ピンク色の鳥さん 

 地平線をゆらめく夕陽。この島の一日が始まろうとしている。
 風の心地良さに目を細める。眼下に目をやれば似たような作りの屋根が連なっている。一人、一部屋、ここはみんなのお城なの。下に行けば行くほど相部屋なのだけれど。いつか、上に行くことを夢見て毎夜、男に身を寄せる。

「身の安全を守られてるお姫さまなんかじゃないのよ」

 ぽつりと溢れた言葉は誰に届くわけでもなくて、風に乗って消えてゆく。

 ふと喚く女の声が耳を突いた。目下に視線を移すと、金髪の長い髪を荒れ狂わせた子が泣きじゃくる顔で「いやだいやだ」と嘆いてる。オーナーである男性が何とか落ち着かせようとしているけれど、相当取り乱している様子だった。

「なんだか、不憫だわ」

——感情的になったらやっていけない

 私は少しの慈愛を込めて、手のひらにふーっと息を吐く。ピンク色のバラのカタチを模したふわりとした気体を彼女に向かって、そっと飛ばした。
 ふわりと彼女たちを包み込む香り。途端に、彼女の美しい顔が微笑んだ。男性に謝罪している素ぶりが見える。
 気休め程度だけれど、こういう時私の能力は役に立つ。

 こうして彼女は今夜も男にその愛らしい笑顔を振り撒く。彼女の背を支える男が私の方に目配せ、少しばかり会釈した。私は軽く手を振った。


 この島はどうやら新世界にあるらしい。だからか、なの知れた海賊がここに足を運ぶ。ただ、政府管轄の娼婦島ゆえに海軍の方も足を運ぶ。その為、新世界で唯一、海賊と海軍の対立を禁じる協定が結ばれているらしい。
 その事を知ってから港が二つ、島の真反対に位置していて、それぞれの入出門になっていることを理解した。


 客入り前になると扉のノック音と共に老女がタオルなどのアメニティーを届けに来てくれる。

「ありがとう」
 と受け取ると彼女は口元の皺を一層深くして会釈する。昔はとても綺麗な方だったのだと面影を感じる。
 ふと彼女の額に出来たばかりであろう傷が気になった。

「額のどうしたの…?」
 
彼女は慌てたように額の傷に触れる。そして、私の部屋に来る前に尋ねた娼婦の寝起きの癇癪に触れてしまい、引っ掻かれたと教えてくれた。

「お気になさらず、よくある事です」
「そう…凄く痛そうだわ…」

 まって、と私は棚から絆創膏を持ち出した。そして彼女の額に貼る。

「そんな!滅相も」
「いいえ、気にしないで。あとこれ持っていって。私あまり食べないから腐らせちゃうの」

 私はもとより彼女が来たら渡そうと思っていた食べ物を袋にまとめて押し付けるように渡した。

「そんな!食べ物まで…」
「いいの。いつもありがとう」
 
彼女は扉が閉じるまで曲がった腰を一層と深くお礼を述べていた。多分、扉が閉じた後もしばらくそのままだと思う。

 ここで生きる女の選択肢は二つ。そのうち一つが彼女のような生き方。若い頃は娼婦だったようで、今はこうしてタオルだとか商売で必要なアメニティーを届けるお仕事を貰えている。病に冒されて、そのまま存在を消されるよりはよほど救いのある道だ。
 ただ、楽な仕事でもない。ここで働く女性みんながみんな、優しいわけでもないし、むしろ、彼女の反応を見るにこうした施しは稀なんだと思う。

 そしてここで生きる女の選択肢のもう一つは——

「いつになったらお前はオレのものになる?」

 男に買われることだ。

 風の入り込む窓からピンク色の羽を揺らした鳥さんの訪問に私は微笑した。

「ドフィさま、そんなところから入ってくるなんてびっくりするわ」
「フフフ、たまにはいいだろ」

 そう言ってドフラミンゴは指をクイッと曲げた。その動作で私の体がどうなるか、知っている私は大人しく彼の胸にすっぽりと抱かれた。

 今夜はこの男、ドンキホーテドフラミンゴ。一国の王様らしいけれど、何か裏があるのは確かであまりその地位を得ている彼を誇らしいとは思わない。
 けれどこうして気まぐれに大金を払ってやってくる彼は私にとって大切なお客様でもある。

