おまえの幻は金の色

この頃ひぐらしの鳴き声を聞くようになった。夏真っ盛りのうだるような暑さもなりを潜め、少々肌寒い秋の訪れを感じる。そんな折、数日前に好きな子と逢引の約束を取り付けた瞬間に頭上高く両手の握りこぶしを上げた勝利の姿勢を作ったおれはというと、当日冬ちゃんの屋敷の前で口から心臓をまろび出しそうなくらいに緊張していた。

「うぅ……デート、で間違いないんだよな。それも冬ちゃんと二人っきりで邪魔者が入らないっていう最高の状態とか。……あまりにも現実味がなさすぎて夢じゃないのか心配になってきた。……昨日もあんまり眠れなかったしなぁ」

なにを着て行こうか迷って、どうせならハイカラな洋服がいいのか、それとも無難に和服で勝負するべきなのか迷いに迷った挙句、首に沿って立てた折り返しのない立ち襟を基本に、いつも着ている鱗文の着物を合わせて、光悦茶色の小倉袴に下駄を履き、深く艶のある漆黒のインバネスコートを装って着てしまった。こういうお洒落とかてんでわかんないなりに、高そうな呉服屋を覗いて見物したりいまの流行りなんかを取り入れてみたんだけど、正直己に合ってるのかも自信がない。

「……出直したくなってきたんだけど、だめだよなもう約束の時間だし……はぁあ……楽しみだけど気が重いよ」

戸を叩いてごめんください、と何度か声をかける。すると砂利を蹴る音がして扉がぎいい、と開かれる。

「……お待たせしました」

「ううん!全然待ってないよ!……あ、その着物って……」

黒地に黄色い蒲公英達が散らばっている可愛らしい着物を着用している姿に、ほおが限界まで緩んでしまう。その蒲公英ってもしかしておれを意識して選んでくれたのかな、どうなんだろう。茶褐色の帯締めはお太鼓結びで丁寧に留めて、真っ白な足袋に真っ黒な履物を合わせ、無地の卯の花色をした長い羽織りを肌がけにしている。え、かわいい。……かわいいな?なにこの子めちゃくちゃかわいいんだけど?冬ちゃん単体でも普段からとてつもなく可愛くてたまんないのに、きめ細やかな仕立てである和服の足し算がまた一層彼女の美しさを引き立ててくれる。

「……どこか、おかしい?」

「……綺麗だ。……信じられないくらい綺麗だよ冬ちゃん。もしかして天から舞い降りた天女さまだったりする?」

「……あいにく日本生まれの日本育ちだから、お空から降ってきたりはしてないと思う」

「えっ、素でこの可愛らしさと美しさを兼ね備えてんの?どういうこと?おれは冬ちゃんを産んでくれたご母堂に土下座して感謝しなきゃいけないね?」

こんなときにも景気よく回る自分の口で彼女をべた褒めしながら目の前にそっと左手を差し出すと、白魚のようなてのひらが重なる。指を少しだけ絡めるように力を入れて握りしめ、彼女からも握り返されるとお互いの心音が聴こえるくらいどきりと高鳴った。この音が聴こえるのはおれだけだから、厳密にいうと違うんだけどね。

「……こうやって手を繋ぐのって、善の温かいてのひらの感触が直に伝わってくる……男の子の手だ」

「ウグッ!……冬ちゃん、あんまりかわいいこと言わないでおくれよ。……気持ちはわかるけどさ、冬ちゃんの手の感触が気持ちよすぎて永遠に触ってたい」

にぎにぎと二人で手を握り合いながらのんびり歩く。行き先もろくに決めていないいうならばお散歩デートのような今回のお出かけは、気の向くままに始まった。

「それにしても、最近は涼しくなったね。冬ちゃんは体調崩したりしてない?」

「……お風呂あがりは冷えるような気がする。……羽織りがないと外に出られない」

「ああ、それわかるよ。おれも羽織りないと落ち着かないもん。もう身体の一部になっちゃってるっていうかさぁ」

立派に立ち並ぶ広葉樹の並木道をおしゃべりしながら眺める。もう瑞々しい大樹も少しずつ紅葉に染まってきて、秋の気配を感じてしまう。秋になったら冬ちゃんと栗拾いなんかもしてみたいな。美味しいものを二人で食べて、穏やかに過ごしていきたい。……鬼殺隊士として所属する以上、平穏な日常なんて望むべくもないって理解はできてた。それでも荒れ狂う戦場を少しでいいから忘れてさ、ひとときの安らぎをきみとちょっとずつでも重ねていきたいよ。

「……金木犀の匂いがする」

「あ、ほんとだ。……いい匂いだねえ」

甘く芳しい匂いを漂わせる金木犀の香りに気をとられて、鼻を鳴らす。この時期は散歩をしてるだけで小さな秋を感じられる。きょろきょろと視線を彷徨わせると、赤と黄色の中間色である橙色の花が咲いていた。秋か、そうかもうそんなにも時間がたったんだ。善と出逢ってから、月日が経つのが早いような遅いような、複雑な心境である。彼の姿を横目に見ると、艶やかな金糸がそよ風に揺らめいて、橙色の金木犀と似合いの様相を物語っていて。

「……善の格好もとてもよく似合ってると思う」

「……へっ……えっ、ほんと?」

「嘘は言わない。……初めて見たときから……かっこいいなって、思ってた」

ゆっくり言葉を選びながらも頭の中で反芻する。自覚がないみたいだけど、彼だって見目麗しい容姿をしているのに。声の大きさや言動の語彙力だって眼を見張るものがある。それこそが善の良さで、きっと誰にでもできることじゃない。存在感だけで場を明るくすることができるのは一種の才能だとすら。指折り数えて彼のいいところを褒めると、ほっぺたが紅葉みたいに真っ赤に赤らんで目尻が下がった。

