斬り捨てた面影

鏡をじいっと見ながら頭を悩ませる。鏡面に映された姿を何度見直しても、肩につかないまであったはずの短髪は、何故か背中を擽るほどに伸びてしまっていた。指を差し入れるとさらっと流れる長髪は毎日手入れをしていたみたいに指通りが良くて、幼少期から変わらず伸ばしていればこうなっていたのだろうか、とほんの少し目を伏せる。

「冬ちゃんの黒髪、短髪の時もすっごい可愛かったけど、長くなるとますます美人さんって感じで、惚れ惚れしちゃいそう」

ほああ、なんて素っ頓狂な声を上げながらも御髪に櫛を通しては、縛るのが勿体無いくらいの直毛だと言い聞かせられる。だから、本当にこの髪を切っちゃっていいの?と落ち込んだ様子で眉を下げる我妻善逸を鏡を通して見返した。

「……正直、髪が長いと呼吸の感覚も変わるから、戦いにくい」

「ヴッ、……それもそうだよねえ。で、でもさでもさ、お団子みたいにしたり、上の方でくくるって手もあるよ?」

「……確かにそうだけど。……髪は、……もう、」

刀を握り締めた時の心臓を貫くような痛みを覚えている。きっと生涯忘れはしないだろう。母親が亡くなった頃のことだ。長かったはずの黒髪を切ったのも。女として生きることを諦めたのも。この手は血塗れで。数えきれないほどの鬼を殺して、無数の血豆を潰し、それでもなお歩き続けることをやめられない罪人。一見して綺麗に見える手のひらは化粧で誤魔化しているだけだ。

「……あなたがやりたくないと言うのなら、別の人に頼む。自分で切ってもいいから」

「イッ!?イヤイヤ!おれが!おれがやりますやります!むしろやらせてくださってありがとうございますっていうかねぇ!?」

生憎と胡蝶しのぶが任務で不在であったので、自分で適当に切り揃えようとしたところを彼に見咎められたのだ。今度は何の血気術にかかったんですか?と血からさんぷるとやらを取られる注射を逃れられたと思えば軽いものだと思うのだが。キィン。髪の束に散髪用の刃が触れる音がした。

大分軽くなった髪をぶんぶんと頭を振りながら確認する。長くなる前と同程度に切り揃えられた丁寧な散髪にお礼を言うと、上の空で切られた黒髪を紙にまとめながらしょんぼりとしている善の姿があった。

「……冬ちゃんはさ、」

「…………なに」

「もし、もしだよ?この世界から鬼がいなくなったら、髪を伸ばす気にもなってくれる?」

ーーーこの世界から、鬼がいなくなったら。

そんな日は来るのだろうか。何十、何百年と鬼の全容を掴むことさえ覚束ない鬼殺隊が、滅殺を成し得る日が来るとしたら。それは消える前の流れ星に三回願い事をかけられる奇跡のような確率で、私が生きる意味を無くすことと等しい。終わった後のことなんて考える気もない。特に、事情が事情だ。腹を切って詫びたとて、一人分の命では届きもしない。それでも寒菊冬は為すべきことが終われば償いをしなければならないと愚考する。

「……その日が来るまで生きていられれば、その時に考える」

「うぇえええ!……いつもみたいに約束、してくれないの、?」

「……守れるかわからない約束はしないって決めてるから、できない」

鞘に入ったままの日輪刀をいつもの場所にさす。母親と鬼の喪に服すための漆黒の雪輪の羽織がばさりと風に揺れて、カアカアと次の任務を携えて飛んできた白梅を、夜の帳が下りるような静けさの中迎えた。


/tonner/novel/1/?index=1フォスチア