「不思議でならない。本来オレはお前のような女を相手にしねェんだがな」

 私をベッドに座らせ、腿に頭を預ける彼は体の大きさとは対照的に小さな子供のように見える。私は彼の金色の髪を撫でながら笑った。

「なぜでしょう」

 確かに彼のような派手な人は、もう少しリスキーで危うい雰囲気の派手な女性を好むだろう。
 実際に彼と出会った時、この島のもっと上の部屋にいる女性を傍に連れていた。
 
「なぜか落ち着くんだ」
「あら素直」
「フッフッフッ、オレがお前の能力に気づいていないとでも」
「なんだ、お気づきなんですね」

 私は意外そうな反応をした。そして、視線を仰ぐ。私たちを包む黄色いふわりとした空気。鼻腔をくすぐる香りは心身が宙に浮きそうな心地がする。
 ドフィは胸一杯に息を吸った。そして三日月型に口元を緩める。

「ああ、だがそれに救われてるから何も言えねェよ」
 ククク、と喉を鳴らす笑いが次第に静かな寝息に変わる。

 ドフラミンゴの目に私が留まったのは奇跡に近かった。その日の朝、女性の金切り声で目が覚めた。また客と娼婦の揉め事だろうともう一度瞳を閉じようとした時だ。
『やめて…‼︎殺さないで‼︎』
 聞くに耐えない悲鳴が耳を刺した。通常ならオーナーやらマネージャーが仲介に入るはずだ。それなのに収まらない悲鳴に、相当手に負えない人物なのだと察した。
 私はいよいよ扉を開け、騒動の渦中を目にした。新聞で目にしたことがある、王下七武海ドンキホーテドフラミンゴが宙に浮いた女性と対峙していた。
 ドフラミンゴは何が面白いのか笑っていた。そして、奇妙に指先を動かすとそれと同時に女の悲鳴が響く。首に一直線に血がぷつりぷつりと浮き上がる様子が見てとれた。
 その瞬間私は自らの能力を放った。途端にドフラミンゴの指先が止まり、口元がへの字に歪んだ。どさっ、と宙に浮いていた女性が落ちると、ドフラミンゴの視線が自分に向いたのをサングラス越しでも確認できた。
『お前か』と笑う彼に私は微笑した。確信したのだ、彼に私の能力は良く作用すると。
 気づいた時には部屋のベッドで行儀良く眠っていた。彼から放たれた鈍い鉛のような重圧に耐えられず、意識を飛ばした様で、どうやら彼自身が私を部屋に運んでくれたらしい。
 私が目覚めた時、彼はもういなかった。けれど彼は私を管轄する上の人に大金を払い、後日伺うと言い残したそうだ。言葉通り、それ以降彼は私を買う様になった———。


 彼に似つかわしくない繊細な雫が頬を伝う。そっと指で拭った。過去にドフラミンゴの身に何があったかなんて知らない。けれど、こうして弱いところを見せられると少しばかり救ってあげたい気持ちになる。

 そっと彼の唇にキスをした。涙を堪える為に噛み締めた奥歯が緩んでいく。たった触れるだけの口付けを二、三度繰り返した。


:



「早い帰りね」
 
 私の名残惜しむ様な台詞にピンク色のコートを羽織った彼は笑った。それが上辺だけの台詞だと分かっているみたい。

「オレはお前を抱きに来てるわけじゃねェよ」
「そう」
「なんだ抱かれたいのか?」

 派手に笑う彼に私は静かに笑った。

「…ご無沙汰なの?」
「フッフッフッ、手に余るほどいる」

 彼に抱かれる女性達は、こうしてただ心地良く眠る為に彼が女を買っていることを想像できるだろうか。

 ふと彼のふわりとしたコートに包まれた。想像もつかないくらいに優しい抱擁を彼はする。

「買ってやってもいいんだぜ、この島から」

 彼はそれを容易にできる。私が首を縦に振れば、すぐにでもこの島を出られるだろう。けれど私は首を傾げ笑うだけだった。

「…ドフィ様は一国の王様らしいですからね」
「ああ、そうだ」
「あいにく、ここが私のお城なの」
「フッフッフッ‼︎随分と小さな城だな‼︎簡単に乗っとれそうだ‼︎」

 価値もねェがな、とドフラミンゴは両腕を広げた。

「まァいい。また来る」
 
 そしてまた、彼は窓から飛び立った。遠のいていくピンク色の鳥を見えなくなるまで見送った。
list : top