルフィですら冷や汗を浮かべる。
 なまえは案じるように破壊された建物に目を向けた。ふと下方から「なまえー‼︎」と名を呼ぶ声が耳に届く。

「ヤマト‼︎」

 目配せするとヤマトが両腕を大きく広げていた。手錠が外されたその姿になまえは息を呑んだ。そのままヤマトの元へ下降した。

「会いたかったよ‼︎」
とヤマトは落ちてくるなまえを抱きしめた。

「ヤマト!その腕…‼︎」
「ああ‼︎覚悟が決まったんだ…‼︎」

 そう言ってヤマトは傍にいるルフィに声を上げた。

「ルフィ‼︎この子がなまえだよ‼︎」
「そうか!お前がなまえか‼︎モモから聞いてるぞ!強いんだってな‼︎ニシシ」
「あなたがルフィ…!」

 なまえはルフィの屈託のない笑顔におでんの面影を感じた。溢れそうになる涙をグッと堪える。今まさにビッグマムがルフィに攻撃を仕掛けたのだ。

「話してる暇はねェ!」

 ルフィの顔つきがキリッと真剣な表情に変わる。ここはもう戦さ場なのだとなまえも自身の心を切り替えた。

「ヤマト、モモの助様をお願いしていい⁉︎」

 ヤマトは、もちろん、と頷く。

「なまえはどうするの?」
「わたくしはあの人とけじめをつけないといけない‼︎」

 そうか、とヤマトは笑った。なまえの眼差しはすでに上空を旋回するキングに向けられていた。

「お互い生きてまた会おう‼︎」

 そう言い残し、ヤマトはしのぶとモモの助の方へ駆けて行った。なまえはそれを見送るともう一度上空へ目配せる。おそらく空はキングやクイーンが死守するだろうとおおかた予想がついた。無理に上に登ろうとしても打ち落とされるだけだ。それを伝えようとなまえは隣にいるルフィに目配せるが——

「ルフィさま…あれ⁉︎ルフィ⁉︎」

 もう遅かった。

「うふふ、ごめんなさいね。うちの船長さん考えるより先に動いちゃうの」
「だから予想外で面白い‼︎ワハハ」

 ビッグマムを場外へ追いやったロビンとジンベエが嬉しそうに言う。なまえはルフィがどれほど仲間に愛されているか、二人の反応から想像ができた。はやりそこにはおでんの面影がある——

「はじめまして!なまえ!モモちゃんから話は聞いてるわ!」

 ナミよ、とウインクした航海士になまえは「モモの助様が…?」首を傾げる。ナミは少しばかりニヤつきながら「二十年越しの想いって素敵!」と口にする。が、即座に驚きの表情へと変わった。「ちょっとあれ!」と上空を指差した。目を向けるとクイーンの口に捉えられ、ルフィとゾロが下方へ飛ばされている。なまえは素早く二つの尻尾を彼らに伸ばした。

「なんだ⁉︎」
「おお!助かった!」 

 緩やかに下降し、着地したルフィとゾロは尾の持ち主であるなまえに目配せた。

「お前すっげェなそれ!」
「なんだ能力者か」

 なまえは二人に笑い掛けた。そして深く呼吸をした。するとみるみる体格が倍になり、頭部に獣耳を二つ立たせ、四つの尻尾を揺らした妖狐の姿となった。
 美しくも恐れを抱かせるその姿に皆が目を奪われた。

「あの二人はわたくしにお任せください‼︎」

 なまえはステージ上まで飛んだ。



 ドーム内ライブステージにて、クイーンは息を荒げていた。煙草を吐く息も吐息混じりだ。

「裏切りやがった‼︎だからキング‼︎お前ェに餓鬼の世話なんか任せるんじゃなかったんだ‼︎」

 クイーンの悪態にキングは聞いてない素ぶりで、電伝虫へと手を掛けた。

「応答しろ飛び六胞‼︎カイドウさんは屋上にいる。敵は場内を登り上を目指す。お前らそれぞれの手でそれを阻止しろ。ナメてかからねェ事だ武運を祈ってる」

 ガチャ、と通信を切るキングはいつもに増して近寄り難い雰囲気を纏っていた。鬼ヶ島始まって以来の大騒動に、大看板としての役を果たさなければならない使命感がキングの緊張を煽った。
 そしてキングは迫り来る気配を感じた。

「おいキングてめェどこいく‼︎」
「来る」

 キングの言葉と同時に妖狐が目の前に現れた。なまえは手のひらの風渦が巻いた玉をクイーンの方へ投げやる。

「てめェ!行儀がなってねェな‼︎」

 間一髪で避けたクイーンが荒げる声になまえは挑発的な笑みを浮かべた。

backtop