09 「太宰さんを捕らえます」 鴎外からの指示を伝えにお蝶が遊撃隊の本拠を訪れると、其処には芥川と樋口だけでなく、噂の鏡花と何故か傷だらけの黒蜥蜴の面々が揃っていた。 叱られた子供の様な瞳の樋口とボロボロになった黒蜥蜴の面子を見比べ、何となく事情を察したお蝶に、芥川は先の計画を伝えたのだった。 「ダザーイを?」 「然り。…鏡花、やれるな?」 芥川は部屋の隅に控えている鏡花に問う。 「…指示なら」 虚ろな瞳の少女は俯いたまま、静かに答える。 何もかも諦めきった表情は、とても十四歳の少女のモノとは思えない……そう、表社会ならば。 「But,あのダザーイが相手だとVery hardダヨー?」 少女一人に任せて簡単にいくのだろうかとお蝶が疑問を口にすると、少女は静かにお蝶の着物の袖を引く。 「貴女は太宰という人の事を知ってるの?」 「Hum…ダザーイはネ〜、ダザーイがポートなマフィーアに入った頃からのお知り合いデース。それがどうかしまシタカー?」 「私はその人の事を知らない。標的の事、教えて」 暗殺の技術と知識を叩き込まれたといえど、十四歳の子供。 今回の標的が十六歳という若さでポートマフィアの幹部にまで登り詰めた人物なので年齢というモノがアテにはならないと分かっていても、子供には荷が重い仕事だ。 しかし、勝機はある。 異能者には厄介な無効化の持ち主だが、逆に言えば異能以外の術は通用するのだ。 そこを突けばいい。 …加えて、鏡花の幼い容姿。 これまでも鏡花自身が暗殺においてこの幼さを利用した様に、今回も有効なはずだ。 いくら太宰でも、街中で不意打ちを食らえば、一瞬くらいは油断するだろう。 「鏡花。太宰さんは必ず生かして捕えよ」 お蝶が太宰や太宰の異能について粗方説明し終えると、二人のやり取りを静かに聴いていた芥川が口を開いた。 「あの人は組織の裏切り者… 帰りの車の中──… お蝶はちらりと隣に座る芥川の様子を窺う。 向けられる視線に気付いた芥川は、彼女が居る側とは真逆のスモークガラスを見つめた。 「六年前…僕が妹と共に太宰さんに拾われた時、貴女と初めて出会った」 「リューノスケ?」 ──あの日。 太宰が突然連れ帰ってきた子供達を見て、お蝶は「犬や猫じゃないのだから返して来なさい」と怒りながらも彼に頼まれた通りに衣食住の手配をして、薄汚れた子供達の身なりを整えた。 「今日、貴女が鏡花に太宰さんの事を話す姿を見て、六年前の事を思い出した」 そう、子供達の服を脱がせて体を洗って… 男の子の方は顔を真っ赤にしながら最後まで抵抗したものだ。 「あの時も、太宰さんがいなくなるまでの二年の間も、気に留めはしなかったが……貴女と太宰はどの様な関係だったのだ?」 六年前のあの日の少年…芥川はようやく漆黒の瞳をお蝶に向ける。 「Um…何でしょーネー。ダザーイとは色々ありましたケドォ…」 決して友ではないし、相棒でも師弟でもない。 でも、完全な他人とは言い切れないくらいに太宰とお蝶は、互いを知っている。 それこそ芥川が知らない様な事も、二人で沢山やった。 「Hum…」 暫し考え、お蝶は出した結論は一つ。 「Yes.共犯、という感じデース」 †††††††† 「相変わらず悪巧みかァ、太宰!こりゃお蝶に聞いた通り、最高の眺めだ」 「うわっ、最悪」 地下牢にやって来た人物を見上げ、太宰は犬の糞を踏んだ時の様な何とも言えない表情を浮かべた。 …いや、その人物が階段を下りて太宰の元へ近付く度に、どんどん太宰の目線が下がっていく。 「良い反応してくれるじゃねえか。嬉しくて縊り殺したくなる」 「わあ、黒くてちっちゃい人が何か喋ってる」 「ッ!」 太宰より二十センチ程背の低い人物…中原中也を見下ろし、太宰はマフィアに居た頃の様な気軽さで軽口を叩く。 「ねえ、君…まだお蝶に絶賛片思い中なのかい?ああ、もう玉砕したか」 「ッ、してねえよ!」 四年前に酔った勢いで一夜の過ちを犯した疑惑は未だ晴れないが、断じて失恋などしていない。 今の中原とお蝶を知らないこの男は、過去に中原への嫌がらせの為にわざと中原にお蝶と自身の関係を見せつけたりしていた。 だからこうやって今だに中原の恋をからかいのネタにするのだ。 しかし、中原が彼女に一目惚れした七年前と比べたら、お蝶は中原に対して随分気を許している。 彼女はもう、中原の前ではあの異国混じりの胡散臭い言葉を使わない。 「うわ、まだ諦めてなかったの。重すぎて引くのだけど…」 「ケッ…そういう手前こそ、いい歳こいてまだ自殺がどうとかいってんだろ?」 「うん」 「否定する気配くらい見せろよ…」 ちなみに今の私は美女との心中が夢なのだよ!と馬鹿げた理想を嬉々として語る太宰に呆れ、中原は脱力した。 しかし、すぐに両手に枷を嵌められて見動き一つ取れない太宰に嘲笑を向けて、ぼさぼさの癖毛を引っ掴む。 「だが、今や手前は悲しき虜囚。泣けるなァ…いや」 ──そう、此処からが中原が地下牢を訪れた目的…本題だ。 