媚薬にまかせて



 私は上司であるロブ・ルッチが怖い。CP9として上手く組織でやれている方だけれど、彼と二人きりの任務は泣きそうになるくらい、精神的負荷がかかる。
 あまり言葉を発しない故に表情の変化は機敏で、顔色を伺いやすい私には彼の心の声を表情で読み取ろうとする。
 カリファには『あなた勘繰りすぎよ』と吐息をつかれるばかりだけれど——

「怖いもん…」

 人からどう言われようと私はルッチの機嫌を損ねないよう細心の注意を払ってしまう。


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「ほう、珍しい人選じゃの」

 今にも泣きそうな私にカクは、どうて事ない、という様に笑う。今回の任務の人選を担った人物はと言うと瞳を閉じ、腕を組んで佇んでいる。
 今回私たちに与えられた任務は、とある裏社会の権力者が主催する社交界にて、政府組織に多大な影響を与えている人物を殺害する、というお得意の暗殺任務であった。大方、政府に対する要求、態度が大きくなり、知らしめの為に私達が動くことになったのだろう。
 比較的、容易な任務の為か今回現場に派遣されるのは私とルッチの二人だけだった。

「なぜ、わたし?」

 恐る恐る伺うとルッチは閉じていた瞼を持ち上げ、鋭い眼光を私に投げつける。

「準備しろ」
「は、はい…!」

 助けを乞う様にカクを見上げた。すると彼は、わしにはどうすることも出来ん、と困った様に片目を閉じる。
 これが最後の任務かもしれない。先が思いやられ、泣く泣くルッチの後を追った。


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 社交界ということで、当然そこに参加する女性陣は権力を持った男性陣から目染められるよう、えらくフェロモンを漂わせた格好に身を包むだろう。露出の控えたドレスを着てしまえば、任務を舐めているのか、とルッチの眉間の皺が深くなる事も容易に想像できた。
 任務の為ならば、という意味合いを背景に胸元の大きく開いたスリットドレスを身にまとう。きっとルッチも上出来だという様に眉間の皺も緩むだろうと思ったのに——

「な、なにかお気に召すことでも…?」 

 想像していた表情とまるで違った。各々準備を済ませ、合流地点に赴いたところ、すでにタキシードに身を包んだルッチが待っていた。待たせてしまった、と彼の元へ駆け寄ったところ、私を一瞥するなりあの表情だ。
 彼を見上げると、鋭い眼差しが私をより小さくさせる。ルッチは視線をそっぽに向けた。

「なんでもない」

 いくぞ、と足早に会場へと踏み込んだ。


 豪華絢爛な装飾と気持ちが高ぶる演奏に、私は任務である事を忘れそうになった。宙を仰いでいると突然、腰を強く引かれた。ヒッと思わず悲鳴が出そうになるのを息を呑む。どうやらルッチの腕が私の腰に回っている様だ。
 その場に馴染む為の演出——
 ルッチは任務の為ならば、こうした柄にもない事を平然とこなす。否、もしかしたら私には普段見せない様な姿を別の女性、心通わせてる女性には見せているのかもしれない。想像していたよりも優しく添えられた手は大きくてとても頼りになる。
 こんな優しくされたら、どんな女性も身を預けちゃうだろうな。少しだけ胸が痛んだ。

 普段この様な距離で接する事はない。私は緊張のためか、ひどく喉の渇きを感じた。
 ルッチが標的を探る様にあたりを見回している。その最中、私はウェイターが手にしているトレーからグラスを一つ取り、渇いた喉に流し込んだ。ぶどうジュースの様な甘い、それ以上にひどくあまったるい味わいに咳き込みそうになる。けれど、喉を潤せたのだから万時解決と胸を撫で下ろした時だった———

「あいつか」
「ぁっ」

 ルッチの手に力がこもり、私の腰を押したと同時に自分でも驚くほどに甘い声が溢れた。咄嗟に口を押さえる。吐く息が熱っぽい。
 絶対に聞かれた…!
 恐る恐るルッチの顔を見上げると、珍しく唖然としていた。途端にルッチは片耳を抑えた。なにやら指示が入った様で何度か頷く。その間、私は自分の体がどんどん熱くなるのを感じた。それはルッチの手が触れる腰から這い上がるように——
 
「まて、予定が変わった。任務は中止だ」

 そう口にするルッチの低い声色に耳が熱くなる。ふとルッチが顔を覗いてきた。こんなにも驚いた顔は初めてかもしれない。

「お前…ひどく体が熱いぞ!どうした!」

 思い当たる節といえば、あのあまったるい飲み物しかない。

「の、喉渇いて…提供されたグラス…確認せずに飲みました…」

 ちっ、と舌打ちが聞こえた。ルッチの機嫌を損ねてしまった。私は不甲斐なさと恐らく体内に流れる液のせいもあってか、瞳が涙で溢れる。悔しさのあまり、ぎゅっとルッチの服を摘んだ。

「くそっ」

 悪態つくルッチの腕に抱かれたまま、私たちは人目につかないところへ身を隠した。


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「部屋をとった。一旦そこで待機だ」
「うん…」

 人通りの少ない通路で人目を避けて待つ間、ルッチはホテルの部屋を一室とってくれたらしい。彼を待つ間、私はどうしようもなく心細かった。今すぐにでも目の前の男に抱きつきたい衝動に駆られた。

「歩けるか」

 自立できないほどに体が気だるい。柱に寄りかかりながら伏目に首を振る。またもや、ルッチの面倒臭いという様な舌打ちが聞こえた。
 いつもどれだけこっちが神経尖らせて彼の機嫌を伺っているか知りもしないくせに——

