寡黙な彼女

 バスタブに身を預けると全身の力が抜けていく。能力を手にした代償がこれとなると、余程信頼している人じゃ無いと一緒にお風呂にも浸かれない。
 唯一、許せる男がいる。その名を口にするだけで胸がきゅーっと締め付けられる。

「シャンクス…あなたに会いたい」

 彼の胸に身を預けて浸かるバスタブは少し狭いけれど心地良くて好き。思う様に力が入らない私に悪戯する彼が愛おしい。

「シャンクス…」

 脳裏によぎる、優しく胸を揉みほぐす大きな手。それは腹部をなぞって、下部の敏感なところに触れていく。

「ん…ぁっ…シャンクス…」

 望みが叶うなら彼のものになりたい。


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「お姉さんたちいくら?」
「まとめて買ってやるよ」

 昼下がりの港。ただでさえ日中は日差しが眩しくて、外出が億劫なのにオフの時間にそう軽々しく話しかけられると癪に触る。さらに私を不快にさせたのは、側に居合わせた彼女、誰がどう見ようとこの島の女性じゃない——
 雰囲気から伝わってくる聡明そうな彼女も巻き込んだこと。

 私はニヤニヤと下品に笑う男に能力を放った。それと同時に一方の男の身体に花びらが舞い、いくつかの腕が生える。
「クラッチ」
 と彼女が口にすると骨の折れる鈍い音が響いた。二人の男はほぼ同時に地べたに倒れた。

 彼女と私の視線が交じり合う。彼女は笑っていた。

「少し場所を変えましょう?」

 気づいた時には彼女のことが気になってしまい、そう声をかけてしまった。


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「あなたも能力者なのね」

 チェアに座った彼女に飲み物を出しながら聞くと「ええ」と返答したきりそれ以上の事は口にしなかった。彼女の回答が決して退屈だとは思わない。見ず知らずの娼婦相手に素性を漏らす必要など無いと理解できる。

「船長さんの希望でこの島に?」
「まぁ、そんなところね」
 そういって彼女はグラスに目配せるだけで、手をつけようとはしない。

「海賊の船に身を置くってどんな感じ…?」
「生きる為にいるだけだから、何とも思わないわ」
「案外、ドライなのね。てっきり情深いものがあるのだと思ってた」
「ふふ、海賊によるのかしら?あなた、海賊になりたいの」

 そう問われた瞬間、私の脳裏には赤髪の船長さん——シャンクスの顔が浮かんだ。
 
「どうなんだろう、ただ自分の能力を用いて守りたいと思う人は海賊にいるわ」
「そう、あなたに誠実なの」

 彼女は少しばかりこの話に興味を抱いた様子で、頬杖をついて私の顔を伺った。

「そうね、すごく。海賊なのに悪い人の感じがしない」
「ふふふ、純粋なのね、あなた」

 まるで海賊に心を奪われた女が悲惨な結末を迎えることを想像したかのように宥めるような口ぶりだった。
 無論、彼女もこれまで多くの男達を見てきただろうから私の純情を煽る気持ちもわかる。けれど、私もこの島で多くの男を見てきた。

「色んな人を見てるから、少しだけ自信があるの」

 そう口にすると彼女は、そう、と笑った。

 彼女は少しだけ私にこれまでの人生を話してくれた。幼少期から島を転々とし、いくつかの海賊団に属しては、その壊滅と共に次の船に乗るんだとか。現在、属してる組織は秘密主義で彼女にとっては身を置くには丁度良いらしい。

「随分と波乱な人生を送ってるのね」

 私が驚いた様にそう言うと彼女は、そうね、とだけ言って微笑した。これ以上の追求はすべきで無いと直感した。おそらく彼女も、もう私に何かを語ることはない。それは少しの優しさの様なものを感じる。

 途端に、プルプルプル、と電伝虫が鳴いた。彼女がそれに出ると「何してる」と男の重厚感漂う声が聞こえてくる。彼女は「すぐ戻るわ」とだけ返事をして、通信を切った。

「いつかまた会えるかしら」

 久々に島の外から来た女性と対話できた事が嬉しかった私は名残惜しむ様に口にした。すると彼女は静かに笑った。

「ええ、ここで会う事はないでしょうけど。あなたが海賊になったら会えるわ」

 そう言って、彼女は懐から札束を取り出した。それを私に手渡そうとする。

「お金、いらないわ。私があなたの事を勝手にここに連れて来たから」

 彼女の手を押して首を振った。
 すると彼女は私の頬に長い指先を添わせた。頬を撫でる手つきは繊細で思わずうっとりとしてしまう。彼女の瞳が優しく細くなる。そして、彼女は私の額にキスをした。あまりにも唐突で一瞬身体が動かなくなった。

「ありがとう。素敵な時間だったわ」

 そう言って私の手にお札を握らせた彼女の手はとても温かかった。

 窓から彼女が去っていく姿を見送った。
 多くの人は寡黙で謎に満ちた彼女を奇妙だと嫌厭するのかもしれない。けれど、瞳に宿した意思はとても真っ直ぐで、それでいて逞しい。彼女の内に秘めた優しさに触れる事ができる人は稀だ。だからこそ彼女の優しさは裏切らない。そんな関係を築ける人にどうか、出会ってほしい。

「また会えたら良いな。ニコ・ロビン」

 私の声は彼女には届かない。もしかしたら、私が彼女の正体に気づいていた事を彼女は知っていたのかもしれない。最後までグラスには手をつけなかったけれど、彼女の優しさには触れられた。
 暮れゆく夕日。彼女の姿はもう見えない。
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