「それを通り越して、太宰……手前、少し怪しいぜ」 †††††††† 一大ニュースがポートマフィア内を駆け巡った。 ──遊撃隊による裏切り者の元幹部、太宰治の捕縛。 太宰を知る者や人づてに彼の伝説を聞いた者は皆、色んな感情が入り混じり、困惑している。 特に西方から帰還したばかりの中原は、自身を出迎えたお蝶からその話を聞くや否や、太宰を囚えている地下牢に意気揚々と向かって行った。 しかし、当の首領は至って平静だ。 「すまないが、このファイルを通信保管所に届けてくれるかね」 お蝶に書類を挟んだファイルを向けながら、にこやかに告げる首領…森鴎外。 確実に何か裏がある、と瞬時にお蝶は察する。 受け取ったファイルを開き、中の書類に目を通してみれば、それは先日お蝶自身が作成したものだった。 内容は──… 「………」 「恐らく、彼が今一番知りたがっている情報だろうからね」 無言で冷めた視線を送ってくるお蝶に、鴎外は意味ありげな笑みを向けた。 ────… 「やあ、ご無沙汰!」 「え?ど、どうも…」 ひとしきり中原に嫌がらせをした後、当初の予定通り地下牢から脱獄した太宰はサングラスを掛けて変装し、まっすぐ二階の通信保管所に向かう。 着物姿の少女によって囚えられた太宰だが、それはこうしてポートマフィア内部に潜入する為の作戦だった。 目的を果たす前に処刑されない様に、一応予防線も張ってある。 難なく電子錠を解除し、太宰は通信保管所への侵入に成功した。 (さて、七十億も支払って敦君を買おうとしたのは何処の誰かなー?っと…) 棚からファイルを漁り、目的の物で無かった物は乱雑に床に落としていく。 「………」 太宰の後ろで棚の影から艶やかな着物が姿を現す。 そして、音も無く太宰に忍び寄り──… 「…パンパカパァーン」 抑揚の無いファンファーレと同時に、後頭部に硬い鉄の塊が突きつけられた。 「やあ、お蝶」 「この間は朝から迷惑な電話をどうも。裏切り者さん」 この部屋に入る前から背後の彼女と出くわすだろうと予想していた太宰に、動揺は一切無い。 「生憎だけど、この部屋に貴方が探している物は無いわよ」 「おや残念」 銃口を押し付けられていても、崩れない余裕。 「あーあ、どうせなら君との心中がいいなぁ…」 「貴方となんて嫌よ。独りで苦しみ、悶えながら死ねばいいわ」 「相変わらず釣れないねえ」 手厳しい言葉と共にあっさりと銃が下ろされ、太宰は少し残念に思いながらお蝶の方へ向き直る。 最初から彼女に引き金を引く気が無いのは分かっていた。 理由は、中原が太宰の逃亡を黙認したのと同じ… 首領付きの秘書である彼女が、太宰が事前に仕掛けておいた脅迫紛いの手紙の内容を知らないはずが無い。 お蝶は銃を持つ方とは反対の手に抱えていたファイルを太宰に渡す。 「"あの人"からよ」 「へえ…」 直接名前を出されなくても、お蝶に仲介役を任せた存在の正体を察した太宰は、昔と変わらぬ昏い笑みを浮かべてファイルを受け取った。 「けど、今更こんな事を知っても手遅れよ?今、芥川くんが人虎を捕らえて取引場所に向かっているもの」 「…それはどうかな?」 状況を見透かしている様な言葉にお蝶が眉を顰め、怪訝な目を向ける。 「芥川君では敦君に勝てない」 敦──中島敦。 組合が七十億もの大金を出しても求めている、虎に化ける異能者。 孤児院で育った一般人を、太宰は自身が厳しく戦い方を叩き込んだ芥川を負かすと断言した。 「単純に相性の問題だよ。彼の異能は後方支援でこそ真価を発揮し、本来は前衛向きではない。対する敦君は異能による肉体強化で瞬発力と強靭さを兼ね備えた近距離タイプ」 芥川の師である太宰は彼の異能の特性を熟知し、芥川本人以上に客観的に利点と弱点を把握している。 それでも、彼の敗北を確信するには弱い。 だが──… 「心乱され、余裕を喪っている今なら尚更、芥川君には分が悪いだろうね」 人虎捕獲の障害を取り除く為に遊撃隊が自身の排除に動くと太宰が予想していたであろう事は、太宰捕縛とほぼ同時期に届いた手紙の存在からも明らかだ。 "あの"太宰がわざと捕まったのは、情報収集の為である…というのがお蝶だけでなく鴎外も含めての見解だった。 …敢えて敵に塩を送る鴎外の思考は理解出来ないが。 しかし、それだけの為では無かったのだと今、ようやくお蝶は悟った。 囚われている間、この男は自身を囚えたかつての部下に何を話したのか。 「貴方…彼を煽ったわね?」 「さぁて、何の事だろう?」 具体的にどんな揺さぶりを掛けたのかまでは分からないが、太宰の言葉で芥川が簡単に心の均衡を崩してしまう事は明らかだった。 「本当、嫌な男…」 人が嫌がる事を、誰よりも…相手自身よりも見抜いて、平気で傷口を抉りに行く。 お蝶の脳裏をよぎったのは、太宰ではなく別の男だった。 抱く感情は違えど、芥川にとっての太宰に当たる、太宰の師と呼べる存在… そして、もう一人──… 「どうしまして」 お蝶の横を通り過ぎ、太宰が部屋の扉に向けて歩き出す。 …すれ違いざまに一方的に触れてきた手は、相変わらず包帯が巻かれていた。 |