女の子になれなかった私


 高校2年のバレンタイン。1年生の時から好きだった隣のクラスの男の子に、生まれて初めてバレンタインチョコを渡した。

「す、きです」

 人前で緊張することなんて滅多にないのに、あの時の私の手は震えていた。

「あの苗字さんが俺を?すげぇ嬉しい、ありがとう」
「え、?」
「ごめん、ちゃんと言わないとだよね。俺も。ぜひ、付き合ってください」

 生まれて初めての告白が、奇跡的に成功して、その場で泣いてしまった。ずっと、かっこいいとか頼りになるとか言われて、男子に女の子として見てもらえてないことはわかっていた。


「でも彼は違うんだよ!ちゃんと私のこと女の子として扱ってくれるの!」
「……ハイハイ、もう惚気は腹いっぱいだよ」

 部活がいつもより早く終わった。彼が待っている教室まで向かおうと思ったら、彼と同じクラスで私とは同じダンス部のやっちゃんも一緒に行くことになった。やっちゃんとは、去年同じクラスでダンス部でもかなり仲良くさせてもらっている。

 私が彼と付き合うために、やっちゃんにはかなり相談にのってもらった。

「ごめんねやっちゃん。お先にリア充になっちゃって」
「……ホントだよ」
「やっちゃん?」

 いつも私のアホなことにも付き合ってくれるやっちゃんが、なんだか暗い様な気がした。でも、私はすぐに意識を別のところに向けた。

「そういえば、お前さ、苗字と付き合ってんだよな?ぶっちゃけどうなの?」
「あいつ背も高いし、女子からイケメーンとか言われててなんか、な(笑)」
「わかる、女として見れないっつーかさ」

 彼が待っているはずの教室から、話し声が聞こえてくる。漏れ聞こえてくる話し声から、教室にいたのは彼だけじゃないようで。男子たちが、私の悪口を言っていた。それを聞いて、やっちゃんも思わず足を止め、私の方を見る。私は黙って首を横に振った。いいの。慣れてる。それに、彼がきっと、

「って思うじゃん、逆ぎゃく。あいつめっちゃ女々しくてさ。デートの度にひらひらしたスカートとか履いてくるけど全然似合ってねーの(笑)」

 頭を鈍器で殴られたような気分だった。間違いなくそれは彼の声。でも、聞いたこともないぐらい悪意の籠った話し声だった。私は思わず固まる。

「んだよ、それ…!」

 私とは違い、怒りに震えるやっちゃんは今にも教室に乗り込もうとする。私は、無言でやっちゃんの腕を掴む。それを見て、やっちゃんは私を信じられない目で見た。

「でも、」
「お願い、やめて」

 そこまでが限界だった。涙が、零れてしまいそうで。でも、やっちゃんの前で泣きたくなくて。私は、走って昇降口まで向かった。

 泣くな、泣くな、泣くな!!

 下駄箱について、息を整える。息が苦しい。悔しい。悲しい。いろんな感情がぐるぐると私の中で回る。ずっとずっと、私が憧れてたから。だから、だから可愛い子でありたかったのに。

「苗字、大丈夫か?」

 追い付いたやっちゃんが、苦しそうに私の顔を覗き込む。その目は私より揺れていて、そして彼が私にかけようとしてる言葉もわかってしまった。ごめん、やっちゃん。

「うん。心配させちゃってごめんね?私は、大丈夫」
「苗字、」
 
 精一杯の強がりだった。これ以上、"女々しく"なりたくなかった。やっちゃんは、私の名前を呼ぶだけでその先の言葉を探していた。だから私は、先手を打つ。

「私に同情するのはナシだよ。ホントに、大丈夫だから」

 一方的にそれだけ伝えて、私は家に帰った。やっちゃんが、心配してくれていたのは充分わかっている。でも、もう弱いとこを見せたくなかった。家に帰っても、私は泣かなかった。



 翌朝、

「え、名前…?」「おはよう、名前。どしたのその格好」「名前ちゃんなんで、」

 学校へと向かっていると、私の姿を見た女子たちが不思議そうに集まって来る。

「うん、ちょっとね。カッコいいでしょ?」

 いつものようにニコリと笑えば、カッコいい!と女子たちは褒めてくれる。そんな風に学校までの道のりを歩いて、校舎に入る。みんなが私の姿を見て、ざわざわする。そして私の教室の隣の教室に入れば、お目当ての人が恐らく昨日と同じ人たちと一緒にいた。

「え、苗字?」

 彼の周りの一人が私に気づき、そして直後驚いた顔をする。それを見た私のお目当ての人は、私の顔を見て慌ててこちらに向かって来る。

「名前!昨日、1人で帰ったって聞いて心配した、え?」
「おはよ」
「え、あ、おはよ、どしたの、ズボンなんか、履いて」

 お目当ての人は、昨日まで私の彼氏だった人。私は、制服のスカートではなくスラックスを履いて登校し、今、彼の目の前に立っている。

「うん?君が言ったんでしょ?スカート似合わねーって。」
「え、」
「だから、女々しくてウザイって言われたからさ、女々しくない解決方法ってなんだろうって思って」
「おま、もしかして昨日、」
「やっぱさ、ここは男らしく拳で解決しないとね?」

 初めて人を殴った。殴られた彼は、机にぶつかって倒れた。あー、手が痛い。

「な、お前、」
「陰で人の悪口言うなんて、男らしくないなぁ」

 床に倒れた彼にそう伝え、そして彼の後ろにいた男子たちの方を見てニコリと笑って言う。

「自分たちがモテないのを、人のせいにしてんじゃねーよ」

 私は自分の荷物を持って、教室のドアへ向かう。出ようとしたら、ドアの外でやっちゃんが立っていた。昨日と、いや、昨日より瞳が揺れている彼に、私は甘えたくなった。でも、それは違うから。

「苗字、」
「あぁ、やっちゃん。大騒ぎしちゃってごめん。私、早退するから。それじゃ」

 子どもだった。幼稚だった。でも、本当に本当に悔しかった。あんなやり方でしか、元カレを見返せなかった自分が悔しい。あんな男のせいで、かわいい女の子に憧れる”私”を捨ててしまった自分が悔しかった。ごめんね、ごめん。校舎を出た途端、大粒の涙が溢れた。


 さよなら、女の子の私。可愛いを捨てて、強く生きて。



- 1 -

――| ――

しおりを挟む




トップページへ