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※原作で使われている単語の中で環境によっては表示されない文字(環境依存文字)がある場合、文字化け対策として意図的に一般的な表記(例:森鴎外)等に変えて使用している事があります
捏造設定過多注意!



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薄暗い地下の空間を、一人の少女が歩く。

長い髪を飾る大きなリボンを揺らし、華やかな小袖に短めの袴といった古風な姿。
硬い床をコツコツとブーツの底を鳴らして歩く様はこの場所に似つかわしくない。

少女が向かう先は、ポートマフィアが捕えた人間を収監する為の施設だ。

地下に存在するのは、尋問の際に発生する騒音や汚い物で建物の景観を損ねず、脱走や救出を困難にする為。
床が硬いのは血を洗い流しやすい素材を使っている為。

組織の首領が好む『効率』を追求したかの様な造りである。


「Hi!ご苦労様ネー!」

一番奥の最も厳重な警備の扉の前に立つスーツ姿の男達に笑顔を振り撒き、彼らに一切制止される事なく少女はその部屋に足を踏み入れた。


「………」

この部屋は特別収監房。
本来ならば今この場所には、今回の標的である敵組織の構成員達が捕らえられている──筈だった。

「やあ、お蝶」
「Hey,ダザーイ!お疲れサマーバケーション!」

黒いスーツ姿の男達が物言わぬ骸と化した者共の身ぐるみを剥ぎ、それらを慎重に調べている。
もし男達が探している物が見つからなければ、次はこの骸の腹の中が暴かれるのだろう。

少女に声を掛けた青年が作業を止め、近付いてくる。

背の高い癖毛の青年は陽気に笑い、馴れた仕草で少女の肩を抱く。
その腕にも、端正な顔にも、あちこちに包帯が巻かれているが、いつもの事なので少女は全く関心を示さない。

「ダザーイ達は何探してるノー?」

あどけなく自身を見上げ、訊ねてくる少女に、青年は深い色の瞳を冷たく細めて説明をする。

「私の部下が折角捕えたミミックの尖兵の生き残りを殺してしまってね」
「Wow…」

骸の数は三体。
その内の二体は銃殺、しかし最後の一人だけは異なり、見るも無惨な姿になっていた。

石畳の床に膝をつき、目線だけでこちらの様子を窺っている少年の腫れた片頬見れば、何が起きたのか容易く想像出来る。
状況を把握した青年が、部下の少年に何をしたのかも…

「Ah…ダザーイ、very strict person…」

少女と目が合うと、弾かれた様に少年は顔を逸らした。


「ところでお蝶。君は何をしに来たんだい?」
「Oh,yeah.ハニーからのお手紙届けに来ましたヨー」



††††††††



首領からの命を受け、行方を眩ました友人を負っていた最下級構成員、織田作之助はもう一人の友人、太宰治からの情報提供を受けて敵組織ミミックの潜伏先に足を踏み入れた。

目的の人物、坂口安吾と再会した…までは良かった。
迂闊にも敵の計略に嵌り、安吾に去られ、毒と爆発で意識を失ってしまったのだ。

目覚めた場所はポートマフィアの息が掛かった病院の一室で、太宰から太宰の部下達とミミックがある場所で抗争中だと知らされた。


太宰の部下に手を貸す為に病室を出た織田作はある人物とすれ違う。


──それは、一人の少女だった。

只の少女では無い。
蜂蜜色の真っ直ぐな髪にきめ細かなミルク色の肌、ふっくらとした桜色の唇、長い睫毛に縁取られたブルーグレーの子猫みたいな瞳…
磁器人形にも似た異国の雰囲気を持つそれらの特徴とは対照的な、和風のハイカラさんスタイル。
思わず目を引く容貌の少女には見覚えがある。

どこも幹部派閥にも属さず、普段は雑用を任される下っ端構成員の織田作の存在など、彼女は全く覚えていないだろうが。

首領付きの秘書──…
最年少で幹部になった友人同様に最下級構成員の織田作が気軽に話し掛けられる様な人物では無い。
今まで遠目に姿を見掛けるくらいだったが、今回の任務を首領直々に言い渡された時に彼女とは顔を合わせている。


『君はその銃で人を殺した事が一度も無いという噂だが……何故かね?』


そう訊ねてきた真意の読めない笑顔の紳士の隣に寄り添っていた少女。
マフィアの首領の隣に立ち、黒社会の物騒な話を眉一つ動かさずに聞く姿は、織田作之助が人を殺していた時と同じ年頃だった。
旧大戦や龍頭抗争で身寄りを失くした子供は多い。
その子供らが生きる為に黒社会に足を踏み入れる──…織田作自身がそうであった様に、この横浜ではよくある話だ。

だが、織田作はもう、何があっても人を殺さない。


何があろうと──…



すれ違った少女は、遠ざかる背中を無言で見送る。

少女は知っていた。
合理主義の塊の様な男が、彼に何をさせようとしているのか。

「Oh,poor you…」

殺しをしない変わり者のマフィア、織田作之助。


──彼の誓いは間もなく破られる。

 
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