「んんっ」

 唐突に肩を抱かれ、どこを触れられても敏感になっている私は衝動的にあまったるい声が漏れる。ルッチの眉間の皺がどんどん深くなっていく。

「ほんとうにほんとうにごめんなさい…」

 部屋へ向かうエレベーターの中で私は震える声で云った。今にも脚から崩れ落ちそうな私をルッチはしっかりと支えてくれている。けれど、その何気ない優しさでさえ、今の私には愛撫に感じてしまう。

「あの…おわびに…すきにしていいです」
「ああ?」

 ルッチの不機嫌なドスの効いた声が耳を撫でる。一体彼はどんな風に女を抱くのだろう。噛み付く様に、力強く?肩に添えられた大きな手は、指先はどんな風に動くの?
 そんな事を想像しているうちに、私はルッチの胸に身を預けていた。はぁ、はぁ、と漏れる息も激しくなる。

「ルッチの思うがままに…抱いて」
「お前…!」

 上目遣いにルッチを見ると彼の表情は珍しくウブな少年の様だった。かわいい、と初めて彼に抱いた感情は自然と言葉に漏れていたらしい。しきりにルッチの長い指先が頬をとらえる。まるで、誤食した犬の口を咎める様に。

 もしカクだったらもう少し素直にお願いできたのかもしれない。そしたら彼も困った様に笑って、もっと優しく、私の気分を伺いながら囁いてくれるだろう——。
 なんて意識をあらぬ方向に飛ばしていたら、とても痛い視線が注がれていることに気がついた。ルッチのいかにも不機嫌な眉根を寄せた眼光が鋭く射抜いてくる。

「お前いま別の男を考えただろ」

 図星だった。私は呂律が上手く回らなくなって、視線を逸らすことしか出来ない。すると、私の肩を支えるルッチの腕の力が強くなった。

「いい度胸だ。誰に抱かれるか分からせてやる」

 戦闘狂の眼——強い敵と対峙した時の好奇に満ちたあの眼が私に注がれている。噛み付く様な口付けに腰が抜けた。


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「んんぁあ!るっちぃ…もぅだめ…」

 ぴちゃぴちゃと室内に響く水音。
 脚の間でルッチが敏感なところを舌で舐め上げる度に快楽が襲う。逃げようと腰を引くと、がっしりと脚を腕で押さえつけられ、抵抗の余地もない。

「何度目だ、イカされるのは」

 ふっ、とルッチは鼻で笑う。口端を舌で拭いながら、愉しげに私の顔を覗いた。いや、と涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔を隠そうとすれば、両手を頭部に括られる。片方の手は濡れたアソコを刺激した。私の中はルッチの指を求めて飲み込もうとする。それをルッチはわざとらしく、もったいぶる様に入り口を撫でる。

「ぁあっん」
「だらだらと垂れてきやがる」

 ルッチの長い指先で透明な糸が伸びる。耳を甘噛みしたかと思えば、なぞる様に舐め上げる舌遣いに喘ぐ事しかできない。
 一つ一つの愛撫があまりにも甘美で彼の普段の姿からは全く想像もつかない。返ってそれが私を刺激する。

「止まらないのか」
「むりぃ…止まんないよ…凄く気持ちいいだもん」
「つくづく馬鹿な女だ」

 彼は私に同情するかの様に眉尻を下げながら笑う。普段からこうやって心に思った事を言ってくれれば良いのに——

「ばか…ていつも口に出せばいいのに…いつもそう思ってるくせに…!どうして言葉にしてくれないの…」

 涙が溢れてきた。私は上下ともにはだけているのにルッチは腕まくりしたシャツにスラックスは履いたまま、あまりにもかけ離れた姿に羞恥もあって余計に涙が溢れてくる。

「あなたのこともっと知りたいの!けど、私勘繰っちゃうから…ルッチの顔色伺って勝手に色々考えちゃうから…!」

 ルッチにこんな姿を見せたからか、もう何も隠す必要がない気がした。

「本当はあなたの事がすき」

 心に思っていた事を全て吐き出してしまった。途端に頭部でまとめ上げられてた腕が解放された。ルッチは私に背を向ける。

「何が思うがままに抱いてだ、抱かれたいだろ」

 はぁ、とルッチは吐息をついた。丸まった背中が私に情けないという。当然だ——任務中に自ら媚薬を飲み、その性欲を満たしてほしいなんて、自分勝手にも程がある。ルッチの手を煩わせてしまったのだ。
 私は申し訳なく思い項垂れた。すると、なまえとルッチが私の名前を呼ぶ。ルッチの指が私の顎を持ち上げた。真っ直ぐで濁りのない眼差しが向けられている。

「お前が思うより俺は単純だ。好きな女の乳が出てれば興奮する。身を寄せたら尚更だ。挙句に抱いてだ?俺を狂わせるな」

 ルッチは私を胸に引き寄せた。優しく包み込む様に。彼の心臓はどくどくと脈打っている。
 ルッチが私を好き———?
 私は思わぬ勘違いをしていた。ただ本当に勘繰りすぎていただけだったのだ。ようやく通じ合えた心。こんなカタチで通じ合えるなんて———
 ふと全身を覆う様に発していた熱が冷めていることに気がついた。信じられないくらいすっきりとした、爽やかな心地だ。

「あの…もう変な効果、切れたと思う…」
「ああ?」

 ルッチのドスの効いた声に私は危険信号を感知した。けれど、そんなのももう手遅れだ。
 ルッチは私の上に覆い被さる。そして怪しげな笑みを浮かべた。

「俺が満足してないだろ?」

 私の指先を甘噛みする彼はとても野生的だった。



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