けれど、この一年のことを耳にした後だと以前のように不貞腐れた態度を取れるほど理解のない女にはなれなかった。
結局、一日目の夜は酒場で宴騒ぎとなった。寝静まる頃にはシャンクスの腕の中で眠る事ができたけれど、翌日になったしまえばもうタイムリミットがないに等しい。シャンクスはあの約束を忘れてしまったのだろうか。
翌日、彼の腕の中で目覚めた。私より先に目覚めていた様で「おはようさん」と微笑ましい顔で目覚めの挨拶が降り注いだ。まだ曖昧な視界で彼の頬を撫でる。ちゅっ、と触れるだけのキスを一つ。
のつもりが、シャンクスはそのまま覆いかぶさってきた。昨日の熱を思い出すように身体は反応した。お互いを求め合う行為はとても気持ち良い。結局、お昼過ぎまでベッドで過ごした。
「ふふ、くすぐったい」
首筋にかかる息に身をよじらせた。ぴちゃぴちゃ、と湯船に溜まったお湯が音を立てる。身体の力が抜けて完全に無防備な状態だ。
ふぅ、と二人の息が溢れた。シャンクスの厚い胸板にすっぽり頭部が収まって、まるで私専用みたい。
「良いな、こうしてなまえと風呂に入るのは」
「そうね、私もシャンクスとなら安心してお風呂に入れるの」
そう口にした途端、シャンクスは腹部に添えていた手を胸に運び、揉みほぐそうとした。
「めっ!弱いものいじめはしないの」
そう呟いて彼の手を軽く叩いた。ぺちっと弱々しい音になんの抵抗力もない。
彼は「ついな、すまない」と笑いながら云う。
そしてお互いこの時間に身を委ねるように沈黙した。今が切り出すタイミングだろうか。
———私を船に乗せて?
———船に乗せる約束したよね?
なんて切り出すのが正解なのか、ぐるぐると思考する。けれど結局、頭が某としたのもあって、約束を切り出すことは出来なかった。
「悩ましい顔をしているな」
耳を撫でる低い声に振り返った。海風が潮の香りとタバコの香りを混ぜ合わせて運んでくる。
「ベック…」
ベックがタバコを咥えて、そこに立っていた。
まさにその通り、と云う様に吐息をついて、伏し目になる。
「お頭か?」
私は頷いた。
二日目にして、すでに夕暮れ。地平線に太陽が隠れようとしている。ベックは同じ様に海のその先を眺めながら、タバコを燻らせた。
「約束覚えてるかなって。聞きにくくなっちゃったの」
切り出すタイミングは何度かあった。けれど、もし気休めに冗談で口にした事だとしたら——忘れていたら———と考えたら、なかなか言葉にできない。
「私、この一年でだいぶ能力を上手に使いこなせるようになったのよ…シャンクスの役に立ちたくて…!もちろん、海賊になることの過酷さだって、覚悟してる…」
ベックには弱音だとか不安に思っていることを素直に吐き出す事ができた。彼の人より一歩引いて達観する姿勢が私に何か助けをもたらしてくれるんじゃないかと期待させる。
すると彼は咥えたタバコを指先へ移す。ふー、と紫煙を吐き出した。
「俺の口から言っていいものなのか」
「教えて…‼︎」
「いいのかよ」
私は何度も頷いた。あまりの勢いにベックが引いたけれど、
「だめなの…もう確信が持てないと聞けない…」
小さくなっていく私の言葉に、なんだそりゃ、とベックは呆れたように笑う。けれど彼はそんな私の頭をぽんぽん、と撫でた。
「お頭はお前さんを船に乗せる気だ。俺たち船員にも話をつけて同意してる。安心して俺たちについて来い」
そう云って、ベックは微かに笑った。双眸から涙が溢れた。途端に顔がくしゃりと歪む。
「おうおう、艶っぽい女が餓鬼みてェな泣き方する女になっちまったな」
よしよし、というように頭を撫でるベンに私は甘えた。彼の厚い胸板に額が、とん、と寄りかかる。
「シャンクスはどうして何も言ってくれないの」
ぐすん、ぐすん、と鼻を啜りながら云う。
「あの人はそうゆう人だろ?こういう時、妙に慎重になる。それほどお前さんを大事に思ってるってことだ」
そうだとしたら、とても嬉しい。
私は顔をあげ、ベックを見つめた。優しい眼差しに、彼に打ち明けてよかった、と心から思った。
「おーい、ベック。なまえを泣かせるな」
突如、腕を引かれ、後頭部に固いものが当たった。腹部に回された腕が、がっしりとホールドする。シャンクスの胸の中に捉えられた。
船長業務を終えたシャンクスは私を探しに船を降りたところだった。ベックと私が一緒にいる姿を見つけ、寄っていくとベックが私を胸に引き寄せ、挙句には泣き喚いてるとなると、独占欲に従って、強引に引き寄せるのも仕方がない、とシャンクスは云う。
ベックは呆れ顔で「あんたが原因なんだが」と呟く。
「躊躇ってねェで、早くなまえを安心させるんだな」
ベックはシャンクスの肩を叩いて私とシャンクスを二人きりにした。
静かな波の音が私たちの無言の間をくぐり抜ける。後頭部から伝うシャンクスの心臓の鼓動に耳をすませた。
「なァなまえ」
お腹に回るシャンクスの腕の力が強くなった。
「一年近く待たせて、すまなかった」
私は首を振った。
「この一年何があったのか、昨日たくさん聞いたから、仕方ないと思ってる」
私は身体を反転させる。シャンクスの顔を見たかった。瞳を見つめたかった。
シャンクスは一呼吸してから云った。
「俺と一緒に来てくれ」
その一言に胸に込み上げてくる感覚は人生で初めてと言って良いくらい、この先もう一度感じ得る事ができない、特別な衝撃だった。
私は何度も何度も頷いた。
「行く…!一緒に船に乗る…‼︎」
良かった、とシャンクスは笑った。
ただ一つ、私はわがままを聞いて欲しかった。
「一つだけお願いを聞いてもらってもいい…?」
「ん?」とシャンクスは目を丸くする。
私は、私に信じる勇気を与えてくれた老女の話をした。彼女を安全が保障された島で余生を過ごさせたい。生活に必要なお金は私がこの島で稼いだ分を贈与する、と。
シャンクスは当然だと云うように首を縦に振ってくれた。
「ありがとう!シャンクス」
彼の胸に抱きついた。逞しくて、頼りになる彼の側にようやく居られる。それが嬉しくて堪らなかった。