雲一つ見当たらない綺麗な星空に一際輝くまんまるなおつきさま。言葉には言い表せないほどの美しさにただただ見惚れ、感嘆のため息がもれる。月にはうさぎが住んでいて年中飛び跳ねているのだと、幼少の砌聞いたけれど本当なのだろうか。
「え、……月に兎が住んでる?」
「……って聞いた。母様に」
彼が眉間に一際しわを寄せて考えこむ様子を見るにやはり母がついた些細な御伽噺のようなものだったのだろう。単純にどこから来た話なのか気になる。ラムネ瓶の中に入った硝子玉のように透き通った満月は弧を描いているだけで、なにも応えてくれはしない。
「……ああ、そう言われてみるとさ。月の影が兎に見えない?なんとなくだけど、ね……」
ふと目をやった先に見える闇夜を照らす満月の光をこれでもかといわんばかりに浴びた冬ちゃんのかんばせが、ここから消えてしまいそうなくらいに朧で儚げな美しさを秘めていて思わず息を呑んだ。胸を焦がすような焦燥感にどうあっても抗えず華奢な肩を抱き寄せて腕の中に閉じ込めてしまう。
「ーーー……ぜん、?」
物言いたげにおれを見上げる彼女の背を捕らえて決して離さない。この子が、消えてしまうかもしれないと思った。おれの目の前から移りゆく陰影のように姿を消してしまい、もう二度と会えなくなるんじゃないかって、心の底から恐怖したんだ。
ねえ、消えないで。
なにを差し出したって構わないから、ずうっとそばにいてよ。
なあ、一生のお願いだからさ。
ここからいなくなったり、しないでくれよ。
それはまるで母親に泣きつく幼子のようでもあり、愛しい女性をその身でもって縛り付ける悪あがきばかりが上手い青臭い少年の振る舞いでしかないのだと理解していても。一度手を繋いでしまったら、もう二度と離してやれはしない。
ぬばたまの御髪に一つ口付けを。
きみを恋い慕う純情が、無情にもおれの頑なにであった理性をいとも容易く奪い去る。
ああ、そういえばさ。月にはもう一つ言い伝えがあったのをいま思い出したよ。
月の光を浴びると、ひとたび人間は狂ってしまうんだってさ。
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フォスチア