「えへへ。……うふふ、冬ちゃん褒め上手だねえ。ありがとう。……おれはさ、雷に撃たれて金髪になっちゃってから、あんまり自分の見目が好きになれなかったんだ。町に出たらいつも言われるんだよ。変な髪しやがって、外国人でもあるまいし、みたいにね」

「……いまも、好きになれないまま?」

「……ううん。冬ちゃんがおれの髪をね、お月さまみたいに綺麗な色だっていってくれてから、夜空を見上げるとああ、これは外国の色じゃなくてお月さまの色なんだって。そう思えるようになったから、どちらかといえば好きになれたと思うよ。……思うけど、それでもたまに苦しくなる」

琥珀色の双眸にゆっくりと涙の膜が張って、これは彼が泣き出す前兆だと懐から手拭いを取り出す。容姿を褒めたのは間違いだったろうか。まごうことなき本音であったけれど、純粋な言葉はときとして他人を残酷なまでに追い詰めてしまうことだってあるのだ。そう、彼のような傷付きやすい少年なら尚のこと。

「……ごめん、せっかくのお出かけなのに泣いたらもったいないよな。……泣き止まなきゃ、いけないのに……なんで、止まってくれないんだろう」

「……いい。泣きたいときは、素直に泣いたらいいと思う。……善が心に溜め込んでたものを吐き出さなきゃいけない機会なんだって、そう思えばこの外出も意味のあるものだった」

ごめんなさいを告げなければいけない。でも、形ばかりの謝罪で楽になるのは私だけだから、それじゃあ意味がない。ほろほろと雨あられが降るさまを見遣る。……そうだ、母様ならこんなときどうしただろうかと思考が巡る。私が泣いていたら、あの人はいつも。いままで繋いでいた手を急に離して。そうするれば愕然としたような面持ちで私を見つめるから、後頭部を胸元で抱えるように優しく抱き締める。

「んぇ……ふゆ、ちゃん……?」

「……慰めるのは得意じゃない。……言葉もうまくないから、こういうときは……そばにいることしか知らない」

もっと別の人であるならば、彼を真っ直ぐな言動や行動で元気付けたり、違うことをして気を逸らしたりできたのかもしれない。でも私は私にしかなれない。なら、いまできるだけのことをするしかないと思った。泣く子を慰めるように金糸を梳いていると、背中に手が回されて縋りつくように抱き寄せられる。

「……おれのこと、みすてたり、しない?」

「……どうして見捨てるなんてことになるのかわからない。元はと言えば私が言ったことのせいで、善が傷付いたからごめんを言うのは私の方」

「……謝罪はいらないよ。おれが勝手に傷付いて、自分を追いこんだだけだし。……でも、もしそれでも責任をとってくれるなら……もう少しだけ、こうしてて」

責任をとってくれるなら、結婚してくれ。なんて卑怯な言い分だよなと自分でもわかってた。だから言えなかったよ。本当のところは言いたかったけどさ。弱みに付け込んで冬ちゃんを掠めとろうなんて、せせこましい真似をしたら一生男として胸を張れない気がしたから。涙目のまま胸にすり寄るように頭を預ける。そうしてどうにも立ち上がれずにいると、額に柔らかなぬくもりが触れて思わず流れていたはずの涙が止まった。なに、いまの感触。真ん前にあるから胸じゃないよね。不思議に思いながら冬ちゃんを見上げると、おでこに慈しむようなやわい口付けをされていた。

「……ん、とまった?」

「……え、えっ?冬ちゃんいまのなに?」

「……母様が泣いてる子には、こうしてあげるとすぐ泣き止むって」

……冬ちゃんのお母さんってさ、かなり大物じゃないかと思うんだよな。実の娘にそんな破壊力が強すぎて色々吹っ飛んじゃうようなこと教えたりする?不思議そうにおれを一寸見てから、手拭いで残った涙を拭うと巾着の中にしまう。

アアア〜〜〜〜ッ!もう……冬ちゃんはおれをどうしたいんだよ!どんな赤児も丸めこむような包容力があまりに深すぎて、その場で気が済むまで叫び出したかった。……どうしよう。お散歩デートのつもりだったのに、冬ちゃんにこれでもかといわんばかりに触りたくなってきた。どうにか堪えろよ我妻善逸。いや無理だろ、こればっかりはさ。いやいや、そこをなんとかしなさいよ。しかし本能とは正直なもので、考えている間にも抱きしめていた身体を鍛え抜いた両腕で背中と膝裏部分で抱えて、さっと横抱きにする。

「……なんで、抱えるの?」

「……冬ちゃん。少し泣き疲れたから、甘味屋さんに寄ろう!おれ美味しいお団子出してくれるところ知ってるんだ、お詫びに奢るから!」

「……私も歩ける」

「いやね?ちょっと早めにつきたいからさ!大人しく抱えられてて!お願いします!」

その場から一目散に走り出して淡く色付いた紅葉も、いい匂いのする金木犀すらもう目には入らない。これがまさに花より団子ってやつなのかな。母親の愛をそのまま形にしたような美しく、枝葉みたいにぽっきり折れてしまいそうに可愛らしい女性の重みを噛み締めながら広葉樹林をあとにした。


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